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幼馴染みの事情

「であるからして、シルバーファングと対峙するときは、たとえ距離が離れていても注意が必要――」


 闘技場での一件があった翌日、僕の姿は金龍クラスにあった。

 前方の教壇では、初老の男性教師がモンスターについて話している。

 黒板には、鋭利に尖った牙が特徴的な犬型のモンスターが描かれていた。


 昨日、どのクラスの授業を受けるかを選択できる僕は、金龍クラスを選んだ。

 青鷹クラスでは騎士としての作法、聖獅子クラスでは道徳心の授業、黄猫クラスでは商法について学べるらしく、自分の求めるものではないと判断したためである。

 一応、青鷹クラスではそのうち剣術の授業も始まるらしいから、そこには顔を出そうと思っているが、それまでは金龍クラスにお世話になる予定である。


 僕がちらりと視線を横にやると、もはや定位置になりつつあるフリージア、そして双子のコルドとシルヴィアの姿があった。

 唯一この場にないディランは、黄猫クラスに行くと言っていた。

 鑑定士という天恵がどういうものか不明だが、言葉から想像するに物の鑑定などができるのだろうか。

 それならば、商人としてぜひ欲しい能力だろう。


 僕たち灰狼クラスの四人は、教室の後方で仲良く横並びで授業を受けている。

 アウェーと言ってもいい、他クラスで別々に授業を受けるのが少し心細かったのだ。

 コルドは熱心に板書、シルヴィアも真剣に授業を聞いていた。

 フリージアはいつものごとく、こくりこくりと夢と現実の狭間で舟を漕いでいる。

 僕と出会ってから寝不足は若干解消されたらしいが、それでも眠そうだ。


 ふと、僕は自分が授業に全く集中できていないと感じた。

 前世ではありえないモンスターの授業。

 授業を受ける前は、確かにワクワクしていたというのに。

 いまいち内容が頭に入ってこない。

 理由は分かっている。

 昨日の幼馴染みの様子が気になっているのだ。

 別れ際の悲壮感の漂った笑顔。

 その裏にある何かが気にかかっている。

 こんなところで呑気に授業を受けていていいのだろうか。


 その後も僕の頭には、授業の内容は入ってこなかった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「来ちゃったなぁ...」


 僕は、目の前の大きな建物を見上げながら独り言を呟いた。

 太陽は地平線に融合をはじめ、赤みを増している頃合い。

 どこか寂しさを孕んだ風が僕の頬を撫でる。


 ここに来るのは六年ぶりだ。

 左右には、以前と同じ天使を象った像が並び、僕を出迎えている。


 教会の前には誰の姿もなかった。

 扉は開いている。

 少しだけ緊張しながら、教会の中へと踏み入れた。

 そこには見知った顔があった。


「あれ、ルージュ君?どうしてここに...」


「...バーモンさん」


 そこにいたのは、バーモンだった。

 そういえば、学園の教師のほかに教会の司祭もやっているんだった。

 ここで、知り合いに会えたのは幸運かもしれない。


「あの、......」


「......はい?」


 言いかけて口を噤んでしまった僕を見て、バーモンは首を傾げた。

 何となく勢いで教会まで来てしまったけど、目的があったわけではなかった。

 何といえばいいだろうか。


「あ、アンリは...いますか」


「アンリエッタさんですか?...はい、おりますよ」


「会うことはできますか?」


「......ふむ」


 バーモンは少しだけ考えるようなそぶりを見せたものの、すぐにいいですよ、と微笑みを浮かべた。


「こちらへどうぞ」


 バーモンに連れられ、教会の外へと僕は出た。

 そのまま外壁に沿うように教会の裏側へとバーモンは歩いていく。

 どうやら、教会の裏手は開けた庭になっているようだ。

 鬼ごっこができそうなぐらい広い。

 その中心に彼女はいた。


 その手には、この間のような光り輝く剣ではなく、普通の鉄剣が握られていた。

 彼女が動くたびに、髪先から透明な雫が宙を舞う。


 とても綺麗だと思った。

 僕は、その流麗な剣舞に暫く見惚れていた。

 村にいた頃とは比較にもならない。

 アンリの努力の結晶が――そこにあった。


「アンリは...いつもああやって鍛錬を?」


「ええ」


「そんな...学校もあるのに」


「...だからですよ」


「...え?」


 バーモンが発した言葉の意味が分からず、僕はバーモンの顔を見た。

 そこには珍しく、苦笑が浮かんでいる。


 これは私から言っていいのかわからないですが、とバーモンは前置きし、


「彼女は、本来学園に行く予定はなかったのですよ」


「...どういうことですか?」


「彼女は九歳のころから厳しい教育を受けてきましたから。今更学園に行っても学ぶことなんてないんです」


「だったら、どうして...アンリは入学を...」


「懇願されたんです。アンリエッタさんに」


 そう言ってバーモンはアンリの方に目を向ける。

 僕もつられてそちらを見た。


 アンリは大きく肩で息をし、タオルで汗を拭っている。

 しかし、すぐに立ち上がって鍛錬を再開した。


「懇願...どうし――」


 その答えは分かっている気がした。

 アンリから最後に受け取った手紙を思い出す。

 ――待ってる。と綴られた手紙のことを。


「どうしても...会いたい人がいたのかもしれませんね。一緒に学校生活を送りたい...そんな相手が」


「...そうですか」


「学校に行く分、彼女の成長は遅れてしまう。その穴を埋めるために、学校が終わった後は剣の鍛錬、それに聖職者としての勉強もしています」


 アンリは今も剣を振っている。

 真剣な顔つきで。

 強くなろうとしている。


「アンリエッタさんは、明日もこの時間この場所にいると思います」


 僕は思わず、バーモンの方を見た。

 バーモンはウインクするように片目を閉じる。

 僕の口が思わず綻んだ。


「ありがとうございます」


 僕の口からは自然とお礼の言葉が出た。

 すぐに僕は踵を返し、教会を後にする。

 もやもやしていたつっかえが、少しだけ取れた気がした。


 僕がやること、やらなければいけないことは、もう決まっていた。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「...報告を」


「はい。『薬』候補が学園に入学しました」


 窓のない一室。

 光の入らない薄暗い室内には、二人の男がいた。

 方や華美な装飾が施された椅子に優雅に腰掛け、方や地面に片膝をつき頭を下げている。

 頭を下げた男が続ける。


「一ヶ月後、新入生による武闘祭があるそうです。そこで確かめられるかと」


「...そうか」


 椅子に座る男の唇が歪む。

 酷く愉快そうに。


()()()()()()()()()()()()()()、我らの悲願達成に大きく近づくであろう」


「早速、準備に取り掛かります」


「頼んだぞ」


 椅子の男が、横に置いていたワインの入ったグラスに手を伸ばし、あおる。

 そして、飲み干したグラスを高々と掲げた。


「女神エラリアの祝福あれ」


「...女神エラリアの祝福あれ」


 頭を下げていた男が身を起こし、その部屋を後にする。

 その背後からは、いつまでも狂ったような嗤い声が響いていた。



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