迷宮(ダンジョン)攻略⑥
「──というわけで、あそこにある島に手がかりがあると思います」
翌朝、俺はサントラに促され、昨日サントラにしたのと同じ話を他のメンバーにした。
自分で話しておいてなんだが、かなりぶっ飛んだ話をしている。
とても信じてもらえるとは思えなかった。
サントラが例外なのだ。
案の定、俺の話を聞いた『巨人の鉄槌』は難しい顔をしていた。
「う、ううむ……疑いたいわけじゃないんだが、何とも信じがたい話だな……」
そう言いながら海の向こうを眺めているガレンはいい人なのだろう。
鼻で笑い飛ばしてもいいような話に真剣に耳を傾けてくれている。
「流石に信じられないわ」
ため息を吐きつつ、ユレイアが言った。
レンドールも同意するように頷く。
『巨人の鉄槌』は、俺の話に懐疑的のようだ。
まあ当然だろう。
しかし、次のカリアの言葉で風向きが変わった。
「オレは信じるぜ」
「え?」
思いがけない言葉に俺はカリアの方を向く。
桃色の瞳と目があった。
パッチリとした目がすぅっと細まる。
カリアは俺から視線を外した。
「……オレにも赤く見えるからな」
俺は驚きで目を丸くする。
そんな反応をよそにカリアは言葉を続けた。
「ずっと、小さな違和感があった。んでさっきルージュの言葉を聞いた瞬間から世界が変わっちまった」
カリアは気味悪そうに海を眺めている。
そういえば、カリアはこの階層に来てから一度も海に近寄ろうとしはしなかった。
俺と同じように。
「これで信じる側が二人になったね」
サントラがみんなの顔を見回す。
「僕とロイドはルージュの言葉を信じると決めたから、信じる側が多数派だね」
ニコリと笑いながらサントラがそう言うと、ガレンが諦めたように渇いた笑みを浮かべた。
「……はあ、わかりましたよ殿下。ですが、ルージュの言う通り海に島があるとしてどうやって行くんですか?ルージュの言葉を信じるなら浜辺から島までは結構距離があるようですが、まさか泳いでいくなんて言わないですよね?」
「……ルージュ」
ガレンの問いかけをサントラは俺へとパスする。
どうやら俺の言葉を信じると決めただけで、その他は何も考えていなかったらしい。
俺は一つ頷いて口を開く。
「俺が海を凍らせます」
俺の言葉にサントラが目を丸くする。
ガレンも同様だった。
「……そんなことができるのかい?」
「やったことはないですが……できると思います」
「そうか……精霊使いっていうのはすごいんだね」
サントラが金色の瞳をキラキラと輝かせる。
俺は苦笑した。
「本当にそんなことができるなら、俺たちもルージュの言葉を信じてついていく」
ガレンがそう約束してくれた。
あとは、俺が期待に応えるだけだ。
「では、行きましょう」
俺は赤に染まった海に一歩一歩近づく。
ふと、ここに初めて来たときに感じたことを思い出した。
『安全地点』と呼ばれる海辺エリア、前世で遊んでいたゲームだとボス部屋の直前なんかに用意されていそうだと。
もし、もし本当にボス戦前の束の間の休息の場所だとしたら?
ボス部屋までたどり着けないなどということがあるだろうか?
最初の変化は音だった。
ズズズっと巨大な何かが引きずられるような音。
その後に滝のような音が続く。
「あ、う、海が……」
サントラがうわ言のように発した言葉がやけに耳にこびりついた。
何故ならサントラ以外の人間はみんな言葉を発せなかったから。
俺の目の前で、海が割れた。
「……ここを通れってことなのか」
気付けば、目の前には海が割れたことによる道が出来ていた。
ちょうど人が一人通れるような細い道だ。
自然と俺の喉がごくりと音を鳴らす。
「どうしたの?」
それはその場の雰囲気にはそぐわない抑揚のない声音だった。
みんなは思わず声の主、ユレイアを見つめる。
急に注目が集まったユレイアは、焦ったように目を泳がせた。
「え、何よ急にみんなこっちを見て……海を凍らせるんでしょ?違うの?」
俺は目の前の状況が理解できず混乱する。
恐る恐る言葉を選んで、俺は口を開いた。
「ユレイアさんは、何が見えてますか?」
「何って……海に決まってるじゃない」
キョトンとした顔のユレイアの目は、とても冗談や悪ふざけを言っているようには見えなかった。
つまり、本当に分かっていないのだ。
俺は周囲を見渡した。
(多分、ユレイアとレントール……それに他の冒険者も気づいていないようだ)
あり得ないことが目の前で起こっていて、気付かないこと自体がありえないのだから。
つまり、本当に見えていないのだ。
この割れた海の姿が。
原因は分からない。
原因は分からないが、事実不可解な現象が起こっている。
(いや、不可解な現象なんて今更か)
俺やカリアにだけ異なる色に見える世界。
俺を誘うように開けた海。
ここまでくれば、流石に分かる。
(あの島にいるのは、魔族だ)
迷宮に来いと言ったモルドレッドの言葉が頭に反響する。
あいつが、俺たちを手招いているに違いない。
俺は、一歩、開けた道へと足を踏み出す。
振り返るとユレイアやレントールはとても驚いた表情をしていた。
彼らには、僕が海に吸い込まれたように映っているのだろうか。
そう考えると少し可笑しかった。
「付いてきたい人だけ来てください」
俺の言葉に真っ先に反応したのはカリアだ。
「行くに決まってんだろ」
ニィっと笑いながらカリアが俺の真ん前に立つ。
まあカリアは来るだろうと思っていたし、特に驚きはない。
「僕も行くよ」
続いてサントラが声を上げた。
ロイドは何も言わないが、サントラが来るというのならば当然ついてくるだろう。
「……危険ですよ?」
「ふふ、そんなの迷宮に来た時からわかってることだよ」
俺の忠告をサントラは笑って流す。
確かに、新参者の俺が改めて忠告することでもなかったか。
「俺は……」
いつもはきはきとしていたガレンが珍しく言葉を濁す。
ガレンは困ったように眉をひそめながら、自身のパーティメンバーをちらりと見た。
「俺は……いや、俺たちはここまでだ。すまない」
そう言ってガレンは頭を下げる。
そこにはついてこれないことだけでなく、俺の話を信じ切れなかったことの謝罪も込められているように感じた。
「顔を上げてください」
顔を上げたものの、いまだに申し訳なさそうな表情を浮かべるガレンに対して、俺は拳を差し出した。
「『巨人の鉄槌』の皆さんにはお世話になりました。また一緒に冒険しましょう」
俺の意図を理解したのか、ガレンは二カッと笑みを浮かべ拳をつき合わせた。
「ああ、またな!」
ガレンはゆっくりと拳を離すと、いまだに何が何だかわかっていないユレイア、レントールを引き連れてその場を去っていった。
「さて…残ったのはこの四人ですね」
ガレンたちの姿が見えなくなり、俺は残った面々――カリア、サントラ、ロイドに視線を移す。
「『巨人の鉄槌』が来れなかったのは残念だけど、僕たちだけで頑張ろう」
サントラが元気よく拳を突き上げ、俺の背中を押すようについ先ほどまで海底だったその道を歩き始める。
(それにしても、サントラやロイド、ガレンとユレイアたちの違いは何なのだろう)
海の変容を認識できた者とできなかった者。
その両者の違いは何なのか。
(俺への信頼……だったりして)
初めて島の話をしたとき、ユレイアとレントールは信じていなかった。
俺をどれだけ信じてくれているか、その違いが出たのではないだろうか。
だとしたら、ガレンは俺を信じてくれていたということになるから嬉しいんだけど。
(……まあ、そんなわけないか)
俺は頭を振って自身の考えを打ち消し、気持ちを切り替える。
恐らくもうすぐ魔族と戦うことになる。
余計なことを考えている場合ではないだろう。
(……シルヴィアとコルドもいるだろうか)
ふと、少し前までともに授業を受けていた級友を思い出した。
正直、二人のことはよくわからない。
魔族と親しげだったことも、魔族が二人を連れて行ったことも、全てが謎めいている。
俺は二人のことを何も知らない。
また会えるといいな、俺はそんな気持ちを抱えながら、道の先に鎮座する島を見つめた。
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