いざ、王都
馬車の後方で発生した轟音が聞こえたのか、父さん達が慌てて走り寄ってきた。
来ている鎧は一部どす黒く染まっていたが、元気に走ってくるところを見ると、どうやら怪我などをしたわけではないらしい。
僅かに紫がかっているし、モンスターの返り血だろう。
「大丈夫か!?何があった!?」
開口一番僕たちの安否を確認し始める。
そしてどこも怪我はしていないことがわかると、僕たちの背後に目をやった。
「あー……なるほどな」
上半身が吹き飛び、下半身も黒焦げになっているオークだったものを見て、何かを察したように、父さんは額に手を当てる。
「おいエリック、一体何が──うお、なんじゃこりゃ!?」
エリック──父さん──に少し遅れて追いついてきた人たちは、黒焦げオークを見て目を丸くする。
そのまま、おそらくこの状況を作り出したであろう僕とアンリの方に視線を向けた。
「あー、その、馬車の後ろからモンスターが来たから、荷台に乗ってた油と火打石でやっつけようとしたら、思ったより凄いことになっちゃって……」
我ながら苦しい言い訳だった。
燃やしただけでなんで轟音が鳴るんだとか、上半身が吹き飛んでいるのは流石におかしいだろとか。
助け舟を出してくれたのは、事情を察した父さんだった。
「まあいいじゃないか、二人とも無事みたいだしな」
信頼の厚い父さんがそう口にすると、周りの大人たちはそれもそうかと、僕たちの安全を喜び深く聞くことはしなかった。
やがて他の馬車の中で心配により顔を青ざめさせていた母さんにも無事な姿を見せると、母さんは走り寄ってきて僕を抱きしめた。
「大丈夫!?怖かったわよね……良かった……やっぱり、同じ馬車に乗っておけば良かったわ」
母さんは後悔したようにそう口にした。
でも、それはあまり褒められたことじゃない。
馬車が子供達だけにされているのは、いずれ来る親離れのだめだ。
この世界は十歳からある程度の自立が求められる。
その予行演習のようなもの。
「心配してくれてありがとう母さん。でも、大丈夫だよ。僕にはこれがあるから」
僕はそう言い、手のひらの上にほんの小さな火を数秒揺らめかせて、握りつぶした。
「関係ないわよ……ルジーがどれだけ強くても、私がルジーを心配しない理由にはならないわ」
「母さん……」
言葉にし難いむず痒さを感じ、頬が少し赤くなるのを感じた。
前世でも両親との仲は悪いわけじゃなかったが、こんなに直接的な愛情表現は初めてだったので、どうすればいいかわからず、とりあえず母さんの背中に手を伸ばし、軽い力で抱きしめ返す。
その間ずっと、近くにいた幼馴染みから何か言いたげな鋭い視線を感じていたが、それには気づかないふりをした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その後は特に何もなく、元々予定していた王都近くの街で一泊し、その翌日王都に到着した。
「ふわぁぁぁ」
王都と言うだけあって、凄い数の人で溢れかえっていた。
百人にも満たない村にずっと住んでおり、初めてこんなに多くの人を見たアンリは、口も目も大きく開き、顔全体で驚きを表現した。
その様子が可笑しく、思わずフッと笑いが漏れてしまった。
それが聞こえたのか、頰を紅潮させたアンリがキッと睨め付けてきたが、気づかないふりをする。
僕たちの村があるこの国、ロールエントリア王国の最も重要かつ巨大な都市、王都イグナス。
大陸の中央に位置するこの都市は、海に面していないこともあり、他国の侵略やモンスターへの防衛手段として、見上げるだけで首が痛くなるような外壁に囲まれ、外壁の上には三桁を超える数の大型弩砲が配置されている。
中に入るには城門にて厳しい確認がなされ、すこしでも怪しさがあれば入ることができない。
城門から真っ直ぐに白亜の王城へと伸びる主道路の両脇には、厳しいチェックを通過した商人たちが声を張り上げており、商業都市としての一面を覗かせている。
というのも、イグナスは大陸の中央に鎮座しているため、多くの者たちが旅の経由地として訪れるからだ。
そういった者達を相手にするため、商人も集まってくる。
残念ながらチェックを通過できなかった商人達でさえも、外壁の外に出店を構え、旅人相手に商売を行っている程だ。
都市外市場と呼ばれている。
王都内は明確に区分けがされており、最も出入りの多い南門あたりは商業区として、ありとあらゆる店や宿泊施設が数多く建ち並んでいる。
両サイドに広がる東西はそれぞれ東側が居住区、西側が施設区となっており、冒険者ギルド、教会、そして学校施設などがあったりする。
最後に、唯一門がない北側は、貴族区のなっており、市民立ち入り禁止の貴族達が暮らすエリアだ。
そしてその先、白く聳え立つ、王都のどこにいても見える王城、オリオン城がある。
ザ・ファンタジー世界といった風景に、自分自身の心が湧き立つのが分かった。
「よーし、移動続きで休みたいのは山々だろうが、宿に荷物を置いてから教会に行くぞ」
「分かった」
と、そう返事した子供は僕だけで、アンリははぁ、と疲れたようなため息を吐き、他の二人は分かりやすくブーブーと不満を口にした。
「えー休みたいよー!」
「えー休みたいですわ!」
息ぴったりな少年少女は、僕と同い年の双子だった。
兄のケイと、妹のミーナ。
僕はともかく、アンリもすこし大人びたところがあるせいで、ケイはすこし子供っぽく見える少年だ。
いや、事実子供なのだけど。
ミーナの方は、何かの本で読んだのかお姫様に憧れていて、その口調も貴族のような口調をしている。
二人は双子ならではの連携で大人達を困らせたが、それでも何とか宥められ、教会に行くことを渋々了承した。
「それじゃ、行こう」
宿には馬小屋もあり馬車ごと置いておけるようだった。
軽い持ち物だけ部屋へと運ぶ。
部屋割は流石にアンリとは別部屋で、双子の兄、ケイと同室だった。
「よし、そろそろ行こうか」
「あーもう行くのー……?もう少し休まない?」
「そう言うわけにもいかないだろ?みんな待ってるんだから」
そんな会話をしている間にも、他の部屋の扉が開く音がしている。
「ほら、行くぞ」
「むー分かったよ……」
僕はケイの手を引いて、外へ出る。
確かに、ここまでの移動で疲れは結構溜まっている。
昨日も慣れないところで眠ったからか疲れを取りきれていない気もする。
だけど、それよりも僕は早く教会に行きたかった。
(【天恵の儀】……)
【天恵の儀】は今後の人生を左右する。
仮に騎士という天恵が与えられれば、騎士団の一員となるなど栄光への道が開かれるが、もし何かの間違いで山賊なんか出ようものなら即ゲームオーバーだ。
また、見込みのある天恵を発現させた者は、王都にある学園へ推薦される。
そこでは貴族も平民も平等な存在として扱われ、学園の卒業者は様々な分野で活躍を見せており、多くの子どもが学園への入学を夢見ていた。
(僕にはこの世の誰も持っていない力がある)
僕は自分の手のひらを見つめる。
僕にはどのような天恵が与えられるのだろうか。
僕がこの世界に転生した理由も何かわかるだろうか?
宿の入り口で待っている父さん達に向かって、逸る気持ちを抑えきれず僕は早足で歩いた。