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精霊使いの眼

 天恵の儀を終え両親の元へと戻ると、アンリの両親同様ポカーンとした顔を浮かべていた。

 自身の息子が精霊使いという天恵を授かったという事実に、驚きを隠せないようだ。

 だがその一方で、どこか納得した様子でもあった。


「そうか、あの不思議な力は精霊使いだったからなのか...」


 両親の前では今まで何度か魔法を見せたことがある。

 その原理については説明していなかったから、精霊使いだったということで、両親の中で辻褄が合ったのだろう。


(精霊使いも同じようなことができるらしいからな...)


 精霊使いは、精霊を使役し超常的な現象を引き起こすことができるそうだ。

 それは魔法ではなく、精霊術と呼ばれていた。

 この世界における魔法が精霊術なのかとも考えたが、精霊がいないと使えない点、そして、超常現象を引き起こしているのは精霊で、精霊使いは指示を出しているだけという点で、精霊術を魔法だとは認めていなかった。


 実は僕自身、魔法の原理はよくわかっていないのだ。

 やってみたらできた、それに尽きる。

 そのため、それが精霊によるものではないと完全に否定はできない。

 しかし――、


(やっぱり精霊なんて見えないよな...)


 一応周囲をきょろきょろと見渡してみるが、精霊の姿なんてどこにも見えない。

 精霊使いになると精霊の声まで聞こえるらしいが、静かなものだ。

 自身の手に目を向ける。

 小さく呪文を唱え小さな火を作る。

 周囲を見渡しても精霊はいない。


 やはり、僕は精霊使いではないと結論付けるのが妥当だろう。


 まあそれはそれとして、両親への体のいい言い訳に使えそうなため、精霊使いということを否定する気はなかった。


「...お前には、小さなころから精霊が見えていたのか?」


 父さんに話しかけられ、思考が現実に帰ってくる。

 さて、なんと返したものか。


「...うん」


 思わず視線が泳いでしまったが、父さんはそれを精霊に目を向けていると勘違いしたらしい。

 そこにいるのか、と言ってうれしそうに目を細めた。

 息子に大きな才能があることが誇らしいのかもしれない。


「すごいわ、ルジー!」


 隣で放心状態から帰ってきた母さんも手をたたいて喜んでいる。

 言いようのない感情が沸き上がってきて、僕は何となく頭を搔いた。


 会話がひと段落したところで、パンっと手を打つ音が聞こえた。


「はい、これにて【天恵の儀】は終了になります。皆様お疲れさまでした。アンリエッタさんとルージュさんは、この後少しお話がありますので残ってください。他の方はおかえりくださって結構です」


 ケイ、ミーナの一家はその言葉を聞いて部屋から出ていく。

 僕とアンリの両親は残ろうとしたが、バーモンから本人たちだけで話を聞いてほしいと言われたため、外で待ってる旨を言い残し、部屋を後にした。


 十人以上いた状態から今は三人だけになったせいか、どこか部屋の温度が下がった気がした。


 他の人たちが去ったのを確認すると、バーモンが口を開いた。


「お二人とも、【天恵の儀】お疲れさまでした。もうお気づきだと思いますが、アンリエッタさんとルージュさんが授かった天恵は、数多の天恵の中で特に強い輝きを放つ祝福(ギフト)...お二人の未来を明るく照らしてくれるでしょう。しかし、強い力というのは大きな責任が伴います。力を正しく扱えるよう、自身と向き合い学び続けなければなりません」


 そこでバーモンは一度言葉を切り、水晶が置かれているテーブルへと近づいた。

 テーブルの引き出しに手をかけると、そこから二枚の紙を取り出した。

 その紙を一枚ずつ、僕とアンリの前に差し出してくる。


 ――王立ロールエントリア学園 推薦状――


 国の名前を冠したその学園は、優れた天恵を持つ者たちが集う王国最高峰の学校だ。

 世界的に見ても珍しい天恵を得た僕たちが推薦状をもらうのは、自然な流れではあるが、それでも推薦状を受け取る手は少し震えた。


「ここで学んでください。自身の在り方を」


「「...はい!」」


 ややぎこちなくも元気に返事した僕たちに対して、バーモンは優しい笑みを浮かべた。


「それでは少し個別に話がしたいので、奥の部屋へ一人ずつ来てください。まずはアンリエッタさんから」


 バーモンが手で指し示した先には、入ってきたのとは別の扉があった。

 バーモンとアンリは奥の部屋へと入っていく。

 手持無沙汰になった僕は、近くのソファへと腰掛ける。

 子供ながらの短い足は地面まで届かず、ぶらぶらと空中を彷徨った。


 僕は、バーモンとアンリが姿を消した部屋の扉を見つめる。

 音が漏れて聞こえる...なんてことは全くなく、中で何をしているのかは不明。


(また後で、アンリにどんな話だったか聞いてみるか)


 さて、今のうちにバーモンと話すべき内容を整理しておこう。

 今のところ、気になる点は二つある。


 一つ目は、水晶と人体を覆っていた白い光だ。

 あの得体のしれない光...ケイ、ミーナ、それにアンリも特に気にしていなかった...というより光の存在自体認識していなかったようにも見えた。

 あの光の正体について尋ねたい。


 そして二つ目。

 二つ目は、僕の天恵が精霊使いと表示された件についてだ。

 ほぼ間違いなく僕は精霊使いではない。

 にもかかわらず、精霊使いと出たのはなぜか?

 あの時、バーモンは水晶に何かしていたように見えた。

 サービス...と言っていた気がする。

 それに、白い光に対抗するように僕の身体から溢れた黒い稲妻。

 それに関してもバーモンは何か知ってる風だった。

 あれはなんだったのだろう。

 僕が魔法を使えることと関係があるのだろうか。


 こうしてみると、結構気になることが多い。


 そこまで思考を巡らせたところで、キイという高い音を立てて奥の扉が開いた。

 その中からアンリが出てくる。


「おお、もう出てきたのか。早かったな」


「......」


 僕はアンリに話しかけたが、アンリからの返事はなかった。

 無視された...というより、考え事に没頭して話しかけられたことに気づいていないようだ。

 僕は険しい顔をしているアンリの方をトントンと叩く。


「え、なに!?...ああ、ルジーね。奥でバーモンさんが待ってるわ」


 アンリはそれだけ言って、僕とすれ違うように部屋から出て行った。

 何かあったのかと思い、部屋の中での会話について尋ねようと思ったが、アンリは今までに見たことのないような険しい顔つきをしていて、とても会話できそうな雰囲気ではなかった。


(まあ、離れ離れになるわけでもないし、あとで聞けばいいか)


 バーモンが待っている部屋の扉を開き、僕は足を一歩踏み入れる。

 中は白い壁面に囲まれたとてもシンプルな部屋だった。

 真ん中に長方形の木製テーブルが一つあり、それを挟み込むように椅子が二つ。

 窓がないからか、どこか薄暗い室内を天井にかけられたランタンがぼんやりと照らしている。

 例えは悪いが、刑務所にある尋問室のようにも見える。


「どうぞ、おかけください」


 奥側の椅子に座ったバーモンから、入り口側の椅子に座るよう促される。

 僕は促されるまま席に着く。

 そしてすぐに口を開いた。


「バーモンさん、えと、いくつか聞きたいことがあるんですが、いいですか?」


「ええ、どうぞ」


 バーモンはこくりと頷いた。


「なぜ、僕は精霊使いと判定されたんでしょうか?今まで精霊が見えたことはないし、精霊使いという天恵が出てからも見える気配がありません。つまりその――」


 そこまで話して僕は言い淀んだ。

 あまり考えていなかったが、この先は女神を批判していることになるのではないだろうか。

 相手は聖職者。

 もし、僕がここで変なことを口にすると、どうなるかわからない。

 どうしよう。


 僕のこめかみに冷たい汗が流れた。


「【天恵の儀】の結果が誤っている――と?」


 ぎくりと背筋が震える。

 そんな僕の様子を見て、バーモンが苦笑を浮かべた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ルージュさんの考えは間違っていないですから」


「え...?」


 あっけからんとバーモンが言った。

 僕の考えが間違っていない...?


「精霊使いというのが間違いということでしょうか?」


「ええ。...少し細工をしました」


 バーモンはにこりとした笑みを崩さず、首肯した。


「それは一体何故...?」


「...白い光が、見えましたか?」


 それは僕の質問に対する返答ではなかった。

 予想していなかった質問に僕は目を見開く。

 その反応で、バーモンは答えを悟ったようだった。


「やはり、見えたんですね」


「はい...あれは一体...」


「あの光は...神聖力です」


 ――神聖力。

 司祭や修道女のような、聖職者の天恵を授かったものだけが使える力だと聞いたことがある。

 大きな力を持つ人だと、体の部位欠損のような重傷すら治してしまえるんだとか。

 そして、神聖力の特徴としてもう一つ、()()()()()()()()()()()()()


「つまり、僕は聖職者の天恵ということですか?」


 僕は持ちうる知識から推測を口にしたが、納得感はない。

 それならばなぜ水晶に天恵が表示されなかったのか、あの黒い雷はなんだったのか。

 僕のそんな考えを肯定するかのように、バーモンは首を横に振った。


「ルージュさんは聖職者ではありません」


 バーモンはきっぱりと否定する。


「ならどうして僕は神聖力を認識できるのでしょうか」


 僕の問いかけに対して、バーモンは考えるように顎へと手をやる。

 少しの間を置いた後、バーモンはゆっくりと口を開いた。


「その質問には、()()お答えできません」


「まだ...?」


 ええ、とバーモンは頷き、


「あまり多くのことを知ってしまうと、ルージュさんの身に危険が及ぶかもしれません。ルージュ君の存在は、かなり想定外(イレギュラー)なんですよ」


 ――想定外(イレギュラー)

 それは僕が転生者だからか、それとも魔法のせいだろうか。


 バーモンもかなり言葉を選んでいるのだろう。

 大事なところを全てぼかしているため、もやもや感が募る。


「ルージュさんの天恵を精霊使いということにしたのも、それが理由です」


 それ、というのは想定外(イレギュラー)だから、ということだろう。

 結局よくわからないけど。


「まあ、話は分かりました。それで、今後僕がやるべきことは何でしょうか?」


「強くなってください」


 珍しく、バーモンが強い口調で断言した。

 そして先ほど僕に渡した紙を指さす。


「ルージュさんを王立ロールエントリア学園に推薦するのも、そのためです」


「なぜ、そこまで僕に...」


 ――干渉するのか。

 それは、直後バーモンの口から語られる。


「いつか、ルージュさんに協力してほしいことがあるんです」


「協力...?」


「そうです。もっとも、今は何も話せませんが」


 どこか申し訳なさそうに、バーモンは頭を掻く。

 少しだけ、僕はバーモンの言葉に納得できた。


「...内容によります」


「ええ、それはもちろんです。いずれ、協力してほしいことについてはお話いたします。そろそろいい時間ですので、終わりにしましょうか」


 そういって、バーモンは席を立ち、先導するように扉を開く。

 僕はバーモンの後をついていき、教会の外まで出た。

 入口で待っていた僕の両親が、こちらへ歩いてくるのが目に入る。


「では、六年後お会いしましょう」


「六年後?」


 六年後といえば、僕が十五歳になる年だ。

 何事もなければ、学園に入学する年になる。

 その時になったら再び王都に来るから、また会うという話だろうか?


「実は私、学園で教師をしておりまして」


 その言葉に僕は目を見開く。

 学園のレベルが最高峰なだけあり、教師陣のレベルも高い。

 そんな中に名を連ねているとは、バーモンはもしかしたら思っているよりずっとすごい人物なのかもしれない。


「わかりました。また会いましょう」


「あ、ルージュさん。少し待ってください。一つ忘れていたことがありました」


 遠くでルジー!と呼ぶ母に手を振ってこたえると、僕はバーモンに一つお辞儀して両親のもとへと歩き出そうとしたが、バーモンから待ったの声がかかって立ち止まる。


 バーモンのほうを振り向くと、思っていたよりも近い位置にバーモンは立っていた。

 バーモンはそのまま僕に目線を合わせるようにしゃがみ、僕の額...いや、右目に手のひらを当てる。

 急な出来事に、僕は目を瞑ってしまう。


「はい、いいですよ」


 突然の出来事に僕が混乱しながら、目を開く。


 そこには、光の世界が広がっていた。

 周りの木々、人々、あらゆるものにくっついたり離れたり。

 まるで小魚の大群のように、それは群体となってうねり、渦を巻き、霧散する。

 ()()()()()()が、そんな神秘的な世界を捉えていた。


「こ、これは一体...!?」


「その眼は、君にお貸しします」


 光の奔流に吞み込まれそうになるため、咄嗟に右目を閉じる。

 そのまま僕はバーモンに目を向けた。


「精霊眼と言います。精霊使いが持つ特別な眼...精霊が見えるということですね。見えないようにすることも可能ですよ。見えなくなれと心の中で念じてください」


 言われるままに、僕は心の中で見えなくなれと念じる。

 恐る恐る右目を開けると、そこには慣れ親しんだ普通の世界が広がっていた。


「精霊使いと名乗っているのに、精霊が見えないと可笑しいですからね。その眼があれば、誰も不審には思わないでしょう」


 そういうことか。

 それならそうと早く言ってほしかった。


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ、さあ、ご両親が待ってますよ」


 今度こそバーモン、そして教会に背を向け、僕は歩き出す。


(それにしても、他人の眼を精霊眼に変えるなんて、普通の聖職者ができるんだろうか)


 その疑問に答えられる人間は、いなかった。


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