迷宮(ダンジョン)攻略④
「くそ!めんどくせぇなおい!」
「そんなこと言ってる暇あったら集中して!」
ガレンの悪態に、パーティメンバーのユレイアが鋭く言葉を返す。
消えては現れる、神出鬼没なグレートウルフの存在に苛立ちが募っているようだ。
「この、ちょこまかと……ッ!」
また別の場所からはカリアの怒声が聞こえてくる。
グレートウルフの動きに連動するように、グレーウルフがちょっかいをかけてくるのだ。
そのせいでグレートウルフに集中できない。
透明になるグレートウルフと俺たちの周りを取り囲んでいるグレーウルフ。
どちらかに集中すれば、もう一方の対処ができない。
心なしか、グレーウルフの数が増えてきているようにも感じる。
群れの長であろうグレートウルフが呼び集めているのかもしれない。
(さて、どうしたものか)
対応策を思案していると、トントンと肩を叩かれる。
首だけ捻るとフードに覆われた顔があった。
「……ロイド、さん?」
「……力を貸してくれ」
何か違和感があると思ったら、ロイドの声を聞くのが初めてだということに気づいた。
とても澄んだ、心地のいい声音だった。
少し高いが、声の感じからどうやら男性であるらしいことがわかった。
フードで顔をすっぽりと覆っているため、今まで性別もはっきりしていなかったのだ。
(って、ロイドがここにいたらサントラ王子は!?)
サントラはこれまでの戦闘を全てロイド任せにしていた。
そんなロイドがサントラの傍を離れるのはまずいのではと思い、俺はサントラの姿を探す。
「え、つよ……!?」
そこには鮮やかなレイピア捌きでグレーウルフをあしらうサントラの姿があった。
明らかに実力者といった動きに、思わず感嘆の声が出る。
「ふっ」
その声で現実に引き戻された俺は、声の主を見る。
ロイドが口元に手を当てて肩を震わせていた。
どうやら俺の呟きが面白かったらしい。
俺は物珍しいモノを見たような気分になった。
「グルル……」
すぐ傍で聞こえた唸り声と僅かな生暖かい風。
反射的に俺は身を捻る。
つい先程まで俺の胴体があった場所で、随分と噛み合わせが良さそうな牙がガチンと凶悪な音を響かせた。
……危なかった。
俺はグレートウルフに反撃を試みるが、俊敏な身のこなしで避けられ剣は空を斬る。
俺から距離を取ったグレートウルフは空気に溶け込んでいく。
このヒットアンドアウェイが実に厄介なのだ。
「いも……サントラ王子はかなりの実力者だから心配いらない。それより話の続きだが」
その言葉に、俺は顔を向けず耳だけ傾ける。
見方によっては失礼な態度かもしれないが、ロイドは気にした様子もなく言葉を続けた。
「君には、取り巻きのグレーウルフたちをなんとかして欲しい。……できるか?」
俺はサッと周囲を見渡す。
グレーウルフとの乱戦に身を投じている自分たち。
厄介な相手を前にみんな苦戦している。
この戦況を打破するために、俺がやるべきことは何か――。
「……できると思います。ただ、少し集中する時間が欲しいです。あと、俺が集中している間は無防備になるので――」
「ルージュを守る必要があるということだな」
ロイドはこくりと頷きつつ、とびかかってきたグレーウルフを蹴り飛ばした。
そのまま、ロイドは目線の高さまで拳を掲げる。
これまでの戦いでわかったことだが、ロイドは武器を使用しない。
厳密に言うと拳に金属製の手甲をはめているみたいだが、剣や槍と言ったわかりやすい武器は使用しないのだ。
ロイドは俺を守るように俺の前に立った。
「……すごい」
俺をかばっていることで単純計算で二倍の敵を相手にしなければいけないはず。
そんな状況にもかかわらず、ロイドは優美とすら言えるほど精錬された動きでグレーウルフの猛攻を捌いていく。
その様子に見惚れそうになりながらも、そんな場合ではないと首を振って集中する。
俺の使っている魔法とはイメージの力だ。
炎の剣も雷の槍も、俺の強いイメージを具現化したもの。
この状況を打開できるイメージを今生み出さないといけない。
(単なる広範囲魔法だとみんなを巻き込んでしまう……だから、広範囲かつみんなを巻き込まない魔法が必要だ)
ベースは雷。
辺り一面に降り注ぐ落雷。
そこに、もう一つの要素を。
集中しろ。
ミスればみんなを傷つけてしまう。
もっと、思い込め。
『神罰の雷』
俺の唱言が世界に届く。
俺たちの頭上に、バチバチと凶悪に渦巻く雷雲が出現した。
「なんだこれ!?」
突如現れた雷雲にガレンたちは驚き頭上を見上げる。
雷が、落ちる。
「きゃああッッ!!?……え?」
暴力的に降り注ぐ雷が辺り一帯を焼き焦がしていく。
その様子をサントラをはじめみんなはぽかんとした様子で眺めていた。
グレーウルフのみに命中し自分たちには全く当たらない雷の群れを。
数分間雷が降り注ぎ、やっと雷雲が晴れた頃にはグレーウルフの群れは壊滅状態だった。
一気に劣勢に立たされたグレートウルフは、動揺したように唸り声をあげる。
ぐらりと、俺の視界が揺れる。
どうやら魔力を使いすぎたらしい。
「うっ」
地面に身体を投げ出そうとした俺をがしっと受け止める人影があった。
「ロイドさん……」
「……よくやった。あとは任せろ」
ロイドの顔を下から覗き込んで初めて気づいた。
フードの下に隠された、キラキラとしたプラチナブロンドの髪色に。
ロイドは優しく俺を地面に寝かせると、一人でグレートウルフに対峙する。
流石にそれは危険だ、そう口にしようとしたところで顔に影が差した。
「ルージュは大人しくしてて」
サントラだった。
儚げに笑いながら、俺の頭をゆっくりと抱き起す。
すると、後頭部が何やら柔らかな感触に包まれた。
(こ、これってまさか……!?)
俺はサントラに膝枕されていた。
いかに王子と言えど、男に膝枕されても嬉しくない。
嬉しくない、はずなのに男とは思えない柔らかさに起き上がろうという意思がなくなっていく。
しまいには額をサントラに押さえつけられたため、俺はあきらめて頭を委ねることにした。
「ロイドさんが強いのはさっき見ましたけど、流石にグレートウルフと一対一は危険じゃ……?」
グレートウルフは単体でもプラチナランクに分類されるモンスターだ。
つまり、プラチナランクがパーティを組んで同等ということ。
配下の群れを倒したからと言って、油断できるような相手ではない。
「心配ないよ」
サントラはいつものようにニコリと笑い、いつも以上に強い口調でそう言い切った。
その瞳には確かな信頼が浮かんでいる。
「ロイドのランクは金剛級だから」
俺はその言葉に驚きロイドを見つめる。
ダイヤモンドランクは全体の上位0.1%、限られた人間だけが到達できると言われているランクだ。
そんな凄い人物だったなんて。
彼は一体どんな天恵を所持しているのだろうか。
「アオー―ンッ!!」
グレートウルフが高らかに遠吠えし、その輪郭を揺らめかせていく。
やがて完全に透明になった猛獣はゆっくりと獲物に這い寄る。
目が、合う。
金色の瞳と。
自身の能力に絶対的な自信を持っていたグレートウルフは、突如荒野に放り出されたような心細さを覚えた。
「……風哭」
キインと風が金切り声を上げる。
あまりの拳の速さに、空気が軋んだ。
その一撃を諸に受けたグレートウルフは、身体をくの字に曲げて草をなぎ倒しながら吹き飛ぶ。
数メートル先でようやく止まったグレートウルフだったが、起き上がることはなかった。
「ね、言ったでしょ?ロイドはすごいんだよ」
「そう……ですね」
ロイドだけは怒らせないようにしよう。
俺はそう誓った。
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