魔族の男
「えっと、どういう状況?」
俺がシルヴィアたちのもとに到着すると、抱き合っているシルヴィアとコルド、そして何故かいるカリアと睨みあうようにしている角の生えた美男子。
咄嗟にこの状況をのみ込めるやつなんて何人いるのだろうか。
「お、ルージュ!!お前もいたんだな」
俺の姿を視認したカリアが声に喜色を滲ませる。
「なんでカリアがここに?」
「あー、最近不自然に魔物が増えてるって報告が多いらしくてな。その調査にな」
それは初耳だ。
いやいや、そんなことよりまずは目の前の状況についてだな。
「それで、これは今どうなってるんだ?」
「そこの男子がグレーターボアに殺されそうになってたところを助けたついでにぶっ殺して、怪しい男と睨みあってる。以上だ」
「...これ以上なく簡潔な説明どーも」
グレーターボアっていうと、ジャイアントボアよりも小柄な上位種だったはずだ。
なるほど...多分だけど、コルドがグレーターボアのことをジャイアントボアと勘違いしたんだろう。
それで襲われそうになってたところをカリアが助けたのか。
視界の端に、地面に突き刺さっている白い牙が目に入った。
あれはグレーターボアのものなんだろう。
あと残る疑問は一つだけ。
「はぁ、人間はいつも蛆虫のように沸いてくるな」
カリアが舐めつけている額から角を生やした謎の男が、やれやれといった様子で首を振る。
「一人増えたところで状況は変わりませんよ?」
男は纏ったマントをばさりと翻し、悠然と、いっそ緩慢とすら言える速さで歩く。
その先にいるのは、カリア・ランページ。
「それ以上近づくんじゃねえ、叩っ斬るぞ?」
カリアが地面に突き立てた大剣に手を添える。
男はカリアの言葉を受けても、止まろうとしない。
「警告はしたかんな?」
ゴウッと風を押し退ける音と共に、大剣が下から上へ。
男はつまらなさそうに迫り来る危機を眺めていた。
鮮血が、舞う。
カリアが驚きで目を見開いた。
今まで感じたことのない手応えに。
「やはり、弱い」
飛び散った紅血が落ちるスピードが、やたらと遅く感じた。
いや、本当に遅かった。
男の額の角が淡い燐光を纏う。
「がッッ!!?」
カリアの華奢な身体が宙を舞った。
カリアは空中で身を捻り、両足で着地する。
「なんだ今の……」
見間違いでなければ、血が鉤爪のようになってカリアを攻撃したように見えた。
それを証明するように、カリアの胸から腰あたりにかけて鋭く切り裂かれたような傷が三条走っている。
「大丈夫か!?」
俺はカリアの元へと走り寄る。
カリアがこちらをチラリと見た。
「ああ、オレは問題ねえが、問題はそっちじゃねー」
カリアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……硬すぎる。筋ばっかの肉みてーだ。あの噛み切れなくてイライラするやつ」
……女の子が出す例えとしてそれはどうなのだろうか?
そんな考えが一瞬脳裏をよぎったが、今はそれどころじゃない。
「さっきの攻撃はカリアが手加減してたんじゃないのか?」
「まあ確かに本気じゃなかったが、半殺しにするぐらいの力ではあった」
カリアの実力はよく知っている。
そんなカリアの攻撃をちょっとした切り傷程度に抑えるなんて。
「話は終わったか?」
男が両手を大きく広げる。
カリアがつけた傷跡から滴る血が、ふわりと浮かび上がった。
「私の名はモルドレッド」
男──モルドレッドが酷薄な笑みを浮かべる。
「自分を殺した者の名前ぐらいは知っておきたいだろう?」
血が集結し、モルドレッドの望む形を形成していく。
巨大な鉤爪へと。
恐怖の象徴として語られるドラゴンを彷彿とさせるような、あまりに分かりやすい凶暴な具現化。
最初に動いたのは、カリアだった。
俺と戦ったときのような、いや、それよりもさらに速くモルドレッドの懐へと侵入する。
「今度は手加減しねえ」
突進の威力すら乗せて大剣が振るわれる。
紅の鉤爪と大剣が激突し、拮抗した。
「良いのか?そんな隙を晒して」
「させるか!」
「チッ」
鉤爪を相手し隙が生じたカリアに向けて攻撃を繰り出そうとしたモルドレッドだったが、カバーしようとした俺を見て舌打ちをした。
そして仕切り直すように距離を取る。
「あの鉤爪はなかなか厄介だな」
あの鉤爪の厄介なところは、その攻撃力などもそうだが、使用中モルドレッド本体はフリーであることだ。
鉤爪に集中し過ぎると、モルドレッド本体が攻撃を仕掛けてくる。
かと言って、本体を攻撃しようとすると鉤爪に邪魔される。
一人で相手をするのは相当骨が折れるだろう。
「カリア、ここは連携して片方が鉤爪の相手をしつつ、もう片方が本体を攻撃するのが──」
「あー、めんどくせぇ」
不機嫌そうな声が、俺の言葉を中断させる。
次の瞬間、俺が見たのはカリアの背中だった。
「っておい!?」
「ようはあいつ本体をぶった斬ればそれでいんだろ?」
(それが難しいって話をしてんだよ!)
心の中で言った愚痴は当然カリアに伝わるはずもない。
俺の考えを蹴飛ばすように、カリアが跳躍する。
当然、モルドレッドは迎撃のために鉤爪をカリアへと向けた。
カリアが空中で身体を捻る。
「カリアッ!?」
鉤爪が振るわれる。
カリアの柔肌に、裂傷が刻まれる。
「いってーな、おい」
カリアは鉤爪の攻撃を防御しなかった。
その気になれば大剣の腹で受け止めるなり、対処はできたはずだ。
だがそうしなかった。
そんな攻撃を受けた代償に得た物は、モルドレッドが晒した大きな隙。
「なッ!?」
「油断したな?」
鉤爪の攻撃を無視して自分を狙ってくるなんて、思っても見なかったのだろう。
初めて、モルドレッドは驚きの表情を浮かべた。
空中で駒のように回転しながら勢いをつけた渾身の一撃は、モルドレッドの身体を袈裟懸けに大きく切り裂く。
「ぐぁぁッッ!!?」
たまらずモルドレッドが苦悶の声を上げる。
追撃しようと、カリアは大剣を振りかぶった。
「舐めるな!」
ギリッと歯を食いしばりながら、モルドレッドは鉤爪を操る。
カリアの追撃は鉤爪に阻まれ、モルドレッドにダメージを与えることはできなかった。
「お前……無茶しすぎだ」
「でも、成果はあったろ?」
俺がカリアに声をかけると、にししっと悪戯が成功したような笑みを浮かべる。
しかしその顔は少し青ざめており、支払った物も多そうだ。
「もう許さんぞ、人間」
怒りの形相をしたモルドレッドが声を震わせる。
額の角が一際明るく輝き出した。
カリアが新しくつけた大きな傷跡から、紅血が空中に立ち昇っていく。
「……あー、これはちとまずいか?」
「……ちょっとどころじゃないかも」
先ほどまでのより、さらに大きな鉤爪が形成された。
元の鉤爪が残ったままで。
大小の鉤爪を前に舌打ちしつつ、カリアが大剣を構えた。
しかし、少し足元がふらついている。
先ほどの鉤爪を喰らった傷が深く、血を流し過ぎているようだ。
「カリア、お前は下がってろ」
「あ?何バカなこと言ってんだ」
「足プルプルさせてるやつが強がるなよ」
「む……」
カリアは不満たっぷりと言ったような表情を浮かべたが、冷静に自分の状態を確認したのだろう。
深々と息を吐いた後、口を開いた。
「しゃーねえな。オレはサポートに回──」
「随分時間がかかってるようですね、モルドレッド」
一体いつの間に?
そんな思考よりも早く、身体が反射した。
俺とカリアのすぐ後ろ、手で触ることすらできる距離に突如現れた存在に向かって、俺は手のひらを向けた。
『アイス──』
「何をしようとしているか分かりませんが、やめた方がいいですよ?」
俺は魔法を放つことができなかった。
そいつはカリアを拘束しつつ、盾のように俺の前に突き出していたから。
一瞬固まった俺を見て、カリアをこちらに向かって押し飛ばした。
俺は咄嗟にカリアを受け止める。
そして初めてしっかりとその存在を視認した。
白髪の男、その額にはモルドレッドと似た角が生えている。
次の瞬間、身体がくの字に折れた。
「がはッ!?」
攻撃を受けた後で、肋を蹴られたのだと分かった。
ボキリと嫌な音が鳴る。
カリアを抱きしめたまま、俺は地面をゴロゴロと転がった。
遅れて激痛がやってくる。
口から苦悶の声が漏れ出た。
「おい、邪魔をするな。そいつらは私のだ」
「おや、それは失礼」
遠くで、そんな会話が聞こえた。
激痛に苛まれる頭の中で、必死に思考する。
仲間がいたのか。
モルドレッドだけでも十分過ぎるほどに脅威だと言うのに。
どうする……ッ!?
「……やめろ」
視界の隅で、それまでずっと座り込んでいた少女が立ち上がった。
「私がわかるな?アルマ」
「……ッ!あなたは……」
俺を蹴り飛ばした白髪の男が、シルヴィアを見て心底驚いたような表情を浮かべた。
その反応から察するに、白髪の男はアルマという名前らしい。
(どういう、ことだ?)
なんでシルヴィアがこの男の名前を知ってる?
知り合いなのか?
「モルドレッド。他に急用ができました。一度帰還します」
「はぁ!?どういうことだ?」
アルマの言葉に、納得できないという様子でモルドレッドは声を荒げた。
アルマは首を左右に振る。
「こちらの方が優先度は上です」
そう言って、アルマはシルヴィア達の方に目を向けた。
「付いてきて頂けますね?」
アルマの問いかけに対して、シルヴィアはこくりと頷く。
アルマは満足そうに頷くと、チラリとこちらに目をやった。
「この者たちは──「彼らに危害を加えるな」……畏まりました」
目の前のやりとり全てが理解できない。
シルヴィアが命令し、アルマはそれに従おうとしている。
「シルヴィア……お前は一体……」
「……何で来たのよ」
それは俺に向けたようでもあり、違うようでもあった。
シルヴィアは、俺と視線を合わそうとしない。
俺の問いかけには答える気がなさそうだ。
「おい、詳しく説明しろ」
「それは移動しながらにしましょう」
そんな会話をしながら、アルマはシルヴィアとコルドを引き連れてその場を去ろうとする。
コルドは一言も言葉を発さず、少し悲しそうな表情を浮かべていた。
最後尾のモルドレッドが振り返る。
「人間ども、お前たちの顔は覚えた。後で迷宮に来い。特にお前だ」
モルドレッドがカリアを指差す。
「お前じゃねえ。カリア・ランページだ」
「ふん」
モルドレッドは鼻を鳴らして去っていった。
姿が見えなくなると、張り詰めていた緊張感が緩まったのか、俺は足に力が入らずその場に座り込んだ。
「……くそ」
飲み込んだ唾は、血の味がした。
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