とある少女の日常
その部屋は、教会にしては珍しく窓が備え付けられており、容赦の無い朝の陽光が私の微睡みを焦がした。
太陽は女神からの慈愛だ何だと言いながら、教会の殆どの部屋には窓がないというのは変な話だと思う。
とても口には出せないが。
瞼越しに眼球を焼く熱量に、私は堪えきれず身を捩った。
それでも一度覚醒し始めた頭は止まらない。
「はぁ……」
私は身を起こし、開ききらない瞼を擦る。
その時、トントンと控えめなノックの音が扉の方から聞こえてきた。
「……起きてるわ」
私が答えると、失礼しますという言葉とともに扉が開かれる。
そこには修道服を身に纏った一人の女性がいた。
サーラというこの女性は、私よりも年上のシスターだ。
「いつも迷惑をかけるわね」
「いえ、聖騎士様の身の回りのお世話を任せて頂けるなんて、光栄なことでございます」
綺麗なお辞儀とともに、サーラは私の制服を取り出した。
その胸元には、教会の守護者である純白の立髪を持った獅子の顔がある。
サーラは丁寧な手つきで私が着替えるのを手伝う。
着替えなど一人でできるし、以前そう言ったのだが、私の仕事を奪うおつもりですか?と言われてしまい、今は為されるがままになっている。
(まあ、もう慣れたけどね)
制服に着替え終わると、少し乱れた私の髪をサーラが優しく梳かしてくれる。
幼馴染みが綺麗だと褒めてくれた、自慢の髪だ。
これから会えるのだと思うと、少し口元が綻ぶ。
「……終わりました。朝食をご用意しておりますので、行きましょう。アンリエッタ様」
「分かったわ、ありがとう」
私の一日は、こうして幕を開けるのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「おはようございます。アンリエッタ様」
登校し教室の扉を開くと、畏まったお辞儀と言葉で迎えられる。
私はいつものように、おはようと会釈した。
それだけで、感激したように挨拶をした生徒は頬を赤らめる。
私は心の中でそっとため息をついた。
この生徒に限った話ではない。
聖獅子クラスのクラスメイトは皆、私に一歩引いた態度で接する。
聖騎士というのは教会の中で最上位の役職だ。
一般的なシスターや司祭が本来関わるような人物ではなく、周囲からすると扱いに困るというのは理解できる。
私の心中は複雑だった。
(私なんてその辺の女の子と変わらないのに)
聖騎士という天恵を持つ以外は平凡な女の子。
強いて言えば少々やんちゃかもしれないぐらい。
それが私の自分に対する評価だった。
敬う必要なんてない。
でも現実はそうじゃないらしい。
このクラスは何というか、皆んなが私じゃない私を見ている気がして、居心地が悪い。
そんな益体もないことを考えていると、午前の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。
教室の中がざわざわと騒がしくなる。
未来の聖職者と言えど少年少女の集まり。
お昼どうする?とか、放課後遊びに行こうよとか、年相応の会話が飛び交っている。
私がその輪の中に加わることはないけど。
「アンリエッタ様、本日はどちらで昼食を取られますか?」
私は聞き馴染みのある声に目を向ける。
「……ウリド卿」
ウリド・ブルーム。
ブルーム伯爵家の長男で、将来の枢機卿と目される男子生徒がいた。
固く厳しい表情を顔に貼り付け、私の答えを待っていた。
「ついて来る気?」
「アンリエッタ様さえよろしければ」
このウリドという男子生徒も私の頭痛の種だ。
伯爵ということもあってクラス内でも発言力があり、クラスの代表的な立ち位置にいた。
信仰心が厚く、聖騎士の私を過剰なほど敬っている。
そのせいもあってか、私の付き人のような役回りを買って出ることも多い。
私は望んでいないのに。
「今日は約束があるの。付き添いは結構よ」
私がきっぱり断ると、ウリドは恭しく一礼し、承知しましたと一歩引いた。
既に教室内は空席が目立つようになっている。
急がないと迷惑がかかるかもしれない。
私は席を立つと、ウリドの脇をすり抜けて教室を後にする。
すれ違う時にウリドからの視線を感じたが、私は気づかないふりをした。
食堂に着くと、入り口は人でごった返していた。
受け取り口には多くの人が並び、出遅れたことにゲンナリする。
私は仕方なく、先に約束相手を探すことにした。
程なくして、見覚えのある後頭部を発見する。
私は近づいていき声をかけた。
「ルジー、ごめん遅れちゃった」
声をかけた相手、ルジーが私の方を振り返る。
私の姿を認識すると、優しげに目を細めた。
「全然大丈夫だ。アンリの分も注文しといた。何がいいか分からなかったから、昔好きだったこれにしたんだけど……」
ルジーは隣に座るよう私に促す。
その席には、美味しそうなビーフシチューが置かれていた。
ちょっと冷めちゃった、と申し訳なさそうにするルジーに、私は首を左右に振った。
「ありがとう、ルジー」
私がそう言うと、ルジーは照れくさそうに頭を掻いた。
「はじめまして!」
私が席に着くと、正面の席に座る男の子から元気よく声をかけられた。
見覚えのない生徒だ。
その隣には目鼻立ちのよく似た女の子が座っている。
「紹介するよ。灰狼クラスのコルドとシルヴィアだ」
「コルドだよ!よろしくね!」
「シルヴィアよ。よろしく」
同時に挨拶をされて、私は少したじろぐ。
「あ、挨拶ありがとう。私はアンリエッタ。ルジーとは幼馴染みなの。よろしくね。それで、二人はよく似ているけど双子なのかしら?」
「そうだよ!」
「そうよ」
またもや二人は同時に答える。
その息ぴったりさに、私は苦笑した。
村の双子を思い出し、少し懐かしい気分になる。
「アンリ、これ以上冷めないうちに早く食べるの」
ルジーを挟んで反対側に座るジアが、ひょこっと顔を出し目の前のビーフシチューを指さした。
それもそうだと思い、私はスプーンを手に取る。
その後も、私は談笑を楽しみつつ昼食を取った。
クラスメイトと違い、距離の近いルジー達との会話は、思っていたよりもずっと心地良かった。
やがて午後の授業が始まる時間になり、四人とは別れる。
ルジー達は、金龍クラスで授業を受けているらしい。
自由に授業を選べる彼らが少し羨ましかった。
聖獅子クラスに来てくれないだろうかとも思ったが、彼らには何の得にもならないだろうとすぐにそんな考えは打ち消す。
別れ際にルジーに声をかけられた。
「今日も行くから」
「……ええ、待ってるわ」
そんな言葉をかけられるだけで、胸の奥が温かくなる。
私って単純なのかな?って思いつつも、少しの間、その心地良さに身を委ねた。
授業が始まるギリギリで教室に戻る。
放課後が早く来てほしいと、普通の女の子のように願いながら、私の一日は過ぎていく。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「え、聖女祭?」
「うん、一緒に回らないか?」
もう日課となりつつある、放課後の訓練。
私がタオルで汗を拭っていると、ルジーからそんな提案をされた。
聖女祭というのは、今代の聖女の誕生日から一週間続く祭りのことだ。
祭りの期間中は、教会を中心にいろんな出店が開かれ、有名な劇団なんかも来て、毎年とても盛り上がる。
祭りは来週から開かれる予定だった。
「別に、無理してこなくてもいいの」
私が悩んでいると、ジアがふふんと小馬鹿にするような口調で話しかけてきた。
私は少しイラっとしたが、気持ちを落ち着かせて問いかける。
「ジアも行くの?」
「もちろんなの。ルージュと回る予定なの」
「な……ッ!?」
それは非常によろしくない事態である。
頭の中で来週の予定を洗い出してみた。
勉強や訓練はしなければいけないが、特にこれといった予定はなかったはず。
一日空けるぐらいなら出来るだろう。
「わ、私も行くわ!」
「お、そうか!良かった!」
ルジーは嬉しそうに頷く。
ジアは、ちぇっと舌打ちをしていたが、その行動に反して表情はあまり残念そうではなかった。
このたまにムカつく友達との距離感を、私は少し気に入っている。
「さあ、訓練を再開しましょ!」
私は綻ぶ口を必死に抑えながら、二人に声をかける。
その後、ジアとの訓練はいつもより少し激しめだった。
訓練が終わり、ルジーとジアの二人は帰る。
教会の入り口で二人を見送った。
既に日は落ちかけ、夕焼けの赤が地平線上に弱々しく揺らめいていた。
間も無く夜の帳が下りる。
六年間ずっと抱えてきた寂しさは、すっかり小さくなっていた。
評価・いいね、ありがとうございます!
今回は、主人公以外の目線に挑戦してみました笑
次回から主人公目線に戻ります!




