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エルフの少女

「……シルヴィアさんとコルドくんのためですか?」


 俺は迷宮(ダンジョン)攻略に行くため、バーモンに暫く学園には来なくなることを伝えた。

 バーモンは少し顔を伏せて俺にそう聞き返す。

 俺は、小さく頷いた。


「そうですか……」


 バーモンの表情は分からなかったが、その声音からはこちらの身を案じているような色合いが感じられる。

 バーモンにとっても担当している生徒がディラン以外いなくなってしまうのだから、思うところがあるのだろう。

 しかし、止めるわけにはいかなかった。


 俺はバーモンに背を向け、教室を立ち去ろうとする。

 その時ふと、ある疑問が脳裏をよぎった。


「先生は、額に角のある男について何か知っていますか?」


「額に角のある男…ですか?」


 俺の問いかけに、バーモンは目をぱちくりとさせる。


「知らないでしょうか?」


「いえ、聞かれていると思っていなかったのでびっくりしただけですよ。…それは、魔族ですね」


「魔族?」


「ええ。魔神ディアスが女神エラリア様に反抗したことは知っていると思いますが、その時に配下としていたのが魔族です」


 バーモンが何かを思い出すように話す。

 魔神ディアスの配下…。


「魔神ディアスが生み出したのは、モンスターだけじゃないってことですか?」


「ええ、まあそうなります。もっとも、魔族なんてここ数百年確認されておりませんでしたから、その存在を認知している人間もかなり限られていますが」


 どうやら俺とカリアの前に現れた男たちは、かなりのレアキャラだったらしい。

 迷宮(ダンジョン)に来いと言っていたところから察するに、普段は迷宮(ダンジョン)に身を隠しているのだろう。


「魔族がどうかしたのですか?」


「いえ、何かの本で見て、少し気になっただけです」


 バーモンからの問いかけに、俺は少しだけ考え、はぐらかすことにした。

 無意味に心配をかける必要はないと判断したからだ。


「それなら良いのですが」


 不思議そうな表情を浮かべたバーモンに軽くお辞儀をして、俺は今度こそ教室を去る。

 すぐにバーモンに背を向けてしまった俺は、バーモンがじっと俺を見つめていることに、気付かなかった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 草原の草木の匂いが、ツンと鼻をついた。

 王都周辺の主要な道は舗装が進んでいるのだが、今通っている舗装されていない道は、ガタンガタンと馬車を揺らしている。


「ったく、尻がいてーな」


「それは同感」


 同乗者のカリアの言葉に俺は深く頷く。

 その時、前方からプオーッと角笛の音が響き渡った。


 俺は、馬車の窓から身を乗り出して前方を確認する。


「ついたみてーだな」


「…ああ」


 その都市の中央には、都市全体を覆っているかのように感じるほど枝葉を広げた、巨大という言葉すら生ぬるいほどに大きな巨木が天を衝いている。


 迷宮(ダンジョン)都市ニルヴァーナ。

 夢見る冒険者たちの集う街。


 俺たちの来訪を歓迎するように、大樹が枝を揺らしたような気がした。




「よし、通っていいぞ」


 俺は銀色の光を放つ冒険者証を守衛に見せて、門を潜る。


 王都で受けていた昇格試験だが、迷宮(ダンジョン)攻略にあたって最低シルバーランクである必要があるということで、速攻でジャイアントボアを討伐してランクアップしていた。

 その証拠として、所持している冒険者証が銅色から銀色に変化している。

 そのおかげで、ニルヴァーナに入ることができた。


 一歩都市の中に足を踏み入れると、そこには王都とは違った風景が広がっていた。

 武器屋、防具屋が数多く立ち並び、そこかしこで煙が上がっている。

 店前で声を張り上げる商売人の裏からは、金属を叩く金槌の音が頻繁に聞こえてくる。


 迷宮(ダンジョン)に集う冒険者のために作られた都市、いや、迷宮(ダンジョン)に集う冒険者が作りあげた都市らしい光景が広がっていた。

 この年には統治者がいない。

 迷宮(ダンジョン)攻略のために冒険者が集まり、その冒険者を目当てに商人が集まり、どんどん規模が大きくなって今のような都市を形成するまでに至っていた。


「懐かしいな、この空気」


 俺の後に続くように門を潜ったカリアが、懐かしむように目を眇める。


「カリアはここに来たことがあるのか?」


「まあな」


 カリアが胸元にぶら下げている冒険者証の色はプラチナだった。

 俺よりもかなり長く冒険者として活動しているようだし、以前に来たことがあっても不思議じゃないだろう。


「君たちも無事に入れたみたいだね」


 突っ立っている俺たちに、先に入っていたサントラが声をかけてきた。


「先ずは宿に行こうか。攻略は明日からにしよう」


 王都からここに来るまで三日の時を要していた。

 馬車に乗っていた時間も長く、疲れもたまっている。

 サントラの提案は非常にありがたいものだった。


「助かります」


「うん、それじゃあ行こうか」


 俺たちは連れ立って宿へと向かう。

 流石王子というべきか、向かった先はニルヴァーナに数多くある宿泊施設の中でも最上級のホテルだった。

 勿論俺はそんなグレードのホテルに泊まったことがない。

 贅沢にも一人一室が与えられたが、豪華な内装にどうにも気分が落ち着かなかった。

 意外にもカリアは落ち着いており、そういえばカリアも貴族だったなと思った。


 既に日はかなり落ちており、ホテルから見下ろす屋根は茜色に染まりつつある。

 外に出るかどうか少し迷ったが、部屋にいても落ち着かないこともあり、俺はサントラに一言断りを入れて、外に出た。


 特に目的地もなく、俺はぶらぶらと辺りを探索する。

 気が付けば、都市の中央に鎮座する巨大な木の根元まで来ていた。


「世界樹……か」


 この木の名前は、世界樹ユグドラシルというらしい。

 確かに、地球(ぜんせ)じゃ考えられないほどの威容は、世界樹という言葉に全く見劣りしていなかった。

 見上げることすら困難で、多分今の俺は酷く間抜けな顔をしているに違いない。


「この都市に来たばかりの方ですか?」


 一瞬、その言葉が自分に向けられたものと気付かなかった。

 しかし、見覚えのない少女が俺の顔を覗き込んでいて、この少女が俺に話しかけてきたのだと気付く。

 長い艶やかな金色の髪がさらさらと風に靡いている。


「よくわかりましたね?」


「そんなの気付きますよ。そんな珍しそうにこの木を見ていれば」


 その少女はこちらを見てくすくすと笑う。

 見知らぬ他人に笑われているというのに、嫌な気分はしなかった。

 そんなことよりも気になることがある。


「……エルフ」


「あら、それも珍しいですか?」


 少女は俺の視線を辿ったのか、長い特徴的な耳を撫でる。


(まずい、ジロジロ見すぎた)


 俺は失礼になると思い、少女の耳から目を逸らす。

 そんな俺を見て、また少女は口に手を当てて笑った。


「そんな気にしなくても大丈夫ですよ。慣れてますし。…お兄さんはどこから来たんですか?」


「俺はイグナスから来たんだ」


「あら、王都から来たんですね。確かに、王都にエルフはいませんね」


 ふと、俺はなんでこんなところで見知らぬ少女と会話しているのかと思ったが、特にやることもないし、退屈しのぎにはちょうどいいと思った。


「君は、ずっとこの都市にいるのか?」


「……そうです」


 少女は、少し目線を上げて答えた。

 その瞳には、ユグドラシルが映っている。


「…この木は、神様なんです」


「え?」


「いえ、何でもありません」


 少女があははと笑う。

 少女にとってあまり触れてほしくない話題なのだろう。

 しまったというような、どこか取り繕ったような笑みだった。


「お兄さんの目的は、やっぱり迷宮(ダンジョン)攻略ですか?」


 少女が話題を切り替えるように、尋ねてくる。

 俺は頷いた。


「ああ」


「……頑張ってくださいね。応援してます」


 そう言うと、少女が一歩後ろに下がって、両手を腰の後ろに回しくるりとこちらに背を向ける。


「…名前を聞いてもいいですか?」


「…ルージュ。君は?」


「私の名前は、リシテアです」


 少女は再度こちらをくるりと向き直り、ニコリと笑みを浮かべた。


「また会いましょう」


「……ああ」


 突然現れた不思議な少女――リシテアは、そう言い残すと踵を返して去っていく。

 リシテアと話している間に、辺りにはすっかり夜の帳が落ちていた。

 リシテアの姿が見えなくなるのを見届けて、俺も宿の方向に向かって歩き出す。


 ふと、俺は何となく振り返った。

 俺の視線の先では、月の光に照らされてユグドラシルが幻想的な輝きを放っていた。


いいね、ありがとうございます!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > バーモンにとっても担当している生徒が全員いなくなってしまうのだから、思うところがあるのだろう。 とありますが、ディランがどうなっているのか言及されていましたでしょうか?
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