ランク昇格試験③
鬱蒼とした木々の密度が段々と濃くなってきた。
薄暗さを増す山中は、本能的な恐怖を掻き立てる。
「はあ、はあ...ッ!」
目の前で金と銀のツートンカラーが上下に揺れる。
自分のものではない荒い息遣いが、かえって自分の心を冷静にしていた。
「コルドはまだ無事なんだな?」
「ええ、草陰に身を隠しているみたい」
「それにしても、なんでコルドは深層に...」
「多分、発見したジャイアントボアを追いかけているうちに、ここまで入り込んだんだと思うわ」
俺は走りながら思わずため息をつきそうになる。
冒険者としてリスク管理は重要な要素だ。
目の前の標的に夢中になって危険地帯に足を踏み入れるなんて、あってはならない。
ふと、俺は気になることがあった。
「ちょっと待て」
俺の言葉に、シルヴィアが走りながら視線を投げかけてくる。
「コルドはジャイアントボアを追いかけて深層に入ったんだよな?」
「...?そう言ってるじゃない」
「何でジャイアントボアが深層に行くんだ?」
ジャイアントボアは、オレスティン山中層に出没する代表的なモンスターのはずだ。
間違っても、深層で暮らせるような強力なモンスターではない。
そんなモンスターであったなら、ブロンズランクの冒険者が太刀打ちできるわけがない。
俺の言葉に、シルヴィアの表情が固まった。
目の焦点が定まらずに左右に震える。
「...まさか」
「ああ」
――コルドの発見したモンスターは、ジャイアントボアではないかもしれない。
シルヴィアは一瞬泣きそうな表情を浮かべると、さらに足を速める。
俺はその背中を黙って追うことしかできなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
自分より数分早く生まれた姉と一緒にいることが多かったから、自分一人で行動することって結構少なかったりする。
だから自分一人で行動するってだけで、僕の世界はいつもより少しだけワクワクが増える。
決して姉のことが嫌いなわけはないのだけど。
「見つけた」
じめっとした湿度の高い空気を煩わしく思いながら、僕は標的を発見する。
向こうにも僕が見ている景色が伝わっているはずだ。
(標的を見つけたらお互いに合流するまで待機...だよね)
標的のジャイアントボアを見失わないように、僕は草陰に身を潜める。
幸い、ジャイアントボアはこちらに気づいていないようで、呑気に地面に顔をこすりつけるようにしながらゆっくりと歩いていた。
(見失わないように気を付けないと。それにしても、ジャイアントボアは授業で聞いていたよりも随分小さいんだね)
四足歩行にもかかわらず自分の身長より大きいと聞いていたが、実物は僕の胸ぐらいまでしかなさそうだった。
立ち止まっていたジャイアントボアが移動を開始する。
僕も足音を立てないように気を付けて、後をついていく。
ジャイアントボアを追いかけ始めて数分経っただろうか。
その間ジャイアントボアは歩みを止めず、どこか目的地でもあるかのように迷いなく進んでいく。
(どこまで行くんだろう...)
一人での行動に浮かれていた気持ちはとうに沈み、不安が勝ってきていた。
尾行を続けながらも、思考は脇道にそれていく。
(シルヴィア...)
度々襲い来る心細さから、頼りになる姉の名を心の中で呟いた。
それと同時に、金色の眼にそれは映った。
「え、な、なんで...」
ジャイアントボアが視界の先で立ち止まる。
その隣には、角が生えた人影が立っていた。
長い白髪の前髪が俯いた顔を隠し、その表情はうかがえない。
「...魔族」
思わず後ずさった足が、運悪く木の枝を踏み折る。
静けさに満ちた空間に異音が走った。
角の生えた人影がこちらを見る。
汗が、こめかみを滑り落ちた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
唐突にシルヴィアが立ち止まった。
思わず追い抜きそうになる足を止めて、シルヴィアの顔を覗き見る。
愕然とした表情を浮かべたシルヴィアは、なんで、と譫言のように呟いている。
「ど、どうしたんだ!?」
「......」
俺の言葉に対する返事はなかった。
仕方なく、シルヴィアの肩を揺する。
今度は叩かれなかった。
「シルヴィア、俺の方を見ろ」
シルヴィアは酷く動揺した様子だったが、俺の言葉を聞いてゆっくりとこちらを見る。
潤んだ銀眼に、俺の顔が映った。
「深呼吸だ。ゆっくり」
「......」
シルヴィアは素直に俺の言葉に従って、ゆっくりと呼吸をする。
次第に不安定になっていた呼吸が落ち着いてきた。
「...ありがとう。もう大丈夫よ」
シルヴィアが俺の肩をポンっと叩く。
俺はシルヴィアの肩を離した。
「...いったい何があった?コルドに何かあったのか?」
「いいえ、それは違うわ。コルドは無事よ」
「だったら、何があったんだ?」
「......」
俺の問いかけに対して、シルヴィアは一度口を開こうとしたが、何を思ったのか言葉を発することはなかった。
シルヴィアが俺に対して背中を向ける。
「ここから先は危険だから、ルージュはついてこないで」
「は?」
シルヴィアから帰ってきたのは、あまりに脈略のない言葉だった。
思わず疑問の言葉が口をつく。
「ごめんなさい。でもルージュにはここで引き返してほしい。...理由は言えないけれど」
謝罪の言葉を口にしながらも、シルヴィアがこちらを振り向くことはなかった。
俺の頭を疑問符が埋め尽くしていく。
「一人でコルドを助けに行くのか?それの方がよっぽど危険じゃないか」
「......」
シルヴィアは何も答えなかった。
俺も薄々わかっている。
多分、そういうことじゃないのだろう。
シルヴィアが包み隠している何かがあって、その答えにたどり着くには、あまりにも俺はシルヴィア、そしてコルドのことを知らない。
分厚くて高い透明な壁が、シルヴィアとの間に存在する。
恐らく俺が何と言おうと、その壁がなくなることはない。
「...わかった」
「...ごめんなさい」
シルヴィアはそれだけ言うと、再び走り始めた。
立ち止まった俺との距離がどんどん開いていく。
「......さてと」
シルヴィアの背中が見えなくなったところで、俺は屈伸した。
「ついてくるなと言われると、ついていきたくなるのが人の性と言いますか」
誰に言い訳しているのか、独り言が自然と零れる。
もしかしたら、これまでのように二人とは仲良く出来なくなるかもしれない。
でも、だからと言って、二人を見捨てる理由にはなりはしないのだ。
向こうがどう思っているかは知らない。
しかし、短い付き合いだが俺はあの双子のことをそれなりに気に入っているから。
「また明日って、言いそびれたしな」
大義名分もできた。
俺は不敵に口角を吊り上げる。
「あんまり魔法使いを舐めるなよ?」
『探知』
さあ、余計なお節介を焼くとしようか。
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