君がいるから
いつしか観客も静まり返り、ひりつくような静寂の中に剣と剣がぶつかり合う音だけが鳴り響いていた。
剣戟を織りなす少年少女の傍らで、彼らのパートナーは状況を見守っている。
一方は祈るように。
もう一方は忌々しそうに。
誰もが決着の予感を感じていた。
「聖なる靴」
アンリが聖言を唱えると、アンリが踏みしめた地面から光が弾けた。
一歩二歩と歩数が増えるごとに、加速していく――。
高く掲げられた剣が、ギロチンの刃のごとく振り下ろされた。
それを黙って見ているわけにはいかない。
『守護者の盾』
俺の目の前に半透明の巨大な盾が出現する。
アンリの黒剣は、半透明の盾に受け止められ火花を散らした。
埒が明かないと判断したのか、アンリは盾を蹴りつけて一度距離を取る。
『彩色の魔弾』
俺は、周囲に大量の魔弾を展開する。
大気を焦がす炎雷に、大気を凍らせ切り裂く氷風。
濃縮されて可視化された魔力が、黒い雷となって俺の体表を滑る。
色鮮やかな魔弾達は、アンリが空中に展開した黒剣とぶつかり合い、まるで祝福のように華やかに散っていく。
(…魔力が尽きない)
謎の空間で謎の男から与えられた権能はすさまじいものだった。
今まで自分が持っているだけの魔力しか使えなかったのに対して、今は『魔力の海』に溢れている無限ともいえる魔力を好きなだけ使うことができる。
まるで神にでもなったような全能感が満ち満ちている。
もっと、もっとと訴えかけてくるように魔力が流れ込んでくる。
でも今は、剣がいい。
『身体強化×4』
身体の動きが思考を超越しそうになる。
コントロールしきれない四肢が、それでも俺の望みを体現する。
日々の訓練の賜物だろうか。
過去一の動きをしているという自信があった。
ふんだんな魔力に保護された肉体は、無茶な『身体強化』にも耐えてくれる。
舞台に上がりスポットライトを浴びる演者は、いつもこんな気分なのかもしれない。
周りの音も色もすべてが消え去った世界で、孤独に身を委ねているのだろうか。
でも、今舞台に上がっているのは俺だけではないから。
きっと孤独じゃない。
漆黒と黒雷が、俺とアンリの中央でぶつかり、火花を散らす。
全身が砕けるような衝撃と共に、俺は大きく身体を仰け反らせた。
(ここで油断せず、重心は低くしたまま)
低くぬるりと懐に侵入してきたアンリは、顔面目掛けて突きを放ってきた。
俺は首を横に振ってかわす。
伸びきったアンリの腕を狙って剣の柄で殴ろうとした俺の攻撃は、そのままタックルに移行したアンリによって阻まれる。
ゴロゴロと転がる俺は、受け身を取って即座に立ち上がった。
(隙を見つけたら、逃さず仕留める)
見なくてもわかる。
アンリはきっと剣を振り上げている。
顔を上げた俺の眼前には、既に振り下ろされた剣が待っている。
だから、俺は顔を上げるよりも先に剣を振り上げる。
ガキンッと鈍い音が響く。
振り上げた俺の剣と、振り下ろしたアンリの剣が十字に拮抗する。
体勢不利な俺は、強引に剣を振り払い距離を取った。
考えていてはとても間に合わない極限の戦いの中で、自分を助けてくれるのは日々の鍛錬で培った力と技術。
俺もアンリも肩に置くように、上段に剣を構えた。
同じ剣の師を持つ者同士。
合わせ鏡のように、俺たちの構えは瓜二つだ。
それがどこか、昔の自分たちと姿が重なる。
ほぼ同時に俺たちは地面を蹴る。
始まりの場所は同じだった。
そこから積み上げたこの六年間で歩んできた道のり。
アンリの身体が高く跳躍する。
相対する俺は、アンリを見上げた。
この幼馴染みの隣に、果たして俺は立てているだろうか。
重力を味方につけたアンリの一撃が、空から降ってくる。
俺は、剣を振りぬいた。
「ハアァァァァァァッッッッ!!!!」
互いの渾身の一撃がぶつかり合う。
アンリの感情の薄い表情が、僅かに苦し気に歪んだのが分かった。
「絶対に負けるなんてあってはならない!アンリエッタ様、そいつを早く殺すのです!」
アンリの顔が一層苦痛に歪む。
それに反して、向かい合う俺の顔には笑みが浮かんでいた。
「俺たちの友達兼師匠が言っていたじゃないか。その攻撃は良くないって」
目の前で顔を顰めていたアンリの目が見開かれた。
お互いの存在があるから、俺たちは強くなれる。
だから――、
「また、一緒に訓練しようぜ」
「…うん」
返事があったのかなかったのか、もしかしたら俺の望みが聞かせた幻だったのかもしれないけれど。
アンリの力が緩んだのは、きっと偶然ではない。
俺が振りぬいた剣は、アンリの黒剣を弾き飛ばした。
得物を失ったアンリは無防備な隙を晒す。
胸元のペンダントが風に揺れた。
俺の剣がペンダントを貫く。
「…う、うぅぅ…」
ペンダントから黒い闇の柱が立ち昇る。
アンリが呻き声をあげながら、力なく身体を折った。
「アンリ!」
崩れ落ちそうになるアンリを、慌てて俺は抱えた。
息はしている。
気を失っているだけのようだ。
俺はほっと安堵の息を吐く。
「アンリは大丈夫なの?」
「ああ、気を失っているだけみたいだ」
傍に寄ってきたフリージアが、不安そうな顔でアンリを覗き見る。
規則正しい息をしているアンリを見て、安心したように頬を緩ませた。
(ん、なんだ…?)
一息つくと、抱えているアンリから何かが流れ込んでくるのを感じた。
これは…魔力?
何でアンリから?
その思考は、残るもう一人の相手によって遮られた。
「…計画は失敗です」
アンリが気を失ってから俯いていたウリドが、ゆらりと顔を上げた。
幽鬼のような顔で、目を血走らせているその様子は、どう考えても正気とは思えない。
「…こうなったら、すべてを滅茶苦茶にしてしまいましょう」
「…何を…ッ!??」
ウリドが突如、制服を脱ぎ捨てて上半身を露出させる。
俺とフリージアは胸元に浮かび上がるそれを見て、言葉を失った。
例えるのであれば、それは第二の心臓のようだった。
ウリドの胸元に埋め込まれた肉片が、ウリドの身体に根を張るように不気味な血管を伸ばし、ドクンドクンと脈打っている。
「もう、どうでもいい」
それが、ウリドという男の最後の言葉だった。
今まで聞いたことのない音が、鳴る。
人間の身体が異形に変形していく音が、背筋を凍らせる。
自然と自分の呼吸が早くなるのが分かった。
「…化け物だ」
誰の言葉かわからないけれど、観客含め誰もがそう思ったに違いない。
人間じゃなくなったウリドだったナニかは、この世に生まれたことを嘆くように、身の毛のよだつ雄叫びを上げた。
ブックマーク・いいね、ありがとうございます!!
なかなか納得いく文章が書けず、投稿頻度が遅くなっちゃっててすみません...。
それでも良ければ応援していただけると嬉しいです!!




