転生したらしい
見切り発車で書き始めました!
拙作ですが、温かい目でよろしくお願いします笑
初めに感じたのは、ドロドロに溶かされるような温もりだった。
自分の身体とその他の境界線が曖昧になり、その輪郭が揺らいでいる。
だが、そこに恐怖はなくむしろ──
「──────、」
(ん?なんだ?誰かがすぐ傍で喋っている気がするけど、よく聞こえない……)
その時になって、ようやく自分が目を閉じた状態であることに気づく。
なんだか、いつものように言うことを聞かない瞼を懸命に持ち上げると、白い光に全てが覆われる。
その眩しさに思わず目を細めながら目を凝らすと、白い視界の中に肌色のぼんやりとした輪郭があった。
それは恐らくだが、人の顔だった。
僕が目を開けたことに気づいたのか、肌色の輪郭が少し歪む。
……笑っている、のだろうか。
次の瞬間、顔らしき輪郭が近づいてきて思わず後退りそうになったが、相変わらず思ったように身体が動かない。
頬に柔らかい何かが触れる。
何故だか恐怖心が薄れた。
「〜〜〜♪」
相変わらず目の前の誰かの声はよく聞こえなかったが、何かの歌を口ずさんでいるようだった。
と同時に身体がゆらゆらと揺らされる。
突然の揺れに思わずビクッとしたが、危険な様子はなかった。
その揺れは目の前の誰かによるもので、どうやら自分はこの誰かに抱き抱えられているようだ。
まるで赤子をあやすように。
(って待て待て。僕は18歳の高校生だぞ?身長だって170センチ以上ある……。その僕を抱き抱える?そんなバカな)
「あお、あええうああい」
取り敢えず、高校生にもなってこんな状況に置かれていることに恥ずかしさを感じてきたので、やめるよう声を出そうとしたが、舌足らずの声で意味を成していなかった。
なんだか嫌な予感がする。
自分の突拍子もない妄想を振り払うように、目の前の顔へと手を伸ばす。
その手は、届かなかった。
特別何かが起きたわけでもなく、ただ届かなかった。
腕が短くて。
段々と外堀を埋められていくように、嫌な予感は徐々大きくなっていく。
段々と目が慣れてきたのか、ぼんやりとしていた目の前の顔がハッキリしてきた。
それは女の人だった。
見たことのないほど綺麗な顔立ちに、長くたなびくブロンドの髪。
(うん、こんな知り合いは間違いなくいない)
その女性が僕に向ける笑顔には、分かりやすく愛情が滲んでいた。
まるで家族に向ける笑顔のようだ。
(ああ、そうか)
ここまでくると認めざるを得なかった。
僕は転生したんだ──と。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ルジー。何してるの?早く行くわよ?」
「分かってるよ、母さん」
僕が転生を自覚してから、八年の月日が経過した。
年齢は今年9歳になったところだ。
【天恵の儀】に向かうため、昨夜は遅くまで支度をしていた。
【天恵の儀】は王都でしか行われないため、僕らが暮らしている村には一週間以上帰ってこない。
僕は、久しぶりの遠出に少しワクワクしていた。
【天恵の儀】。
天からの恩恵を授かる儀式。
僕が転生したこの世界、それは有り体に言えばファンタジー世界だった。
地球では見たこともないモンスターがいて、モンスターを倒すための人間──冒険者──がいて、冒険者の強さを支えるスキルなどの異能があって、エルフやドワーフといった異種族がいて──、
まるでゲームの中の世界観だった。
この世界では、9歳になった子供は【天恵の儀】を受ける。
レアな【天恵】……いわゆるレアジョブを手に入れれば、貴族の騎士として取り上げられたり、冒険者として名を立てることもできる。
【天恵の儀】の結果は、この先の人生を左右すると言っても過言ではない。
「お待たせ」
「おー、ルジー。準備はできたか?よし行くぞ」
そう言って村の入り口に止まった馬車の扉を開いてくれたのは、今世の僕の父だった。
左眼を縦に切り裂いたような傷が特徴的な野性味のあるイケメン。
父は数年前に引退した冒険者で、今は村の警備が主な仕事だ。
度々モンスターの襲撃から村を守っているため、みんなからの信頼も厚い。
目の傷は、以前冒険者稼業でモンスターから攻撃を受けた時にできた傷らしいが、歴戦の戦士のような格好良さがあった。
「ありがとう、父さん」
父さんに礼を告げ、促されるまま馬車に乗り込もうとし、馬車の中が視界に入った瞬間思わず動きを止めた。
「なに?アンタと一緒なの?最悪……」
開口一番そんな失礼なことを言ってきたのは、自分と同い年の少女、アンリエッタだった。
燃え上がる炎のような赤い髪に、勝気な目を不機嫌そうに細めている。
(笑っていればそれなりに可愛いのに)
だが現状はこちらを睨め付けてくる少女が一人。
辟易とした気分で僕は溜息をついた。
アンリエッタ──アンリ──が僕を嫌っているのは、父さんが原因だ。
というのも、アンリは父さんに滅茶苦茶憧れている。
どうやら、以前モンスターに襲われた時に父さんに助けてもらったことがきっかけらしいのだが、それ以降父さんのような剣士になりたいと言い出した。
最初は、父さんから直々に剣を教われる僕に嫉妬してきて、さらには僕が父さんの指南に乗り気でないと知ると、敵意すら向けてくるようになったのだ。
でもしょうがないじゃないか、僕は剣士になりたいわけじゃないのだから。
村から王都に行く子供は全部で四人。
僕とアンリ以外の二人は別の馬車に乗っていた。
子供の両親、他には護衛として父さんを含めた数人の大人たちを連れて、一行は出発した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「……いつまでもその調子で疲れないか?」
「……」
ツーン、とそっぽを向いたまま、首が固まってしまったかのように視線を窓の外に固定したアンリにそう問いかける。
顔の向きはそのままで、アンリは視線だけをこちらに投げかけた。
王都までは二日ほど。
途中の街を経由して、一泊してから王都に向かう。
二日間、この居心地の悪い空間にいるのかと思うと、思わずため息が漏れた。
とその時、馬車内に怒鳴り声が響いた。
「モンスターだ!子供達を守れ!」
それは父さんの声だった。
ばっと弾かれたようにアンリは窓枠の外へ身を乗り出す。
前方が騒がしい。
父さん達が戦っているようだ。
「おい、あんまり身を──」
「……」
冷えた目線が僕を貫いた。
はぁ、と僕は頭を押さえて、言葉を飲み込んだ。
(まあ父さん達なら問題ないだろう。その辺のモンスターに負けるとは思えな──)
不意に音がした。
──馬車の後方で。
「アンリッ!!」
「ッ!?」
アンリも気づいたらしい。
伊達に冒険者を目指しているわけじゃない。
馬車の扉を蹴破るように外へ飛び出した次の瞬間、馬車が横転した。
「オーク……ッ!」
初めて見た。
豚の頭を持った二足歩行の巨体。
鈍間だがとてつもない怪力を持ったモンスターだ。
捕まったらひとたまりもない。
アンリは腰に下げた剣を構えた。
だが、その手は震えている。
当たり前だ、僕たちのような子供がモンスターと戦うなんて危ないことをさせてもらえるわけがなく、アンリにとっては初めてのモンスターとの戦いなのだから。
「ルジーは下がってて!」
アンリが一歩前に出る。
僕を背中に庇うように。
全身が震え、その顔は青ざめているというのに。
小さな背中が目の前にあるせいで、オークの巨体がより多く見えた。
アンリは僕が剣を使えないと知っている。
父さんの教えをいつも聞き流していたから。
日課の素振りもよくサボっていたから。
僕を守らなければいけない存在だと思っている。
ふっ、と思わず口の端が緩んだ。
普段憎まれ口を叩いてくるくせに、こういう時は守ろうとしてくる。
そんな幼馴染が、僕は嫌いじゃなかった。
「悪いが、大切な幼馴染を傷つけられるわけにはいかないんでね」
僕は、手のひらを今にもアンリに襲い掛かろうとするオークへと向けた。
『ファイヤーボール』
それはこの世界には存在しないはずの言葉。
僕にとって、慣れ親しんだ言語。
翳した手のひらの前に、渦を巻くように炎が唸り、それはやがて球体を形作る。
僕の顔ぐらいの大きさ。
熱さは感じない。
「いけ!」
僕の命令に従い、生まれたての火球はオークへと一直線に飛翔する。
「グモッ!?」
得体の知れない飛来物にオークは驚きの声を上げ、火球が直撃するとそれは悲鳴へと変わる。
僕の攻撃はオークの右肩に命中し、命中した部分を抉り取った。
たまらずオークはその場に膝をつく。
「何……今の……」
驚愕に目を見開くアンリの横を通り、僕はオークの前に進み出る。
「今楽にしてやる」
僕の両手には二つの火球。
その二つをオークへと打ち込んだ。
上半身が消し炭になったオークは、当然生き絶えた。
僕がこの世界に転生したばかりの頃、ひどく落胆したことがある。
この世界には、地球では見たこともないモンスターがいて、モンスターを倒すための人間──冒険者──がいて、冒険者の強さを支えるスキルなどの異能があって、エルフやドワーフといった異種族がいて──、
魔法がなかったから。
折角こんなファンタジー世界に来たのに、魔法がないなんて。
初めは絶望したが、なんとかならないかとそこから何年も試行錯誤して辿り着いた。
僕にしか使えない僕だけの武器。
同じことをできる人間が他にいないから、もはやそれが魔法と呼べるものかどうかもわからないが、敢えて魔法と呼ばせてもらう。
僕はこの世界でたった一人の魔法使いだ。