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魔神の呪い

「あの後、王国騎士団が来て、いろいろ事情を聴かれたの」


 俺は、ベッドに寝かされながら上半身だけを起こして、ジアの言葉に耳を傾けていた。

 ジアが林檎をかじる音が、シャリッと部屋に響き渡る。


「それ、俺への見舞品なんだが?」


「苦労したのは私も同じなの。もちろん私にも食べる権利があるの」


 同じクラスのコルドとシルヴィアが持ってきてくれた果物の山が次々に消費されていく。

 俺は一口も食べていないのに。


「はあ、まあいい。それでどんな話だったんだ?」


「ほとんど状況の説明だけなの。ウリドがモンスター化したときの様子とか。なんでそんなことになったのか聞かれたけど、わからないから答えられなかったの」


「なるほどな」


 結局ウリドが何を企んでいたのかは謎のままだ。

 一旦騎士団に任せるしかないだろう。


「あ、あとは…」


「なんだ?」


「ブルーム伯爵家から抗議が来たの。息子を殺したやつに合わせろって」


「あー…」


 俺はジアを見つめる。

 ジアは照れくさそうに顔に手をやった。

 待て、その反応はおかしいだろ。


「確かに、親からしてみれば同じ生徒に息子が殺されたわけだから、怒るのは当然か」


 そこまで考えて、自分がやけに落ち着いていることに驚いた。

 俺はこんなにドライな人間だったろうか。

 日本人であった頃なら、もっと取り乱していたと思う。


 ジアは俺の言葉に対して、首を横に振った。


「しかたないの。私たちに他に選択肢はなかったの。どうせ、私たちが何もしなくても騎士団に討伐されていたはずなの」


「うん、そうだな。それで、結局どうなったんだ」


「クレアさ…学園長が、追い返してくれたらしいの」


 ジアによると、息子を殺すなんて何を考えているんだと怒っているブルーム伯爵に対して、

「じゃあ、あんたのとこの息子は会場にいた多くの貴族、さらには国王陛下にまで危害を加えそうになったわけだが、そのことについてはどう償ってくれるんだ?」

 と聞き返したらしい。

 その返しに言葉を詰まらせたブルーム伯爵は、顔を真っ赤にしながら何も言わずに帰っていったそうだ。


 俺は、その話を聞いてため息とともに額に手をやった。


「完全に恨まれてるじゃないか、それ」


「ふふ、ルジーは私が守ってあげるから大丈夫なの」


 女の子から守られると堂々と言われるなんて男としてどうなのだろうか。


「いや、ジアも恨まれてる側だからな?」


「心配してくれるの?うれしいの」


 ダメだ、会話にならない。

 気づけば、籠に山盛りになっていた果物の九割が消失していた。

 食いすぎじゃないか…?


「それにしても、色々迷惑をかけたな。ありがとう」


「本当なの。ルジーが突然倒れてから大変だったの」


 俺がここまで他人事のように事情をジアから聞いていたのは、ウリドを倒した直後、俺が気絶したからだ。

 恐らく『魔力の海』との接続が切れて、一気に体内の魔力が欠乏したからだと思う。

 ジアが俺を保健室まで連れて行ってくれたらしい。

 ジアが胸を張って鼻を鳴らした。


「それで…」


 少しだけ言葉が詰まる。

 俺が言いにくそうにしているのを見て、ジアも俺が何を気にしているのかを察したようだ。


「…アンリのこと?」


「ああ」


 話には少しだけ聞いていた。

 でも、信頼している人間からちゃんと聞きたい。

 ジアは、少しだけ居住まいを正した。


「アンリは…退学になったの」


 窓から差し込む陽光がやけに眩しい。

 長く眠っていたからか、光に敏感になっているようだ。

 ジアの周りを飛び回っている精霊たちも眩しさを助長している。

 その眩しさを、()()()()()()()()()()()()()()()が相殺していた。

 俺は少しだけ息を大目に吸い込む。


「…聞きたいのはそれじゃない」


 誰かが噂をしているのを聞いた。

 アンリに恨みを持っていたカリア・ランページが愚痴るように言っていたのを聞いた。

 コルドとシルヴィアが困惑しながら言っていたのを聞いた。


 ジアは少しだけ躊躇うように目を泳がせ、やがて意を決したように俺の目を見た。


「今も、目を覚まさないの」


 俺は何となく、窓の外に目をやる。

 澄み渡るような青空が、少しだけ憎らしかった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あの件はどうなった?」


 華美な装飾が施された椅子に座る老人が、しわがれた声で目の前に跪く男に尋ねた。


「あの少年の力はどうやら本物のようです。その証拠に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ほう?」


 男が頭を垂れたまま言葉を紡ぐと、老人はニタリと口角を歪める。

 対する男の表情は、俯いているため老人からは窺えなかった。

 無表情なのか、それとも喜色に彩られているのか。

 機嫌のいい老人にはどうでもいい事だった。


「この件はお前に任せよう、幻術師(フェイカー)


 幻術師(フェイカー)と呼ばれた男は、初めて顔を上げる。


「分かりました。……女神エラリアの祝福あれ」


 淡々とした声が、暗がりの中に木霊した。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 燃えるような赤い髪が白いベッドに横たわる少女の頬にかかっている。

 普段であれば煩わしそうに払うのだろうが、意識のない少女が行動を起こすことはない。

 胸元にかかった布団が僅かに上下していることだけが、その少女が生きていることを証明している。


「…アンリ」


 目を覚まさない幼馴染みの名前を呼んでみる。

 もちろん返事はない。


「これは、魔神の呪いと言われています」


「魔神の、呪い」


 ジアと話した翌日、体調の戻った俺はアンリの病室を訪れていた。

 俺の隣に立つバーモンは、アンリが目を覚まさない理由が分かったと言った。


「…少し話せますか?」


 バーモンは部屋の入り口をちらりと見た。

 俺は頷く。


 バーモンは慣れた様子で廊下を抜けると、中庭へと出る扉をくぐった。

 俺もそれに続く。


「…ルージュくんは魔神について何か知っていますか?」


「えっと…」


 先日アンリ、ジアと聖女祭に行った時のことを思い出す。

 魔神について知ったのはあの時だ。


「魔神ディアスは、モンスターを生み出して人間の脅威となり、聖女に封印された」


「よくご存じですね」


 俺の回答に満足したようにバーモンはニコリと頷く。


「魔神ディアス本体は確かに封印されたのですが、魔神ディアスが世界に残した遺物がいくつかあるのです。その一つが、あるペンダント」


 その言葉で、俺はハッとした。

 バーモンと視線が交わる。


「そうです。アンリエッタさんがつけていたペンダント。あれが、魔神ディアスが残した遺物だったのです。長いので魔遺物とでも呼びましょうか」


「魔神の呪いっていうのは、何ですか?」


「ルージュくんは、優れた剣士が使うオーラや神聖術をはじめとした、天恵に基づいた技能の仕組みを知っていますか?」


 質問に質問で返され、俺は言葉に詰まる。

 その様子を見て、バーモンは薄く笑った。


「すみません、困らせるつもりはなかったのです。何が言いたいかというと、それらは元を正せば()()()()()()()()()()()()()()


「…はい?」


 オーラと神聖術が同じもの?

 一体どういうことだ?


 俺は首を傾げる。

 それを見て、バーモンは言葉をつづけた。


「料理人が美味しい料理を作る時、鍛冶師が優れた武器を制作する時、剣士が剣術を繰り出す時、ある共通のエネルギーが使われています。それを、純気と呼んでいます」


「…純気」


「純気は全ての人間が持つ共通のエネルギー。純気は使う者の天恵によってさまざまな形に姿を変えます。司祭が使えば、神聖術となるわけです」


「…はあ」


 俺がぽかんとしているのを見て、バーモンは前置きが長かったですね、と頭を掻いた。


「この法則に唯一反していたのが、魔神ディアスでした」


 バーモンが人差し指を立てる。


「魔神ディアスはこの世で唯一、()()()()()()()()()()()()


 ぞくり、と背筋に悪寒が走った。

 ふっと足が宙に浮かび上がったような錯覚に襲われる。

 無意識に後ろに引いたことで、自分が地面に立っていることを自覚した。


 どこかで聞いたような話が、頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。


「ま、魔神ディアスが人間….?天恵を、持たない…?」


「続けますね」


 バーモンが一つ咳払いをして、言葉をつづける。


「魔神ディアスは天恵を持たないが故に、文字通り何でもできた。剣士のようにオーラを出すことも、司祭のように神聖術を使うことも、精霊使いのように()()()()()()()()()()()()()


 原理が同じだったかどうかまではわかりませんが、というバーモンの言葉は俺の頭に入ってこなかった。

 そんな精神的余裕が、今はなかった。


「アンリエッタさんに話を戻しましょうか」


 その言葉で、俺は俯いていた顔を上げる。

 バーモンが真剣な目つきでこちらを見つめていた。


「アンリエッタさんを蝕んでいるのは、魔神が持っていた純気です。アンリエッタさんが身に着けていたペンダントに残留していた魔神の純気が、アンリエッタさんの純気と混じってしまった。魔神の純気はとても強力で、一度入り込んだらたちまち全てを侵食し命までも奪ってしまう。これを魔神の呪いと言います」


「…命を、奪う?あ、アンリが死ぬんですか!?」


「そのはずだったんです」


 想像もしたくない未来を告げられて俺は取り乱したが、バーモンに手で制された。


「アンリエッタさんの体内に入り込んだ魔神の純気…本来途方もなく強力なはずのそれは、何故か酷く弱々しいものでした。だからこそ、アンリエッタさんも何とか抵抗できている…。魔神の純気が弱った理由、ルージュ君には何か心当たりありませんか?」


「…あります」


 俺には心当たりがあった。


「武闘祭でアンリが気を失ったとき、抱きかかえたアンリから何かが流れ込んでくる感覚がありました」


「なるほど、恐らくそれが魔神の純気でしょう。やはり、君は…」


 バーモンが何かを言いたげに言葉を詰まらせる。

 しかし、俺にはもっと優先すべきことがあった。


「どうすればアンリを助けられますか?」


「…ルージュくん、以前に私が頼みごとをしたのを覚えていますか?」


「頼みごと?」


 バーモンに言われて記憶を探ってみるが、ここ最近でバーモンから頼みごとなんてされた覚えがない。


「覚えていなくても仕方ありません。なんせ、六年前の話ですから」


「…あ」


 六年前。

 そう言われて、頭の片隅に引っかかるものがあった。


「いつか協力してほしいって…」


「そうです!覚えていてくれましたか」


 バーモンは嬉しそうに目を細めた。

 そのまま言葉をつづける。


「魔神の心臓を探してほしいんです」


「魔神の心臓?」


「ええ、今もなお世界にモンスターが溢れている原因と考えられているのが、魔神の心臓なんです。この世のどこかにあるはずなのですが、いまだ見つけられていません。しかし、魔神と多くの共通点を持つルージュくんなら見つけられるかもしれません。そして、それはアンリエッタさんを救うことにも繋がると思います」


「どういうことですか?」


「現状、アンリエッタさんを救う方法は分かりません。しかし、魔神の心臓を探す中で魔神について知り、何か解決策が見つかるかもしれない。何もせずに手をこまねいているよりは、よっぽどいいでしょう?」


「確かに、そうですね」


 アンリを助けたい、その思いだけは間違いない。

 その方法が分からないというのであれば、必死に足搔くしかない。


(全く、手のかかる幼馴染みだ)


 俺の顔に微かな笑みが浮かぶ。

 バーモンが手を差し出してきた。

 俺はその手を静かに握る。


「わかりました。魔神の心臓探しに協力します。アンリを助けるためにも」


 空の青さは、今はもう憎らしくなかった。


ブックマーク・評価・いいね、ありがとうございます!!

とても励みになります!!!


武闘祭編は以上になります。

次回からは新しい話に進んでいきます!!

今後ともよろしくお願いします!!


<追記>

誤字報告ありがとうございます笑

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