理由
アンリという自分と同い年の少女を担いでもなお、フリージア・ザーツベルグは軽やかな足取りで疾駆する。
彼から放たれた『助けて』という言葉。
これまで私の足を絡めとる荊のようだったそれは、何故だか彼の言葉に限っては翼が与えられたようだった。
(私は、彼の役に立てる)
決して好きではなかった剣聖という身に余るような天恵も、今この瞬間だけは有り難かった。
この天恵のおかげで、彼の隣に立てるから。
私は足を動かしながら、少しだけ昔のことを思い返した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ザーツベルグの出来損ない。
天恵を得るまでの私のもう一つの呼び名。
流石に実の両親からそう呼ばれることはなかったが、既に才覚を示し始めていた兄姉たちや、屋敷の使用人は私のことをそう呼んでいた。
『剣聖の一族』と呼ばれるザーツベルグ家において、最も求められるものは、政治的手腕でも外交術でもなく、最強の剣士であること。
それだけだ。
「またここに来ていたのかい?」
頭上から降ってきた声に、私は顔を動かした。
視界の隅で蒼い髪が風に揺れる。
私は自分の髪色が好きだった。
ザーツベルグの象徴とも言えるこの蒼は、私もザーツベルグの人間であると教えてくれるから。
そして、私に声をかけてくれた人と同じ髪色でもあったから。
「……ゼノンお爺ちゃん」
好々爺然とした笑みを浮かべる老人の名前は、ゼノン・ザーツベルグ。
一昔前は『蒼炎のゼノン』と言われて恐れられていたらしいけど、全く想像できない。
私にとってはどこにでもいそうな優しいお爺ちゃんだ。
……当代の剣聖ではあるけれど。
庭の木にもたれかかるように座っていた私の隣に、ゼノンも腰を下ろした。
「また落ち込んでいるのか?」
「……うん」
落ち込んでいる顔を見られるのが何だか恥ずかしくなり、私は身体を丸めて膝に顔を埋めた。
「何があったんだ?」
「……任務に失敗したの」
言葉にすると、ずっしりと肩に錘がのしかかったようだった。
ザーツベルグ家の子供には、幼い頃から任務と称して様々な試練が課せられる。
特に今年はゼノンが高齢ということもあり、新たに剣聖の天恵を授かる者が出るだろうと言われていた。
剣聖の天恵を持つ者はたった一人だけ。
フリージアを含め、今の子供たちには大きな期待が寄せられているのだ。
フリージアが与えられた任務とは、ゴブリンの群れの掃討。
他の兄姉であれば、鼻歌混じりに達成できるであろう簡単な任務であった。
末っ子で初任務となるため、確実に成功できる任務を与えられたというのに、失敗してしまった。
これでは出来損ないと言われても仕方ない。
「はっはっは、何だそんなことか」
ゼノンに失望されないだろうか。
そんな私の不安を、ゼノンは高笑いで一蹴した。
「……そんなに笑わなくてもいいと思うの」
「笑わずにはいられるか。俺の初任務なんてもっと酷いぞ」
「……え?」
予想外の返答に私は顔を上げた。
優しさを讃えたサファイアの瞳に私の顔が映る。
「フリージアは何体ぐらい倒せたんだ?」
「……十体までは倒せたの。でもそこで体力が限界になっちゃって、結局着いてきてくれてた騎士の人に任せちゃったの」
「十体か……なるほどな」
うんうん、と楽しそうに頷くゼノンの顔が少し憎らしかった。
馬鹿にされているように感じたからだ。
「俺は一体も倒せなかった」
私は思わず目を見開いた。
「……嘘」
「嘘じゃないさ。モンスターを前にビビっちまって、無様に逃げ出したのが最初の任務の記憶だ。……あんまり思い出したくないがな」
悪戯っ子のように笑うゼノンの顔を、私はまじまじと見つめてしまった。
何故、失敗をそんな簡単に笑い飛ばせるのか。
私にとっては一度のミスも命取りになると言うのに。
「今でも思うのさ。果たしてあれは失敗だったのかってさ」
ゼノンの言葉の意味が、私にはわからなかった。
ポカンとした私を見て、ゼノンは頭を掻いた。
「そりゃ、任務って意味じゃ失敗以外の何物でもないが、あの時逃げ出したことでモンスターは怖いもんだって知った。だから俺は心を鍛えた。モンスターと向き合うことができる心を。そして、剣聖になった」
遠くに目をやっていたゼノンが、私の方を見た。
皺の入った大きな手が、私の頭を優しく撫でる。
「あの時簡単に任務をクリアしていたらどうなっていただろうか?もしかしたら俺は剣聖にならなかったかもしれない」
ゼノンの実力を知っている身としては、そんな訳ないと思ったが口には出せなかった。
何故なら、遠くを見つめるゼノンがとても寂しそうな目をしていたから。
「なぁフリージアよ。お前は本当に剣聖になりたいか?」
「そんなの──」
当たり前なの、そう続けようとしたが、喉元で引っかかったように言葉に詰まった。
「あれ、私……別に剣聖になりたいわけじゃないの」
自身の口から出た言葉に、私が一番吃驚した。
何故ならそれは自分も知らない自分の本心であったからだ。
「……ふ、はっはっは!」
ゼノンは私の言葉を聞くなり大きな声で笑い始め、グシャリと私の頭を乱雑に撫でた。
突然の出来事に、私は目を白黒させる。
「……そうだ。別に俺たちは剣聖になるために生まれてきたわけじゃないし、なりたいわけでもなかったんだ。ただ、みんなに認めてほしかっただけ。そのことに気付かないまま、ここまで来ちまった」
それは私に向けてではなく、ゼノン自身に向けて放った言葉だと思った。
綺麗なサファイアの瞳が、木漏れ日を反射する。
「なぁフリージアよ」
木漏れ日の中に座る少女の姿が、サファイアの瞳に映る。
「お前は、本当は何になりたい?」
「私は──」
突然の問いかけだったが、ぱっと頭に浮かんだモノがあった。
自分の口が滑らかに動く。
今までだったら心の奥底に仕舞い込んでいただろうその言葉が顔を出した。
「剣の先生になりたい」
ゼノンが目を丸くしたのが可笑しくて、私はクスクスと笑った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
闘技場から校舎に向けて走っていると、前方に知っている顔を見つけた。
その人物は手を挙げながら、逃げ惑っている観客たちの避難誘導をしているようだった。
「先生!」
私が切羽詰まったような声で呼びかけると、私たちの担任、バーモンがこちらを振り返った。
「フリージアさん!?無事だったんですね、良か……ッ!アンリエッタさん!?」
私が気を失っているアンリを背負っていることに気づいたのだろう。
安堵から一転、慌てたような声をバーモンは上げる。
「アンリを安全な場所まで連れて行ってほしいの。頼んだの」
「え、え!?それは分かりましたが、フリージアさんはどこへ行くんですか!?」
私はバーモンに押し付けるような形でアンリを託す。
もちろん渡す時は優しい手つきを心掛けた。
「私は、闘技場に戻るの」
「それは危険です!今国王陛下に掛け合って、騎士団を動かしてもらってますから、フリージアさんも早く避難を──」
バーマンの有難い忠告に対して、それでも私は背を向ける。
「手のかかる弟子二号が待ってるの。その指示は聞けないの」
「フリージアさん!?」
呼び止めるような声が遠くで聞こえた気がした。
私は足に力を込め、来た道を全速力で引き返す。
彼の『助けて』に答えるために。
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