師弟関係?
「先手は譲るの」
くいくいっと、フリージアは挑発するように手首を立てる。
それを見て、アンリは目を瞑り深く息を吐いた。
長い睫毛が風に揺れる。
再び開かれたルビー色の瞳には、真剣な色が宿っていた。
「それじゃ、お言葉に甘えて……ッ!」
アンリの華奢な身体が疾駆する。
見失ってしまいそうなほどの速さで、気が付けばフリージアの眼前で宙に舞い、剣を振りかぶっていた。
いまにも剣を振り下ろさんとしているアンリに対して、フリージアのサファイアの目には少しの焦りもなく、アンリを観察している。
その手に持った木の枝が動いた。
頭上に構えた木の枝と、アンリの振り下ろしが衝突する。
およそ、木の枝と鉄剣がぶつかったとは思えない音が鳴り響いた。
フリージアの木の枝は折れることなく、鉄剣を受け止めている。
(...木の枝の周りの空気が揺らめている...)
信じられない光景に驚いていたが、よく見るとフリージアの持つ木の枝が変だということに気づいた。
何かが木の枝にゆらゆらと纏わりついている。
僕の頭には一つピンときたものがあった。
(そうか、あれがオーラか)
優れた武器使いが使えるというスキル。
自分の武器にオーラを纏わせることで、耐久性や攻撃力の上昇など一時的な強化を施せると聞いたことがある。
村一番の剣士だった父さんすら使えなかったから、実物を見るのは初めてだ。
流石剣聖ということだろうか。
まさか木の枝に受け止められるとは思わなかったのか、アンリの瞳は驚愕で見開かれていた。
フリージアが無造作に木の枝を一振りすると、アンリの華奢な身体が吹き飛ばされる。
「く...ッ!?」
空中で何とか身を翻し、アンリは受け身を取る。
フリージアは一歩、足を出した。
「...今度はこっちの番なの」
その言葉を言い終わるや否や、フリージアの姿が掻き消える。
先ほどのアンリよりも速く、フリージアはアンリに迫った。
それほどの推進力にもかかわらず、フリージアの動きには一切の音がなかった。
ほとんど全てが理解不能。
ただ一つ分かることは、フリージアの動きには無駄がないということだけ。
その力が音にすら変換されないほどに。
先ほどのアンリを模倣するように、フリージアは木の枝を振りかぶる。
なんで僕にフリージアの動きが分かるのか。
眼で追えないほどの速度なのに。
その理由は明白だ。
アンリが対応できるギリギリのラインまで、その速度を落としたからに他ならない。
それはアンリにも分かったのだろう。
アンリは顔に悔しさをにじませながら、木の枝を迎え撃つべく鉄剣を振り上げる。
衝突、そして甲高い金属音。
再び両者の攻撃が拮抗した。
その顔つきには大きな差があるが。
フリージアはふむ、と僅かに目を細めると、アンリの股の内側に足を差し入れた。
「...え!?」
予想外の行動にアンリは焦った声を上げる。
フリージアはそれを意に介さず、アンリの左足に足を絡めると外側に動かした。
自然とアンリの足も開かれることになる。
「な、なにを」
「足はそのぐらい広げたほうがいいの」
「...はあ?」
アンリは一瞬、何を言っているのか、という顔をしたが、何かに気づいた様子で真剣な顔つきにすぐ戻った。
そして僕は気づいた。
以前木の枝と鉄剣は硬直したままだが、ずっと苦しげな顔つきだったアンリの顔に幾分かの余裕が戻っている。
フリージアが一歩分後ろに下がった。
「次はそっちから来るの。ただし、剣を振り下ろすんじゃなくて振り上げるの。足も今ぐらい開くの」
「......」
アンリは釈然としない様子だったが、フリージアが言ったとおりに、腰だめに剣を構えてフリージア目掛けて鉄剣を振り上げる。
フリージアは押さえつけるように木の枝をぶつけた。
三度目の拮抗かと思われたが、フリージアの足元からズサッという音が聞こえてきた。
フリージアがアンリの攻撃を抑えきれなかったのだ。
その結果に対して、今度はフリージアが悔しげな表情を浮かべた。
「お、思ったよりやるの...ッ」
そのままアンリが剣を振り切る。
その勢いに逆らわず、ふわりと飛ぶようにフリージアは後退した。
アンリは何も言わず、自分の手を見つめている。
何か手ごたえがあったらしい。
一つ納得したように頷くと、フリージアに剣を向ける。
対してフリージアは、口の端をひくつかせた。
「...思い上がった弟子にはお灸をすえてやらないといけないの」
二人の少女は、同時に地面を蹴った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「はあはあ...」
「ふふん、アンリはまだまだなの。私に逆らうのは千年早いの」
二人の少女の様子は対照的だった。
地面に膝をつき息を荒げているアンリと、まだ余裕そうな表情で勝ち誇っているフリージア。
アンリがフリージアを吹き飛ばしてからも二人は数合打ち合ったが、やはり剣聖というべきかフリージアが圧倒していた。
やがて動きが鈍くなったアンリの首に、木の枝を突き付けて勝負ありだ。
フリージアがアンリに歩み寄る。
「これでアンリは私の弟子になったの」
アンリはフリージアを見上げて何か言おうとしているのだろうが、荒い息が邪魔をしてうまく言葉を発せないらしい。
僕はフリージアに気になることを聞いてみた。
「途中アンリにアドバイスみたいなことをしていたけど、あれは何だったんだ?」
「アンリは下半身の使い方がよくなかったの」
フリージアは実演するらしく足を開く。
僕とアンリはそれを黙ってみていた。
「アンリの足幅はこれぐらいだったけど、これだと重心が高くて下半身をうまく使えてないの。だから足を広げて下半身を使えるようにしてあげたの」
「そうか、十分アンリの重心は低く見えたけど...」
「それは男の子の場合なの。女の子の場合は、腰やお尻の骨が男の子よりも発達しているから、より下半身の動きが重要になるの。単純な腕力だと男の子に勝てないから、下半身の力も使って勝負するの。男の子と女の子で身体の作りは全然違うの。だから剣術も違う考え方をして当たり前なの」
剣術の男女差か...今まで考えたこともなかったな。
アンリも初めて聞く話だったのか、目を丸くして真剣に聞いている。
「何度も言うけれど、アンリには才能があるの。私だったら、アンリをもっと強くしてあげられるの」
「...ひとつ、聞いてもいい?」
息が整ってきたのか、アンリがフリージアの言葉を切った。
僕とフリージアの視線が、アンリに向かう。
「なんで、あなたは私に良くしてくれようとするのかしら」
「そんなの簡単なの」
そこで一瞬、フリージアは何故か僕に目を向けた。
すぐにアンリへと視線を戻す。
「ライバルが弱いと話にならないから」
アンリはその言葉を受けてパチパチと瞬きをすると、堰を切ったように笑いだした。
その目尻には涙さえ浮かんでいる。
何がそんなに面白かったのか。
僕にはフリージアの言葉の意味がさっぱり分からなかった。
「あはは...わかったわ。よろしくね、ジア」
フリージアは一瞬目を見開いた後、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「...よろしくなの、アンリ」
どうやら僕にはわからないところで二人は繋がったらしい。
僕の頭は疑問符でいっぱいだったが、目の前でアンリとフリージアが笑いあっている様子を見るとどうでもよくなった。
「私のことは師匠と呼ぶといいの」
「もう、調子乗んな」
アンリがフリージアを軽く小突こうとすると、無駄に洗練された動きでフリージアが避ける。
アンリは意地になって続けたが、一撃もフリージアには当たらない。
僕の口からは思わず笑いがこぼれる。
もう~!というアンリの声と、僕とフリージアの笑い声が響いた。
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これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします!!




