ランク昇格試験②
冒険者をやるにあたって、共有者という天恵の最も優れた点は、ラグのない正確な情報伝達だと思う。
相手の視覚、聴覚すらも共有する異能は、これ以上なく斥候として優秀だ。
現在、シルヴィアは俺と共に行動し、コルドは単独で行動している。
コルドとシルヴィア、それぞれが探知したものを即座に共有することで、探索の効率を跳ね上げていた。
「見つけた」
シルヴィアが小さく呟く。
俺はキョロキョロと周囲を見渡すが、ジャイアントボアらしき影はない。
ジャイアントボアはかなりの巨体であるため、見逃しているというのは考えづらいだろう。
つまり──。
「コルドの方か?」
俺の問いかけに、シルヴィアはこくりと頷いた。
「行きましょう」
「場所はわかるのか?」
「なんとなくね」
曖昧な言葉とは裏腹に、シルヴィアは迷いのない足取りで山道を進んでいく。
以前聞いた共有者の能力としては五感を共有するという話だったが、実態は少し違うのかもしれない。
「ウキャキャッ!」
俺たちの進路を塞ぐように、耳障りな奇声を発しながら現れたのは、異様に長く発達した腕を持つ猿のモンスター、アームモンキーだった。
「こんな時に……ッ!」
「この場合は手出ししても良いな?」
この戦いは試験とは関係ない。
山に入る前の約束には含まれないだろう。
「ええ、お願いするわ」
シルヴィアがアームモンキーに視線を固定したまま頷く。
俺は腰の剣を引き抜いた。
現れたのは二体。
その片方に俺は狙いを定めた。
「俺は右のをやる」
シルヴィアの反応を待たず、俺は地面を蹴った。
斜面になっており足場も悪い。
足を取られないように注意しながら、アームモンキーへと接近する。
「ウキャッ!?」
斜面を素早く駆け上がる俺に、アームモンキーが焦ったように鳴く。
その長い腕を鞭のようにしならせて、俺目掛けて振った。
『サンダーボルト』
バリバリッ!と俺の指先から電流が迸る。
その狙いは豪速で迫り来る長い腕だ。
魔法が命中すると、アームモンキーは感電したようにその身を震わせ、動きが鈍った。
苦し紛れの攻撃を、俺は軽々と跳躍して避ける。
『身体強化』
身体の奥から力が込み上げてくる。
なんでも出来そうな、全能感が細胞を伝っていく。
「ふッ!!」
跳躍の勢いそのままに、身体を駒のように回転させ剣を振り抜いた。
紫の血飛沫を上げながら、アームモンキーの身体が真っ二つに分たれる。
「ウキュウ……」
か細い鳴き声と共に、ベチャリとアームモンキーはその場に倒れ伏した。
やがてボロボロと輪郭を崩し、風で散り散りになる。
俺はシルヴィアの方に目を向けた。
若干苦戦気味ではあったが、不安定な足場にも関わらず、アームモンキーの剛腕を上手くいなして反撃している。
裂傷塗れの腕からは、紫の血が滴っていた。
「邪魔を、するなッ!!」
アームモンキーが伸ばした腕の横をすり抜けて、シルヴィアは懐へと潜り込む。
それは明確な悪手だった。
アームモンキーの口角が醜く歪む。
やっと獲物が晒した隙を喜ぶように。
シルヴィアの突きがアームモンキーの胴体を抉る。
苦しげな鳴き声が木々の間に響く。
だが、それだけだ。
致命打になっていないと察したシルヴィアは、すぐにその場から離脱しようとしたが、アームモンキーは腹筋に力を込める。
屈強な筋肉に挟まれて短剣が抜けない。
初めてシルヴィアの顔に焦りの表情が浮かんだ。
シルヴィアの時間が一瞬停止する。
アームモンキーの両腕が、シルヴィアの華奢な体躯を捩じ切らんと左右から迫った。
シルヴィアの銀眼が見開かれる。
「くそッ!」
『身体強化』の効果はまだ残っていた。
シルヴィアに夢中になっている背中は、俺からしたら隙だらけだった。
間に合えッ──。
ゴウッと豪腕が風を裂く音が、やけに近く聞こえた。
自然と喉が干上がる。
ひッと、声にならない音が口から漏れた。
醜い笑みで自分を見るモンスターの顔。
その不快な視線を遮るように、黒い影が目の前に割り込む。
二本の長い毛むくじゃらの腕が跳ね飛んだ。
紫色の血が顔にかかる。
鮮烈な生温かさは、すぐさま抱き抱えられた男の温かさに上書きされた。
「間一髪だな……。大丈夫か?」
「え、ええ……」
「キョエエエエッッ!!?」
自慢の腕を斬り落とされたアームモンキーが絶叫した。
苦痛と悔しさがない混ぜになったように、俺を睨みつけてくる。
ググッと、俺は腰を落とした。
「ウキャッ!?」
弾丸のように迫り来る俺に対して、アームモンキーの目に怯えの色が浮かぶ。
咄嗟に腕で防御しようとしたのだろうか。
肘から先のない腕を身体の前に構えた。
当然、その姿は無防備となる。
一閃。
横薙ぎの一振りにより、アームモンキーの頭部が宙を舞い、驚きに満ちた表情のまま地面を転がった。
パラパラとその輪郭が黒ずみ、崩れ落ちていく。
俺はほっと安堵の息を吐いた。
後ろを振り返ると、シルヴィアが呆然とした表情を浮かべていた。
「……大丈夫か」
俺は改めてそう呼びかけるが、返事はない。
仕方なく肩を揺すろうとすると、バシンッと近づけた手を払い除けられた。
「あ、ご、ごめんなさい……」
突然のことに驚いたが、悪気がないのは伝わった。
俺は首を左右に振る。
「別にいいさ。怪我がなくてよかった」
「うん、助けてくれてありがとう」
「当たり前だろ、友達なんだから」
俺の言葉にシルヴィアは小さく笑う。
そのことに少し安心した。
「それより、コルドの方はどうなってる?」
俺は元々の目的に話を移した。
ハッとした顔つきで、シルヴィアはこめかみに手をやる。
「なッ!?」
突然、シルヴィアが驚きの声を上げた。
共有者の天恵を発動したのだろう。
「どうした!?」
「どんどん奥に入って行ってる……。これ、多分深層まで行ってるわ……」
「なんだって!?」
オレスティン山は大きく三つの分け方をされている。
入り口に近く、比較的弱いモンスターが生息する浅層。
浅層より奥に入った山の中腹あたり、多くのモンスターが棲む中層。
そして、中層のさらに先。
強力なモンスターが生息すると言われている深層。
中層にいるモンスター達は、深層から逃げてきたと考えられている。
先ほど戦ったアームモンキーは中層でも下位のモンスターだ。
それを遥かに上回る強さのモンスターが深層には溢れている。
「はやく、行かなきゃ」
譫言のように呟くシルヴィアの声は、ひどく震えていた。
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これからも楽しんで頂けるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いします!




