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僕の決意

 まるで、どこまで行っても噛み合わない歯車を見せられているようだった。

 見ている現実と見てきた過去の乖離が、吐き出したくなるような嫌悪感となって僕を蹂躙する。


「……アンリ」


 気づけば、対戦ステージの入退場口に立っていた。

 そして、ずっと探していた少女の名前を呟く。

 親しみのあるその名前は、口にした途端に途轍もない違和感に覆われて宙へ放たれた。


「ルジー!見てくれたのね!次、ルジーが勝てば、私たち戦えるわね。楽しみ!」


 屈託なく笑う少女は、何度も見たことのある姿だった。

 それだけに一層、僕の知っている少女との違いが際立っている。


(お前は、人を殺しかけたんだぞ……?)


 目の前にいるのは、アンリであってアンリではない。


 そんな馬鹿げたことがあるだろうか。

 その存在感も、熱量も、移り変わる表情も僕のよく知ってるそれ。


 不意に、その薄皮一枚の下に、ドロドロと渦巻く悍ましい何かがある光景を想像してしまい、胃液がせり上がってくるのを感じた。


 気持ち悪い。


「あ、ああ、そうだな」


「おっと、ルジーの集中を邪魔しちゃ悪いわね。私は観客席に行くわ。応援してる」


 そう言って、アンリはウリドを連れて僕の横を通り過ぎていく。

 今までどこにいたんだとか、何であんなことをしたんだとか、色々聞きたいことはあったが、僕は込み上げる吐き気を我慢するので精一杯だった。


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


「あ、あの」


 その場に突っ立っている僕に、誰かが話しかけてきた。

 知らない女子だった。

 その隣にもう一人男子が並んでいるが、やはり面識はない。


「ルージュさんとフリージアさんですよね?」


「え、そうですけど……」


 誰だろう?

 制服を見てみると、金色の龍があしらわれている。

 金龍クラスの生徒らしい。


「私たち、準決勝の対戦相手なんですけど──」


 準決勝?

 ああ、そうか。

 僕たちの試合が残っているんだった。


 喉の奥に粘つくような異物が滞留している。

 とてもじゃないが、戦えるようなコンディションではないと、自分が一番理解していた。


 フリージアには悪いが、棄権させてもらおう。

 僕はそう考え、口を開こうとした。


「ごめん、僕たちは──「私たち棄権するので、決勝……頑張ってください」……え?」


 棄権?

 僕たちじゃなく、この子達が?


 僕は慌てて、棄権するのは僕たちの方だと、言い返そうと思った。

 しかし、棄権と口にした女子生徒の目にうっすらと涙が浮かんでいるのを見て、口を噤む。


「仇を、打って欲しいんです。カリアさんに勝ったあなたと、剣聖のフリージアさんなら、きっと勝ってくれますよね」


「……待ってくれ。仇って何のことだ?」


「一回戦で、クラスメイトが大怪我を負ったんです」


 女子生徒は、悲しそうな声音でそう口にした。

 僕はその内容に心当たりがあった。


「腕を、斬り落とされた……」


「知ってたんですね」


 女子生徒は目に浮かんだ雫を拭い、キッと顔を上げた。


「準決勝でカリアさんがやっつけてくれるって言ってくれたんですけど、負けてしまって……。悔しいけど、私たちじゃ絶対に勝てない。だから、お願いします。あの悪魔が優勝するなんて許せないんです」


 大切な幼馴染みを悪魔と評されたことに、僕は怒りを覚えなかった。


 僕は深く息を吐く。

 そして、頭を下げる女子生徒の肩に手を置いた。


「わかった」


 その言葉は、むしろ自分に向けた言葉だった。

 僕の言葉に目を輝かせた女子生徒を見て、複雑な感情が渦巻く。


 お願いします!と最後にもう一度勢いよく頭を下げて、二人は去っていっていた。

 それをぼーっと見送ると、背中にとんっと手を当てられた。


「ルージュ、大丈夫?」


「大丈夫……ではないかな」


 僕の口から溢れた弱音を、フリージアは黙って聞いてくれる。

 少しだけ、気持ちが楽になった気がした。


「でも、今アンリと向き合えるのは僕だけだ。アンリ何か起こっていて、助けを求めているなら、手を差し伸べられるのは僕だけ──」


 そこでフリージアに背中をバシッと叩かれた。

 振り返ると、不満気な表情で自分のことを指さしたフリージアがいた。

 すぐに何が言いたいかわかり、思わず笑い声が出る。


「──手を差し伸べられるのは、()()()だけだ。だから……手伝ってくれ、フリージア」


「当たり前なの」


 フリージアが拳を突き出す。

 僕は強めに拳を重ねた。


 コンディションが悪いとか、そんな理由で逃げようとしていた自分を恥じた。

 アンリの……どうしようもない幼馴染みのために、これぐらいの苦労はしてやろう。


 僕とフリージアはニヤリと笑みを交わした。



 気持ち悪さは、既になかった。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 僕たちが入場した途端、歓声が湧き上がった。

 二日間に渡って続いた武闘祭、その最終戦。

 否が応でも観客のボルテージは高まるというものだろう。

 そして、一部の観客からはそんなお気楽な歓声とは違った雰囲気を感じる。

 闘技場は、試合開始前から異様な空気に包まれていた。


 僕たちがステージに上がると同時に、反対側から対戦相手が姿を現す。


 ウリドとアンリ。


 もっと楽しみな試合になると思っていた。

 どこでボタンを掛け違えたのか。

 そんな思考は、隅に追いやる。

 僕たちは開始位置についた。


「決勝でぶつかるなんて、運命的ね」


 アンリが僕を見ながら、幸せそうに言う。

 僕が何か答える前に、横にいるフリージアが口を開いた。


「弟子のくせに調子に乗りすぎなの。師匠としてお仕置きしないといけないの」


 いつもの軽口。

 普段のアンリであれば、二度と師匠なんて言えなくしてやるわ!とか、挑発に乗って応戦するところだ。

 でも、今は──、


「…………」


 帰ってきたのは無言と、絶対零度の視線だった。

 スゥーッとフリージアは目を細める。

 剣聖の目は、アンリの中に何を見たのだろうか。


 だけど、僕には。

 もっと見過ごせないものがあった。


 アンリの少し後方に位置する男。

 ウリドの口元が薄らと弧を描いていた。

 アンリの変貌が、それに対して僕たちがショックを受けていると言う事実が、可笑しくてたまらないといったように、僕には見えた。



 ああ、そうか。

 おまえか。



 視界の隅で、審判が腕を振り上げる。

 無意識に、自分の足にギリギリと弾けんばかりの力が込められていくのを、どこか他人事のように感じた。


「試合開始──ッッ!!!」




「ウリド、ブルームゥゥゥゥッッッ!!!!!!」




 最悪の決勝戦が、幕を開けた。


「いいね」ありがとうございます!


気づいたら2000pv超えてました!

本作にご興味を持っていただいた皆様、本当にありがとうございます!!

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