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学園長と案内状

 女性に連れられて、校舎最上階の一室へと僕らはやってきていた。

 扉の上にはパネルがあり、『学園長室』と書かれている。


(あ、思い出した)


 僕らを先導する女性。

 どこかで見たことがあると、思っていたらこの学園の学園長だった。

 実際に会うのは初めてだったが、学園のポスターに載っていたため、その顔には見覚えがあったのだ。

 確か名前は、クレア・ローレンス……だった筈だ。

 性を持つ貴族の一人。

 いや、この国に二家存在する公爵家の一つ、ローレンス家の直系である大貴族だ。


 女性──もとい、クレアは、慣れた手つきでその扉を開く。

 僕たちもクレアに続いた。


 室内に入ると、むせ返るようなインクの匂いが僕たちを出迎える。

 部屋の奥、大きな窓ガラスの手前にある机の上に、無造作に置かれた大量の書類。

 あれが匂いの発生源のようだ。


 部屋の中央には背の低い長机と、向き合うように置かれたソファがある。

 クレアはその片側に腰かけると、僕らも腰かけるよう顎でしゃくった。

 僕らは、クレアと向き合うようにソファに腰かける。

 僕を真ん中、左右にフリージアとアンリが座る。


「私も忙しい身でね、何時までたっても仕事が山積みなのさ」


 僕が机の上に目をやっているのに気づいたのだろうか。

 面倒くさいったらありゃしない、とクレアはわざとらしく首を左右に振った。


「そんなくそ忙しい時にだ。何やら問題を起こしている小娘がいると聞いてな?仕事が増えた時の気分と言ったら...簡単に想像できるだろう?」


「...別に他の人に任せればよかっただけなの」


「ほう?いいんだな、他の誰かに任せても。そうなるとほぼ確実に、お前の父親に連絡がいくと思うが。なあ、フリージア・()()()()()()


「...ひぃ」


 クレアの言葉に過敏に反応するように、横から情けない悲鳴が聞こえてきた。


(...ザーツベルグ?)


 ザーツベルグというと、ローレンス家と対をなすもう一つの公爵家のはずだ。


(フリージアは、ザーツベルグ家の人間だったのか)


 もともとクレアとフリージアは知り合いだったのだろう。

 フリージアがあれほどの怯えを見せる理由はいまだ不明だが。


 ...というか、今ままでフリージアに対して、何か不敬なことはしていなかっただろうか。

 今からでも敬語とか使った方がいいかもしれない。


「入学早々、闘技場をぶっ壊し、同級生に怪我をさせました。なんて、ザーツベルグ公爵閣下の耳に入ったらどうなると思う?」


「そ、そ、それだけは何卒ご勘弁なの...!」


 闘技場での余裕に満ちた態度は見る影もなかった。

 フリージアは頭を上下に動かし、何度も懇願している。

 そんな様子を見て、クククとクレアは愉快そうに笑った。


「それとも私が久々に稽古をつけてやろうか?」


 ブルブルと高速でフリージアが首を横に振る。

 クレアは少しつまらなさそうな顔をした。


「まあそれは今度にしよう。生憎私も暇じゃないのでな。今回の騒ぎについても、結果的に問題はなかったし、不問にしてやる」


 ぱっとフリージアが顔を上げる。

 心底安堵したといったふうに、ほっと胸をなでおろしていた。

 余程、以前の稽古とやらがトラウマらしい。

 学園長には逆らわないようにしよう。

 僕は心の中で誓った。


「お前たちを呼んだのは、別の理由だ」


 そう言って席を立ったクレアは、机の上にある書類の束に手を突っ込み三枚の紙を取り出す。

 取り出した紙をそのまま僕たちに向かって投げつけた。


「...んぐ...なんだこれ?」


 うまくキャッチできず顔に張りついた紙を引きはがして、内容を確認する。

 ――新入生武闘祭――と一番上には書かれていた。


 どうやら、青鷹クラスが中心となってトーナメント形式の対人戦を行うみたいだ。

 騎士志望ということもあってか、使用武器は剣のみ。

 青鷹クラス以外でも参加は可能らしい。


「えっと、なんでこれを俺たちに?」


 さっぱり流れがつかめなかった。

 闘技場での行動をやりすぎだと怒られるのかと思いきや、渡されたのは武闘祭の案内。

 頭の中には疑問符があふれていた。


「...国王が見学に来ると言っている。それに合わせて、剣聖と聖騎士も出せ、とな。どちらか一方でも珍しいのに、その両方が同世代に存在するなら、ぜひ見てみたいんだと」


 クレアは不機嫌そうに頭を掻く。

 内心面倒くさいと思っているに違いない。


「...私は、参加します」


 アンリが一番に口を開く。

 国王が見に来ると言っているのだ。

 断るという選択肢がアンリの中にはなかった。


「...私は参加しな――「お前は強制参加だ」...はいなの」


 圧倒的不利な状況にいるフリージアは、簡単に屈した。

 残るは僕だけど...、


「僕は参加しなくてもいいんですか?」


「お前は...そうだな、どちらでもいい」


 そこまで言ったところで、両側から腕をつかまれた。


「ルジーも出るわよね?」

「ルージュも出るの」


 その様子を見て、先ほどまで飄々としていたクレアが目を丸くした。


「これは、ザーツベルグ公爵閣下に別の理由で報告が必要かもな...」


「絶対やめてください」


 まあ、元々出たいなとは思ったし、別にいいだろう。


「僕も出ようと思います」


「そうか、わかった。三人とも出場だな。エントリーはこちらでしておこう。もう帰っていいぞ」


 用は済んだとクレアは手をひらひらと振り、私は忙しいんだと、僕らに出ていくよう促す。

 特に残る理由もなかったので、僕たちも素直に学園長室を後にした。


「アンリエッタ様」


 学園長室を出たところに、一人の男子生徒が立っていた。


「...ウリド卿」


 ウリドはアンリに向かって恭しく一礼する。

 僕とフリージアのことは見えていないかのように。


 そういえば、闘技場での戦いは観客席から見ていたのに、気づけばいなかったな。


「待たせてしまったようね」


「いえ、この程度何ともありません。さあ、参りましょう」


 ウリドが先導するように、歩き始める。

 しかし、アンリが待ったをかけた。


「待って、ウリド卿。まだ一つ用があるの」


 アンリはそう言って、こちらに向き直った。

 そして、僕に向かって先ほどクレアからもらった武闘祭の案内を差し出してくる。


「これ...私と組んでくれない?」


 アンリの綺麗な指先が、ある一点を示していた。

 そこには『タッグ戦』と記載されている。


「なになに...二人一組で参加するトーナメント戦...か。僕は別に構わな――」


「ちょっと待ったなの」


 僕が承諾しようとすると、今度はフリージアから待ったの声がかかった。

 そして僕の腕を取り、ピタリと身を寄せてくる。


「ルージュは私と出るの」


「はあ!?なにそれ!」


 アンリとフリージアの間で、幻想の火花がバチバチと音を立てる。

 動揺のせいか、アンリが紙を落とした。

 それを、ウリドが拾い上げる。


「武闘祭...アンリエッタ様、こちらに出場されるのですか?」


「ええ、さっき学園長に言われてね」


「なるほど...」


 ウリドは顎に手をやり、思案顔になる。

 そして、ふむ、と一つ頷いてから口を開いた。


「この『タッグ戦』、私と出場しましょう。そこの男のような、低俗な人間と組むなどあってはなりません」


「ウリド卿...何度も言うけれど、私の幼馴染み...ルジーのことを悪く言わないで」


「...大変失礼いたしました」


 そう言って、ウリドは()()()()()()()()頭を下げた。

 こちらを見ようともせず。


 何故この男は、これほどまでに僕のことを敵視しているのだろうか。

 無表情を貫いているウリドからは感情がうかがえない。

 何を考えているかわからない不気味さに、思わず身震いした。


「しかし、アンリエッタ様。もしそこの男と組まれるのであれば、教皇様に報告せざるを得なくなります。どうか、ご再考を」


「それは...私を脅しているの?」


「どう思われるかは、アンリエッタ様次第でございます」


 少しの間、ウリドとアンリは見つめあっていたが、やがてはあ、と深いため息とともにアンリが視線を外した。


「ルジーごめん、『タッグ戦』の話は忘れてちょうだい。...それじゃあ、またね」


 アンリはそれだけ言って歩き始める。

 ウリドがそれに続く。


「...アンリ」


 僕は思わずアンリに呼びかけるが、聞こえていないのか、聞こえていて無視をしているのか、歩みが止まることはなかった。


 去り際に見たアンリの悲しそうな笑顔が、僕の脳裏にこびりついて離れなかった。


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