3-08 勇者のメイド
はるか昔"この世界を築いた者"が封印しておりました[災王]が2000年の時を経て復活。彼の力を以って世に溢れる魔物達は手先に。此れを予期し創造された中立なる人族は、とある"神託"を与りました。
『──"聖剣"を携えし者、"勇者"となりて[災王]を祓わん』
役目を授かった人族は、"勇者“を探し続け──凡そ110年が経過した今は王国歴2110年。永き時の内"勇者"への期待は薄れ、魔物討伐は稼業となり。"聖剣"も同じく王城の聖域にて眠りに就き続けていました。
ですから[メイド]であるこの"ヨハンナ"の仕事も変わることはなく。この聖域を守り続けているのです。
「おい、オマエ、何故聖剣を抜いて──」
「いえあのこれは」
手入れの為、なのですよ?
「王よ!勇者を見つけて参りました!」
「その報告は昨日も聞いた。ゲイルよ、此度こそ本物の[勇者]なのであろうな?」
「ええ!何故ならばその者は"聖剣"を引き抜いておりました故!」
「なんと──」
聖域より連れ出され、歩くこと十分程。[騎士]様が謁見の間の扉を押し開けましたので、私──"ヨハンナ"も、カーテシーをして[国王]陛下の前へと久方ぶりのお目通り。確か、前回は……。
「──だが、勇者など何処にも居らぬではないか。そこのメイドは、"聖域の管理者"であろう。名は…ヨハンナであったか。戴冠式の頃父上より紹介されたので覚えておる」
「はい。ヨハンナ、でございます。名を覚えられているとは大変嬉しゅう思います。確かに、戴冠式振りでございますね。お歳を召されても尚覇気に溢れた姿、感服いたします」
ご挨拶を返しただけですのに何故[国王]陛下は困ったように咳払いを…?
「そう、このヨハンナこそが勇者であったのです!その証拠が、こちらです…!」
「…………はい」
待機姿勢のまま鉄面皮でやり過ごそうとしましたがクルッと振り返った[騎士]様が『は や く』と鬼の形相で急かしますので、失礼してスカートの中からナイフの形状まで縮小した聖剣を取り出します。
「此方、私の管理しておりました"聖剣"でございます」
「この通り彼女だけが"聖剣"を所持できておるのです!」
[騎士]様の指示するとおり元のサイズまで戻しました"聖剣"をお渡ししたところ手をすり抜けてカーペットの上へと落下。刃が汚れる前に再縮小してスカートの中へと収納しました。後で磨きませんと。
「……ふぅ、む……確かに、"聖剣"を所持できておる以上、勇者と認めるべき、か」
おおっと。非常に嫌な予感がしてきました。周囲から突き刺さる視線が痛いです。
「[メイド]のヨハンナよ。世界の果てへと赴き、[災王]を倒してはくれまいか」
「──嫌です」
では耳を塞ぎましょう。
「「ハァ!!??」」
ほら、うるさくなりました。
──
[メイド]ヨハンナ
種族:人族
スキル
-奉仕X
ステータス
-筋力:50
-耐久:50
-器用:50
-敏捷:50
-知力:50
-精神:50
──
命令はどうあっても断りきることの出来ないジョブが[メイド]というものですから。あの後、一つ条件を立てさせていただいた上で命令を受託致しました。それは『影武者の勇者のメイドとして[災王]討伐の旅へ赴く』こと。
ですので今は影武者となって頂けそうなチョロ…いえ、手頃な人材を探すため裏町へと足を向けています。
「とんと面倒なことになってしまいました……」
つい"聖剣"の手入れに凝ってしまい人避けを疎かにしていたツケですね。人の気配のある方へふらりふらりと進んでみましょう。この王都の道程度は、知り尽くしていますし。
「おおっと、そこの素敵なメイド服のお嬢さん。何かお探しかい?この不肖フェルナンドがなんだって用立ててみせましょう♪」
背より声を掛けられ振り返り。顔、身なり、そしてステータス……ふむ。一つ話に乗ってみましょうか。
「成る程。何でも屋、でしょうか」
「ああそうさ。みたところ……貴女は何処かの屋敷のメイドさんと見た。そんなロイヤルな方にも満足いただける品もお任せください。お金次第でなんだって──」
そうもよく回る口であれば、問題なさそうですね。人差し指を、フェルナンド様の口に添え、顔を近づけさせていただき……逃さぬよう腰に手を回します。
「では、私の旅へと同行していただける[詐欺師]を一人、ご用意頂けますか?」
「え、あ……は、ァ!?」
──
[詐欺師]フェルナンド
種族:人族
スキル
-詐欺VI
-演技VIII
-誘惑IV
-偽装VII
ステータス
-筋力:30
-耐久:30
-器用:40
-敏捷:80
-知力:80
-精神:80
──
成程。演技、偽装に自信があったようですが……私の奉仕Xの方がスキルレベルが上。余裕で看破できてしまいました。驚きのあまり彼も自然なメイド流の鎮圧動作に組み敷かれ、地へ伏してしまいました。
「ご安心ください。私からの"依頼"を受けてくださるのなら、少なくとも今までの罪は洗い流す事をお約束致しましょう」
「お、お嬢さん……あんた何者、だ?」
頭を打ってしまったのでしょうか。今にも気絶しそうな顔のままですが、訊かれてしまっては答えるしかありませんね。
「私は[メイド]のヨハンナ。聖域にて"聖剣"を管理する、しがない従者でございます」
「おい、そりゃア──」
「おっと」
力抜けたフェルナンド様の身体が地面へ再びヘッドバットをかましません内に抱き抱えます。良い方が見つかりましたし、遅くなりません内に王城へと戻りましょうか。チャラチャラとした身なりは相応しくありませんから、改めて私の指導のもと着飾っていただきませんと。
「どのようなお召し物が似合うでしょうか」
英雄譚にて永久に語られますような、凛々しくも気高いお姿となっていただきましょう。ふふ。
──
「わ、私こそが勇者フェルナンドでありま、す!」
くすっ。大の大人が緊張して背筋を張り背伸びする姿には何か込み上げてくるものがありますね。ここは謁見の間ですから、失礼をしては自身の首が飛ぶのだとキチンと理解できているのですね。
「この度はルイス=ラムトン王の命を受け、[災王]をぶっk──倒し世界へ平和を取り戻す為馳せ参じました!」
「……と、ここに勇者の影武者をご用意しましたので表向きには彼が勇者であると喧伝させていただきますね」
赤きマント、黄金の鎧によく鞣されたロングブーツ。元の素材が凛々しいお顔でしたから、何の事情も存じ上げない方々が今のフェルナンド様を拝見なされれば、本当の勇者と見紛う事でしょ──いえ、本物です。私は[勇者]ではなく[メイド]ですから。フェルナンド様こそが本物の[勇者]です。
「……[災王]の征伐へ向かうのであればお供の者は誰であろうと余は構わぬが、其の者のジョブは何であるかは耳に入れておきたい」
「それは──ァッ!?」
スキルを使おうとしたのでお仕置きです。踵のヒールで足の甲を踏み発言を遮り僭越ながら[メイド]である私が彼の紹介を執り行わせていただきましょう。
「このフェルナンドのジョブは[詐欺師]。出会いました経緯もこの私を誑かし金銭を掠めとろうとしていたところを捕え連行した次第でございます」
なんの嘘も脚色もない事実。相手の力量も見抜けなかった故に振り被った天罰と思ってくださいませ。
「うぉいヨハンナ嬢!?」
そも、[国王]にまでペテンを掛けて良い訳がないでしょう。これもジョブという枷の副次的影響でしょうか。本当は役者あたりが向いていそうなものですのに。
「ですから[災王]討伐の暁に与えられる報酬は名誉と恩赦でいかがでしょうか。彼にとってはどのような財宝よりも価値のある褒美でしょう」
横のフェルナンド様が待て待て待てと挙動不審になられましたが私の知ったことではありません。というか。
「なるほど……普通であれば即刻極刑に処す所であるが、確かに秘事を抱えた旅のお供として申し分ない。フェルナンドへの褒賞はそのように考えておこう」
貴方、勇者様にならなければ死んでいましたよ。
「ありがたき…幸せ……」
遂には跪き首を垂れましたフェルナンド様。苦労人であらせられるゲイル様とは良い酒を飲めそうですね。ふふ。
「さて、勇者一行には旅の支度金として金貨50枚を授けよう。特に戸籍を持たぬフェルナンドには市内で通ずる身分として旅人ギルドへの紹介状を用意した。[詐欺師]としての経歴を隠すにはそれが良いカモフラージュとなるであろう」
「最高の前金ですね、フェルナンド様。フェルナンド様も表の世界でも生きて行けるようになりますよ」
「…………」
あ、だめですね。フェルナンド様の脳がキャパシティオーバーでフリーズしました。可哀想に。
「では改めて勅命を与えよう。勇者フェルナンドと[メイド]ヨハンナよ、世界に災禍を齎す[災王]を倒して参れ──!」
この不肖ヨハンナ、『勇者のメイド』として[災王]討伐の刻まで御奉仕致しますから。
──この世界を元のカタチに戻す為に。
「フェルナンド様、まずはステータスの改竄・隠蔽方法をお教えしますね。今のままではステータスを見られた際に[詐欺師]であると露見してしまいますから」
「は?」
「私の教える様にやってみてくださいませ──」
フェルナンド様のステータスを開帳。スキル欄にあります偽装VIIを手動選択。対象をフェルナンド様自身へ。
「いやそんな事をしても意味がないだろ。自分で自分を騙してどうするんだ」
あとはこれをこうして、こう……よし、出来ました。
──
[勇者]フェルナンド
種族:人族
スキル
-加護VI
-剣術VIII
-鼓舞IV
ステータス
-筋力:240
-耐久:240
-器用:320
-敏捷:640
-知力:640
-精神:640
──
無事に王国の騎士に匹敵するスキル群とステータス値になりました。
「これから先は自分でやっていただきますので、今のやり方を覚えてくださいませ」
「オイ、オイ、オイオイ……オイ……?」
あまり悪用されたくはありませんが、こうなっては仕方ありませんものね。所謂超法規的措置……という事で、一つ。