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崩壊の音

「僕の優雅な剣技に見惚れたまえ!」


 上下左右から長剣による連撃が襲い掛かってくる。

 その剣筋は確かに綺麗だった。

 前日にカリアの理解不能な剣筋を見たから余計にそう感じるのかもしれない。

 でも、実用性よりも見た目を重視したような、ただ綺麗なだけの剣。

 何も怖くない。


「...ここ」


 上段から振り下ろされた剣に対し、僕は一歩前に出て、横から剣を叩きつけた。

 強引に軌道を変えられた剣は、強かに地面を叩く。


 固い地面を強打したことで腕に痺れが走ったのか、相手の顔が苦悶に歪む。

 そんな隙を見逃してやるほど、僕はお人好しではない。


 剣を弾いた勢いそのままに、さらに一歩大きく踏み込む。

 相手の剣よりもさらに内側へ。

 相手の顔にはっきりと焦りの表情が浮かんだ。


「く...ッ!」


 咄嗟に剣を引き戻そうとする相手の動きを横目で捉えた。

 僕は標的を切り替える。

 横薙ぎの一閃が、相手の剣を打つ。


「な!?」


 まさか剣の方を狙ってくるとは思わなかったのだろう。

 カランという音を立てて、相手の手を離れた剣が地面を滑っていく。

 僕は無防備になった相手の首筋に剣を添えた。


「...降参する」


「そこまで!勝者、ルージュ&フリージアペア!」


 相手が降参したことで、僕とフリージアの名前が勝者として宣言される。

 僕が振り返ると、腕を組んで高みの見物をしているフリージアの姿があった。

 どうやらフリージアの方はとっくに勝負がついていたらしい。

 流石剣聖...ということか。


 フリージアは僕と目が合うと、ゆっくりと歩み寄ってきて、拳を突き出してきた。

 僕も真似するように拳を出し、コツンっと軽く当てる。


「まずは一回戦突破だな」


「私と組んでるなら当たり前なの」


 自信満々なフリージアの様子に苦笑しながら、僕たちは退場する。

 昨日の個人戦と違い、タッグ戦は参加人数が少なく予選がない。

 入学したばかりというのもあって、ペアを組むような相手が見つけられないというのもあるかもしれない。


「そういえば、アンリはどうなってるかな?」


「アンリは強いから、私たち以外に負けるわけないの」


 タッグ戦は予選がない分試合数が多めのため、一部の試合は別の会場で行われていた。

 アンリも一試合目はそちらで戦っているはずだ。

 自信満々なフリージアの様子に、思わず苦笑する。


「まだやっているかもしれないし、見に行ってみようか」


「暇だしいいと思うの」


 フリージアの許可も得たので、僕たちは別会場の方へと足を運ぶ。

 数分の距離をフリージアと談笑しながら歩いた。


「ん、あれは...?」


 会場まであと少しといったところで、前方からかなりのスピードでこちらに向かってくる何かが見えた。

 目を凝らしてみると、それは担架だった。

 人が乗せられている。

 嫌な予感がした。


「まさか、アンリじゃないだろうな...?」


「アンリではないみたいなの」


 距離が遠く僕は視認できないが、視力もずば抜けて高いフリージアが言うのであれば、そうなのだろう。

 その事実に安心すると同時に、一体何があったのだろうかという好奇心が頭をもたげる。


 僕たちがいる場所までかなり近づいてきて、やっとこの目で確認できた。

 担架に乗せられているのは男子生徒だった。

 白い布を被されていて何が起こっているのかはわからないが、顔が苦痛に歪んでいることからかなりの大怪我を負っているのだと悟った。

 付き添う形で並走する男子生徒に事情を尋ねたかったが、そんな状況ではないというのは一目瞭然のため、僕は黙って道を譲ろうとした。



「...あの聖騎士のクソ女め...ッ!絶対許さねえ...ッ!」




 その呟きを僕の耳が拾っていなければ。




「ちょ、ちょっと待って」


「ああッ!?何だよてめえは!」


 思わず走り去ろうとした男子生徒の肩を掴んでしまった。

 男子生徒から怒鳴り声を向けられて、しまったと思ったが、僕は聞かずにはいられなかった。


「な、なにが、あったんだ...?」


「こっちは急いでんだ!そんなの後に――」


「...いいから聞かせてくれ!」


 僕の語気に驚いたのか、その男子生徒は目を丸くする。

 そしてチッと一つ舌打ちをすると、自分は置いていくよう他の人に伝えた。

 ゴロゴロと担架の車輪が再び回りだし、男子生徒だけをその場に残して走り去っていった。


「んで、何が聞きたいんだよ?」


 その喧嘩腰の態度に対し、申し訳なさを覚えつつも僕は同じ問いを口にする。


「一体、何があったんだ」


「...俺たち...俺とさっき運ばれてたやつは、武闘祭にペアで参加してたんだ。それで一回戦、あのクソ女と当たった」


 話しているうちに怒りがぶり返してきたのか、男子生徒は地面を思い切り踏みつける。


「俺たちは降参しようとしたんだ。武器も手放して。それなのに、あのクソ女は...()()()()()()()()()()()()()()()()


 男子生徒の目には涙が浮かんでいた。

 きっと、担架で運ばれていた生徒とは友達なのだろう。

 友達が理不尽な目にあって、悲しみ、怒っている。


 なら、その理不尽な目に合わせた相手は?


「だ、誰にそんなことをされたんだ...?」


 聞いてはダメだと、誰かが叫んでいる気がした。

 でも空に放ってしまった音はもう帰ってこない。

 男子生徒の口が動く。




「...アンリエッタ。聖獅子クラスの聖騎士だ」




 世界が崩れる音がした。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「はあ、はあ...ふっはあ、はあ」


 大した距離でもないのに、息が切れている。

 いてもたってもいられず、会場まで走ってきた僕たちは、観客席を見回した。


 特徴的な紅蓮の髪。

 いない、どこにも。


 もう会場からは出たのだろうか。


「なにがどうなってるんだよ...アンリッ!!」


 信じたくはない。

 今までに見てきたアンリと、先ほどの男子生徒から語られたアンリが全く紐づかない。

 でも、赤い髪の聖獅子クラスに所属する聖騎士なんて、一人しかいない。


「...う、おえ...」


 胃の中が気持ち悪い。

 腐った食べ物を無理やり飲み込んだ時のような、明らかな不調が体内を循環している。


「ルージュ、いったん落ち着くの」


「...サンキュ」


 見かねたフリージアが僕の背中をさすってくれる。

 少しだけ気分が落ち着いた。

 ちらりとフリージアの顔を見上げると、見たことのないような険しい表情が浮かんでいる。


「何かの、間違いだよな」


 主語のない問いかけに、それでもフリージアは大きく頷いた。


「私の目で見抜けないものなんてないの」


 剣聖の目は、真理を見抜く。

 規格外のその瞳は、人格すらも見抜けてしまう。

 フリージアだけが、アンリを肯定できる。


「そう、だよな」


 フリージアが断言してくれたことで、少しだけ安心した。

 それでも、何かが起こっているのは間違いない。


「アンリを探そう」


「うん」


 僕とフリージアは二手に分かれて、アンリを探した。

 しかし、どこにもその姿は見当たらなかった。

 もしかすると闘技場の方にいるのかもしれないと思い、戻って探してみたがいない。

 そうこうしているうちに、次の試合の時間になってしまった。


「...棄権するわけにもいかないし、一旦諦めよう」


「...仕方ないの」


 僕たちは捜索を打ち切って、二回戦に臨んだ。


「なあ、アンリも流石に試合会場には来るだろうから、速攻で終わらせれば試合をしているところに間に合うんじゃないか」


「それもそうなの。ちょっと本気出すの」


 事前にそんな会話が行われていたとは全く知らない対戦相手のペアは、めったに見れないフリージアの本気を前に成す術がなく、試合時間三十三秒という歴代最速記録で負けたとして黒歴史を刻むことになった。


 速攻で試合を終えた僕たちはもう一方の会場に全速力で向かった。

 具合の悪いことに、僕たちとアンリの試合時間は丸被りしており、準決勝までは別々の場所となっている。

 会場に入り、階段を駆け上る。

 観客席に出ると、対戦ステージを見下ろした。


「くそ、終わってる」


「むぅ、あっちもなかなか早いの」


 一応、観客席を見渡してみたが、アンリの姿はなさそうだ。

 すれ違いでもうここにはいない可能性もある。


「...どこ行ったんだよ」


 苛立ちが募り近くの壁を思い切り殴りつける。

 ドンッという音と共に、じんわりとした鈍い痛みが少しだけ頭を冷静にさせてくれた。


「多分だけど、私たち避けられてるの」


「避けられてるって...アンリにか」


「そうなの」


 フリージアは僕の問いかけに首肯した。


「そもそも、アンリだったら合間の時間に私たちに会いに来ると思うの」


「...確かに」


 フリージアの言い分は納得できるものだった。

 実際昨日はずっと一緒にいたし、今日も対戦する可能性があるからと言って会わない理由はない。


「だったら何でアンリは僕たちを避けているんだ?」


「そこまではわからないの」


「いや、ごめん。そりゃそうだよな」


 申し訳なさそうな顔になったフリージアを見て、問い詰めるような口調になっていたことに気づいた僕は素直に謝罪する。


「でも、アンリ側が僕たちを避けているとなると、捕まえるのはかなり難しいだろうな」


 別会場での試合が続く間は会えないと思った方がいいだろう。

 幸い、一回戦のような騒ぎは聞こえてこない。

 言いようのない歯がゆさを感じながらも、冷静な思考を心がける。


「一応、アンリ探しは続けよう。見つからないかもしれないけど」


「わかったの」


 その後、三回戦、準々決勝と僕らは勝ち進み、試合後アンリの姿を探したが結局発見できなかった。

 トーナメント表を確認してみると、アンリとウリドのペアも勝ち上がっているようだった。


「次は準決勝だ。やっとアンリに会える」


「......」


 僕たちは観客席から対戦ステージを見下ろしていた。


 準決勝からは全ての試合を闘技場で行うことになっていた。

 必然、僕たちとアンリのタイムテーブルがずれることになり、アンリの試合のあとに僕たちの試合が控えている構図だ。


「...アンリだ」


 試合時間になり、アンリとウリドのペアが姿を見せた。

 観客席から見る分には、普段の様子と変わらないように見える。


 続いて、対戦相手も姿を見せた。

 それは見覚えのある二人だった。


「カリアとサツキじゃないか」


 それは奇しくも個人戦で僕が戦った二人だった。

 勿論その実力はよく知っており、アンリも苦戦すると予想される。


「試合開始!」


 審判の声に合わせて、カリアがもはやお馴染みの俊敏さであっという間に距離を詰める。


 って、あれ?


 僕はその様子を見て少し違和感を覚えた。

 すぐにその違和感の正体に気づく。

 カリアの顔が微塵も笑っていないのだ。

 自分との戦いでは常に笑みを張り付けていたのに。


「..........」

「..........」


 カリアの突進に対し、アンリは剣をハンマーのように振るい弾き飛ばす。

 カリアの身体が大きく吹き飛んだ。

 同い年の女の子とは思えないほどの凄まじい膂力だった。


 二人は交錯したときに何か言葉を交わしたようだ。

 距離が遠すぎてどんな会話だったかは不明だが、カリアの顔つきが明らかに変わる。

 カリアは怒りの表情を浮かべていた。

 それに対し、アンリはどんな表情を浮かべているのか。

 僕の位置からだと後頭部しか見えないため、わからない。


 アンリが、赤い髪をそっと撫ぜた。

 昔から変わらないアンリの癖。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 笑ってる…のか?


 カリアの表情を見るに、とても笑えるような和やかな雰囲気ではない。


(アンリ、お前は今どんな顔をしてるんだよ...)


 試合は一方的な展開で進んだ。

 カリアの縦横無尽な剣捌きも、サツキの高度な技術も、アンリは一刀のもとに斬り伏せていく。

 その圧倒的な力により、カリアもサツキもまともに受けることすらできずにただ体力だけを減らしていく。

 不気味なことに、ウリドは戦いに参加せず、観察するように後方は下がっていた。


 そんな緊迫感に長く浸っていたからだろうか、不意にサツキがバランスを崩した。

 足に力が入らなかったのか、はたまたほかに原因があるのか。

 理由は何でもいい。

 とにかく体勢を崩し地面に膝をついた。


 そこからの光景はスローモーションのように映った。


 アンリの赤眼が輝き、サツキへと肉迫する。

 サツキが息をのんだ。

 アンリの剣撃を防ぐことができないのは、もう知っている。

 今の体勢からでは回避もできない。

 サツキの顔には諦めの表情が浮かんだ。

 アンリの剣が、加速する。


 僕の全身に鳥肌が立った。


「アンリ、やめろッ!!!」

「降参する!!」


 観客席の僕と、ステージ上のカリアの声が重なった。

 アンリの剣は、ピタリとサツキの首まで数センチというところで静止していた。


 サツキは状況が理解できないというように、目をきょろきょろとさせ、えっえっ、と意味のない音を口から漏らしている。

 やがて状況を理解したのか、その顔面を蒼白に染め上げた。



 一歩間違えば、殺していた。



 カリアが降参しなければ、アンリはその剣を減速させることなく、サツキの頭と胴体は永遠の別れを告げていただろう。


 カリアがぎりっと歯を噛みしめながらサツキを抱きかかえる。

 そして、怒りの形相でアンリを睨みつけた。

 僕は茫然とその様子を見下ろす。


 誰だ、あれは。


 受け入れがたい事実を前に、思考が歪曲する。

 現実逃避と分かっていても、その考えが止まることはない。


(アンリじゃない、お前は...)


 掠れたような呟きが聞こえたわけでは決してないだろうが、アンリがその場で振り返った。

 初めから僕の存在を認識していたかのように、まっすぐにこちらへと視線を送ってくる。


 にこりと、赤髪の少女が微笑んだ。

 六年前のあの時のように。


 その笑顔はとても可憐で、美しかった。

 だからこそ、




 どうしようもなく、気持ち悪かった。



「いいね」ありがとうございます!

やっと書きたかった部分に入ってきました...!

引き続き頑張ります!!

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