迷宮(ダンジョン)攻略③
ギチギチ、そう凶悪な歯を鳴らすキラービーはまだ息があるようだ。
その上に座るカリアは、ふんっと鼻を鳴らした。
「…お前それはずるだろ」
カリアの足元にはもう一体のキラービーが転がっている。
それから間もなく、カリアが座っているキラービーも息絶え、カリアの討伐数は計二体。
ジトッとした目を、カリアが俺に向ける。
バチバチと俺の周囲のキラービーは感電し、身体を痙攣させていた。
その数は四体。
俺の魔法によって、キラービーの群れは半壊していた。
「範囲攻撃は魔法使いの本領だからな」
「まほう…なんだって?」
「なんでもない」
悔しそうに歯噛みしているカリアを宥めていると、バシンと後頭部を叩かれた。
「ルージュやるじゃねえか!」
そう言うガレンは二カッとした笑みを浮かべていた。
褒められるのは嬉しいが、相変わらず力加減を間違えている。
俺は抗議の視線を送るが、表情を変えないガレンに伝わっているかは謎だ。
見ると、『巨人の鉄槌』もキラービーを二体倒していた。
「本当に素晴らしいね、ルージュは。カリアも」
サントラもパチパチと拍手している。
今までこんなに素直な賞賛を受ける機会はなかったため、少し照れくさい。
「よし、では進もうか。またモンスターの襲撃はあると思うけど、みんななら問題なさそうだね」
サントラはぽんっと一つ手を叩くと、みんなを促す。
その後も何度かモンスターの襲撃を受けつつ、密林エリアの探索を進めていく。
数時間後、俺たちは少し開けた場所でため息をついていた。
「めぼしい成果はなし…か」
珍しくサントラは厳しい顔つきで呟いた。
「探索漏れの場所がないか探し回ってみたが、空振りだったな」
「そうだね…密林エリアはこれ以上探索しても意味がなさそうだ」
はあ、というため息とともに、サントラがそう結論付ける。
サントラたちは、恐らく今回だけでなく何度も探索を繰り返しているはずだ。
そのうえでこれ以上は無意味だと判断したのだろう。
「今日は一度海辺エリアの拠点に戻ろう。明日は草原エリアを探索する」
俺たちは重い足取りで密林エリアを後にし、海辺エリアに設置したキャンプへと戻った。
到着したころにはすっかり日も落ちかけ、茜色の光が海面を撫でている。
「本当に外みたいだな…」
「綺麗だよね」
思わず呟いた言葉に返答があり、俺は少しビクッとして横を見る。
そこには、夕日に照らされて赤らんだサントラの姿があった。
その儚げな笑みになぜか少し鼓動が早くなる。
「…サントラ王子」
「ルージュはずっと堅苦しいよね?サントラって呼び捨てにしてくれてもいいのに」
「そ、それはちょっと…」
くすくすとサントラが笑う。
俺は、ちょうどいい機会だと思い、気になることを尋ねてみた。
「王子は、何故迷宮を攻略したいんですか?」
「…何故だと思う?」
くりっとした大きな目がこちらを向く。
感情の読めないその瞳に、俺は困惑した。
「……わかりません」
俺はサントラから視線を外し、海の向こうに沈み行こうとしている夕日に目を向ける。
「…何を言うかではなく、誰が言うかが大事だ」
ぽつりとサントラは言葉を落とす。
横目でサントラを見ると、いつもの柔和な笑顔ではない真剣な表情を浮かべていた。
「…私は何者でもない。ゆえに、何者かでありたいと思う。そうすればきっと、言葉は重さを纏うのだろう」
俺が口を開くと、サントラが驚いたように目を見開く。
「よく知ってるね?」
「実家にあるんですよ、それ」
今のはある人物の伝記の一節だ。
その人は、昔英雄と呼ばれた冒険者で、俺の父親が尊敬している。
普段本なんて読まない俺の父親が唯一持っている書物だ。
「王子は、迷宮を攻略することで何者かになろうとしているんですか?」
「…うん、そうだよ。僕にはやらないといけないことがあるから」
多分、それ以上は教えてくれないだろう。
そこまでの信頼関係を俺は持ち合わせていない。
それでも、真剣であることだけは何となく伝わった。
今はそれで十分だ。
俺は立ち上がって海の方を見つめた。
「俺に何ができるかわかりませんが、精一杯協力させていただきます」
「…ありがとう、ルージュ」
そう言って、サントラはいつものように、花の咲いたような笑顔を浮かべた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
翌日、俺たちは草原エリアへと赴いていた。
密林エリアと比べると、少し気温が高いぐらいでかなり過ごしやすい。
「えっとなになに…草原エリアは背の高い草に隠れて近づいてくるモンスターに注意と」
俺は地図を見ながら注意事項を確認する。
(そうだ、一度この周囲を確認してみよう。魔力消費が多いからあんまり乱発できないけど、一回ぐらいなら平気だろう)
俺は思い付きで『探知』を使用する。
その結果に、思わず渇いた笑いが出た。
「皆さん!」
俺は大きな声を出して、みんなの注意を集める。
キョトンとした顔でこちらを見るみんなに向かって、
「囲まれてます!戦闘準備!」
そう叫んだ。
そして同時に魔法を発動する。
『水斬刃!』
俺の前方の草が、水の刃によって刈り取られていく。
そして少し進んだ先で、草以外の何かにぶつかった。
「キャインッ!?」
完全に不意打ちを食らったのであろう、そのモンスターは紫色の血を滴らせながら飛び上がる。
飛び上がったモンスターは狼のようだった。
灰色の毛並みが特徴的な、グレーウルフ。
俺の言葉が事実であったと証明され、一瞬でみんなが戦闘体制に移行する。
グレーウルフは群れで行動することがほとんどだ。
現に今も、俺たちの周囲にいるのはこいつだけではない。
「全部で二十体ぐらいいます!」
俺はそう声をかけつつ、『水斬刃』を連発する。
魔法を使うたび、草が刈り取られてモンスターの姿があらわになっていく。
「こんだけ姿晒してればあとは余裕だ!」
ガレンがそう気炎を吐き、『巨人の鉄槌』は優れた連携でどんどんグレーウルフを撃破していく。
その横でカリアも野性味あふれる動きでグレーウルフを切り捨てた。
「アオォーーーン!!」
形勢不利を悟ったのか、一体のグレーウルフが雄叫びを上げる。
すると、たまたま俺が見ていた先、カリアの近くの空気が揺らめいた。
いやな予感が猛烈に湧き上がる。
「カリアッッ!!!」
「あん?なんだ――ッ!?」
突如トラックでもぶつかったかのようにカリアが大きく吹き飛ばされる。
数メートル空中を舞ったカリアだったが、流石の身体能力で身を翻すと四つ足で着地した。
「チッ、何だ今のは…」
カリアの呟きと同時、それは姿を見せた。
「グルルルル」
グレーウルフよりも一回り大きい個体。
別名、草原の暗殺者。
「グレートウルフかよ、ついてねえ」
ガレンが緊迫した声で呟く。
グレーウルフの上位個体、グレートウルフ。
このモンスターには一つ厄介な固有能力がある。
「…消えていく」
ゆらりとグレートウルフの輪郭が揺らめき、次第に見えなくなっていく。
移動したわけでも、見失ったわけでもない。
見えなくなった理由は明白。
「【透明化】…ッ!!」
暗殺者と呼称される凶悪な能力が、俺たちに牙をむいた。
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