3-05 私のルームメイトはどうやら未確認生命体なんだとか
『テクラ カクイ クイリリ チスイ ンラナ?』
「いや、私はただの貴方のルームメイトだったはずなのですが、むしろ貴方が何者なんですか 」
ずっとルームメイトだと信じていた人は未確認生命体だと言ってきた。
「それで、コレはどういうことでしょうか 」
「結論から言えば、もう既に飛鳥 梓は死んでいる。門真くん、これは君にしか頼めないんだ 」
「面倒ごとには巻き込まれたくないのですが 」
「門真くんが『セトンソクニソ』なのがいけないんでしょ!!否、そんな君を求めていたぁ!! 」
この物語は、門真 歩というどこにでもいる普通の大学生(?)が、自称・未確認生命体のルームメイトと何だかんだで飛鳥 梓の死の解明を手伝うことになってしまったサスペンスなんちゃってSFミステリーである。
門真歩は限界を迎えていた。汚部屋製造機こと飛鳥 梓がとうとう私の領域を侵したからだ。
飛鳥 梓は白華大学の学生寮の一つである、みのり荘の201号室の住人であり、僕のルームメイトだ。アイツはこの大学の芸術工学部始まって以来の天才と言われており、教授から一目置かれてる私の二年上の先輩である。『天才と変人は紙一重』なんていうが、そんなのは片付けられなくてもいい理由にはならない。だらしがない人間というのは信頼関係に欠ける。
そもそも、私は散々アイツに勧告してきた。
「月末までに部屋をどうにかしないのであれば、私の手で片付けさせてもらう!! 」と。
飛鳥は気の抜けた声で「りょーかーいりょうかーい 」なんて言っていたが、あの日から片付けた様子は全くなく、むしろ共用部であるダイニングの床までビニル袋やペットボトル、脱ぎっぱなしの洋服など汚物で侵食させていった。食事する空間に食べた後のゴミだけでなく、汗や皮脂がついたままの洗っていない汚い服をほったらかしに出来るのがマジで理解できないというか、許せない。いや、許すわけにいかない。
私は自室から大量に買ったゴミ袋の口を広げていくと床に落ちている邪魔なものをポイポイと放り込んでいく。まだ液体が入ったペットボトル、食べかけのお菓子の袋、裏返し状態で放置された片方しかない靴下、何か飲み物を拭いてそのままにしたであろうガビガビのタオル、ぐしゃぐしゃになったプリント類、絡まった充電コード、エトセトラエトセトラ。中には学生証らしきものが落ちており、こんな大事なものまで床に放置しておくとは……と思いながらもゴミ袋には入れず、そのカード状のものからベタっとした粘着質のある汚れを取る。ゴシゴシと擦ってきれいになったかどうか、ただ確認をしただけだった。そうただそれだけのつもりだったのに。
「は? 」
そのカード状のものは学生証ではなく、飛鳥 梓の運転免許証だった。しかし、そこに映っている人間は同室のアイツとは似ても似つかない全くの別人だった。私は慌てて飛鳥の部屋の扉を開けた。ゴミだらけの中、かろうじてあいた空間に存在する布団の上に転がった飛鳥に私は問いかけた。
「おい!!これ、誰だよ!! 」
「やぁやぁ、門真くんじゃあないか。ノックもなしに部屋に入って来るなんて君らしくないねぇ。おやおやぁ、部屋の掃除してくれてるのぉ?別にしなくてもいいのにぃ…… 」
「いやいやいやいや、別にいいのに……ではなくて、前々から全て捨てると事前予告していましたよね?あー、そうじゃない。この免許証、どういうことですか? 」
「おやおやおや、冷静になったのかい。もう少し乱暴な口調の門真くんを楽しみたかったんだけど……、まぁいいか。どういうことも何も、正真正銘、ボクの免許証だ。何を疑問に思うんだい?別に期限切れしてないだろう? 」
はてはてと飛鳥は首をかしげているが、ふざけているとしか思えなかった私は深くため息をつくと、勢いでドカドカとゴミだらけの部屋に入り込むと、横になったままのソイツを無理やり起き上がらせた。
「うげぇー、なんで起こすの? 」
「この男をどこをどう見たら貴方と同一人物になるんですか!そんな粗末な誤魔化し方で私が納得するとでも思ったのですか?」
「誤魔化すって、どっからどう見てもボクじゃない?」
「性別すら違うのに自分のだって言い張れる貴方の神経疑います 」
すると、飛鳥の顔がいつもの緩んだ表情から真顔になっていた。
「今、門真くん、なんて言った? 」
「だから、貴方の神経を疑うと言ったんです 」
「そこじゃない!!性別すら違う?君の目に、ボクはどう見えているんだよ!! 」
「だらしねぇ女。汚部屋製造機。反面先輩 」
「うわっ、ひどい言われよう。そうかぁ、君の目にはボクのこと、そんな風に見えているのか。いつから? 」
飛鳥は何を言っているのだろうか。
「いつからって、私がここに引っ越してからずっと貴方はだらしない奴です。あの時も首回りダルダルの色あせた黒のTシャツに学生ジャージでしたよ。あ、そうそう、私は家族がそういう人種だったので見慣れていますが、風呂から出てきた後、下着姿でフラフラするのはどうかと思いますよ。あと…… 」
「いやー、門真くん、もういいよ。わかった。君、記憶力あるねぇ。そうかそうか、君には最初からボクを飛鳥 梓として認識していなかったんだね 」
私はその言葉に疑問を感じた。認識していないというのはどういうことなのだろうか。
「不思議そうな顔をしているねぇ。ボクからしたら君の方が異質なんだよ。本来、ボクの姿はその免許証の写真の男『飛鳥 梓』として認識されているはずなんだ。ボクに残されたわずかな力で、この文化圏の存在にそう干渉したから。それなのに、門真くん、君にはボクがボクとして見えてしまっている 」
「……貴方は、飛鳥さんではないということなのですか 」
すると、今まで『飛鳥 梓』と認識していたルームメイトは肯定するかのように微笑んだ。
「君は一体何者なんだい? 」
「いや、私はただの貴方のルームメイトだったはずなのですが、むしろ貴方が何者なんですか 」
「この質問にちゃんと返答できていることが異常なんだよ、門真くん 」
目の前のルームメイトはジッと私を見つめてくる。この人は一体何が言いたいのだろうか。
「門真くん、君、もしかして、本当にわかっていないのかい?ボクは途中から、ココでは通じないはずの言葉で話していたのに、君は平然とその問いに日本語で返答していたんだよ? 」
「え、ん? 」
「現在進行形でボクは君には通じないはずの言葉で話しているんだけど、理解できているんだろう? 」
普通なら何を言っているんだ意味がわからないと怒るところなのだろうが、私には実は心当たりがかーなーりあった。幼い頃、突然目の前に現れたキラキラと輝く建築物に不法侵入をしてから、私は耳で外国語を認識できなくなっている。字幕なしでも洋画が吹き替えで普通に見れてしまう。全く学んだことのない言葉のはずなのに、日本語で聞こえてしまうのだ。便利そうに見えるが、私からは今その人が何語で話しているのかわかっていないし、私自身その言語を話せるわけではなく日本語で返答してしまうので、むしろ不便でしかない。英会話の授業で先生にどれだけ怒られたか、もはや思い出せない。
「えーっと、これはうまく説明できない。特異体質というか、なんというか、どう説明したらいいのか 」
「ちょっと待って。君、潜在能力持ちってこと?外星生物と接触したことあるのかい? 」
「がいせいせいぶつ? 」
「エイリアンと言えば通じるかい?ボクはそのエイリアンとの接触を狙っているのだけれど 」
「いや、あの、エイリアンとか空想の生物では? 」
目の前のソイツは、うーんと唸る。
「門真くん、今目の前にいるボクは何だと思ってる? 」
「『飛鳥 梓』を名乗る不審女 」
「あー、いや、間違いじゃないんだけど、んー、非科学的存在を否定しちゃってるから、絶対信じないんだろうけど……。でも、うん、言っちゃうよ。ボク、君たち人類で言うところの『未確認生命体』ってやつなんだよね。君たちの認識していないところで文化を築いている存在なんだけど……、どうやら地球、やばそうなんだよね!!だから、詳しく調べるためにこちらの文化圏に来たわけなんだけど、気付いたら、ボク、君たち人類と同一化しちゃったみたいなんだよね!! 」
ずっとルームメイトだと信じていた人は未確認生命体と言ってきた。舌を少し出して、何故か照れるような素振りをするソイツに私は頭を抱えるしかなかった。