3-04 近衛騎士の剣星様は求婚されたくない~24歳と365日目の出来事
サラ・ミスティルは近衛所属の女性騎士。魔力なしだが剣技の才あって『剣星』と呼ばれている。
ある日、仕えるセレーネ姫が婚約。浮かれた姫様は「サラも25歳の誕生日を迎えるまでにどこか嫁ぎ先かいい人を決めなくては、私、安心してお嫁にいけません!」と、突然の宣言!
姫様のお輿入れに遅れを出す訳にはいかないと、男達の大安売りが始まったサラは困惑。
こんな事なら婚約者の有無を話したりしなかったのに。自分の詰めの甘さに後悔する24歳と365日目の夕刻、最後の求婚者を叩きのめしてエルフの店主がいる馴染みの店へ向かう。
毎年誕生日は幼馴染とプレゼント交換をしているが、今年でもう終わりにしようとサラは考えていた。
「はぁっ!!」
気合一閃で打ち込み台に模擬剣を振り下ろせば、ずん、と共に鈍い衝撃が手のひらに伝わる。
重みも十分。いい手ごたえに合格点を出し、食事へ行こうと片付け始めた。
「よぅサラ! 気合い入ってんな!!」と、隣の打ち込み台を使っていた同僚のギルからぽいっと冷えた水の入った水筒を投げ渡される。
私は受け取った水筒と左手首のアミュレットの警告色を見比べ、無表情でギルに投げ返す。
「いらない。あんたが使えば?」
私は自分で持って来ていた水筒に口をつけてから、頭からかぶってから汗と水分を拭き取ってひと心地をついた。
「おいおい。ただの冷えた水だぜ? ひっでぇな。同じ近衛仲間を疑うのかよ!」
ギルは心外だと言わんばかりで大げさに口をとがらせて、わざと飲むところを見せつけてから私に近づいてくる。
目下の問題はこれだ。
お仕えしているセレーネ姫様がめでたく婚約。その勢いのまま「サラも25歳の誕生日を迎えるまでにどこか嫁ぎ先かいい人を決めなくては、私、安心してお嫁にいけません!」と言い出したものだから近侍達は大揺れ。
さもありなん。お輿入れの日は決まっているのに『家臣のわがままで遅れました』は国の威信にかかわる。
私だってこんな事になるなら婚約者の有無など絶対に話さなかった。自分の詰めの甘さを悔やみ『剣星ミスティルより強い女性騎士が補充されるなら近衛に異存はない』と庇ってくれたヒースディア団長には頭が上がらない。
断り続ける私の様子に痺れを切らした姫様は、とうとうご自分の側近を使い「私の大切な護衛騎士であるサラ・ミスティルの婿を求める。正式に決まった暁には祝いとして私からも栄誉と褒美を遣わす!」なんて発破をかけるような言を王宮中に広めた。
それからは求婚や付き合いを求める男達の大安売りから一変。待ち伏せ襲撃による脅迫未遂(自力で返り討ち)、拉致監禁暴行未遂(監禁されたが傷物にならず)、飲食物への魔法薬混入(同僚が間違えて惚れ薬入りの差し入れを食べ犯人判明)などなど枚挙に暇がないほど。普通の女子なら到底太刀打ちできないだろう、ほぼ犯罪行為紛いの求婚を受ける羽目になっていたが、ようやく今日が私の誕生日で時刻は夕刻。
日付が変わればいつもの日常に戻れる。早く来てくれと私の心は明日を切望していた。
「その水筒に何仕込んだの? 魅了魔法? それとも催眠効果の魔法薬? 確かに近衛の脳筋、サラ・ミスティルには魔法が良く効くって有名だものね」
私は身構えて薄く笑う。私には皆が当たり前に使える魔力がない。
この男が仕込んだものは状況的に死んだりするような毒ではないけど、術にかかれば抵抗するすべがない。私にとっては毒に等しい代物。
頭から疑ってかかる私に、男は図星なのかちっと小さく舌打ちして、
「剣星ミスティルの夫はまだ決まってないんだろ? 姫様の婚儀後に俺達も離縁すればいいじゃないか。なぁ、いいだろ?!」と手のひらを返して、今度は堂々と偽装結婚を提案して私に縋りつく。
嘘ばっかり。尊敬する同僚のフリまでしてくる浅ましさに吐き気を覚える。
男は馴れ馴れしく私の腕をつかもうとしてきたので、私は模擬剣で二の腕をしたたかに打ちすえた。
「って! 何すんだよ!!」
大げさに腕を庇っているが、加減したから青あざ程度だ。
「るさいっ!! 誇り高い近衛は仲間相手にこんな卑しいことはしない!」
大体私の知るギルベルト・オードは華やかな顔とは正反対でクソ真面目な、偽装結婚しようと誘ったりする男ではない。
「確かに……」
私は口角を引き上げてニヤリと笑う。
「私の夫はまだ決まってない。なりたきゃ挑戦する機会をやろう」
腰の模擬剣を片手で引き抜き、冷たい声で切っ先を男の鼻先に向ける。
「剣星ミスティルは自分より弱い男を夫と認めない。故に私より先に一本でも当てたら結婚、ただし私が先に一本取ったら、そのまやかしを解いて自分の所属と名を名乗れ!」
私は模擬剣を構えた。
「さあ、私から1本奪え!!」
気迫のこもった私の声に男は気圧され、狙いがふらついたまま、じり、と一歩引き下がるが、
「う…わぁぁぁーー!!」と、蠅が止まるような遅さで振りかぶって剣を振り下ろす。
軽く受け流し、返す一閃で一本取ると、侮蔑をこめた一瞥を投げつけ足音も荒く訓練場を出た頃、手首に巻いたアミュレットの警告色がようやく透明に変わった。
「ホント、これには随分と助けられたよ。ちゃんとエルにお礼しないと」
練習着から私服に着替え、一つ伸びをして手首に巻かれたアミュレットをランタンの光に透かす。
エル、エルアレインは元冒険者のエルフ族で、引退後は『ゆれる瞳』というちょっと変わった料理と酒を出す店の店主だ。
私が男たちに辟易していると相談したら『これなら魔力のないあなたにも絶対効くわよ!』とエル特製のお守りやらアミュレットをくれた。
エルフの魔法は人間と違い、自然に宿る精霊や妖精の力を借りて魔法にする。だから魔力のない私にうってつけという寸法だ。
城下にある大通りから一本裏道に入り、武器屋の脇にある地下に続く階段を降りる。
看板らしい看板はなく、入口脇に小さく店の名前の入ったランタンが掛けられていて、明かりが灯っていたらお店は営業中。
倉庫のような頑丈そうなドアを開ければ、店内はオークの小さなテーブル席が2つに、年季の入ったオークのカウンター席。
酒場と違って騒がしくもなく、宿もない。エル曰く『健全にお酒と時間を楽しむ酒場』にしたかったのだそうだ。
「エル! 来たわよ!!」
いつもの定位置であるカウンターに座ると、エルが顔を上げた。
「いらっしゃい、サラ。いつもの葡萄酒でいいかしら?」
エルはいつものように綺麗な長い金髪をゆるやかに一つ結びにし、静かな湖水のような青い瞳の眦を下げる。
目立つ長い耳がなければ今年493歳なんてきっと誰も信じない。
「もちろん! エルの顔見たら安心した。ね、今日は何?」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。今日のメニューは魚の和風エスカベッシュに鳥のスパイシー煮込み、じゃがいもと腸詰の炒め物よ」
このお店にメニューはない。お任せ小皿料理3品に2杯までのお酒で銀貨3枚。
追加の料理は銀貨1枚、お酒は種類によって銅貨5枚から。普通の酒場とは全然違うけど、エルの作るものはどれも美味しいから気に入っている。
それに今日は当たりの日だ。だって『ワフー』なんて聞いたことのないメニューだもの。ちょっとわくわくするわね。
「パンもつけてー。稽古後でお腹すいちゃったよ」
私はカウンターにだらりともたれかかり、存分に気の抜けた顔をさらす。
「剣星ミスティル様とは思えない姿ね。お待たせ。一品目と葡萄酒」
コトリ、コトリと薄切りパンにワフーエスカベッシュと葡萄酒が並ぶ。
しかし今日のエスカベッシュは茶色いな。普段のにんじんと玉ねぎの色と違い、まるで傷んでしまったかのような茶色い色をしている。
「もーエルまでそれ言う?」
私は早速葡萄酒の入ったジョッキの半分ほどを一息に飲み、ぷはっと息を吐く。
「あら、姫様がつけた素敵な二つ名じゃない。『流れ星のように速く美しい剣』だって。それで憧れの近衛採用になったのでしょう?」
くすくすとエルは笑う。
「そうだけど。あの二つ名は恥ずかしくて自分で名乗れないよ」
まぁ、さっき名乗ったけどさ。
お腹を心配して、少し緊張しながら茶色いエスカベッシュを口に運ぶ。
「あ、これ美味しい。ちょっと色が悪いけど、確かにいつものエスカベッシュとは違う味だ」
酸味が果実のような酸っぱさなのに、とてもまろやかな味。
それに少し唐辛子がはいっているみたい。
ピリッとした辛みと酸味でいくらでも葡萄酒が進みそうだ。
「ふふふ。新しく『ポン酢』を手に入れたの。いつもは葡萄のお酢と香草だけど、ポン酢は柑橘の酸味とお醤油で作るのですって。不思議な味よね?」
「へぇ。オショーユ。世界にはまだまだ知らない事があるのね」
美味しいと思っても出所は絶対に聞かない。次も出してほしいと希望するのもダメ。
不思議料理はエルの気まぐれで作られ、幸運な者がお相伴にあずかれる限定品。これがこの店のルールだ。
「やっと今日も終わるわ。さぁエルも祝って!!」
「祝って……いいのかしらねぇ」
エルは困惑しつつもグラスに入れた同じ葡萄酒を私のジョッキに合わせる。
「晴れて自由の身。おめでとう、サラ」
「ありがと、エル。これからは穏やかに楽しく護衛騎士生活だよ。安心安全な飲酒に乾杯!!」
「まぁサラったら。やっと縁談が来なくなるからって、女まで捨てちゃダメよ」
「だって本当に大変だったんだよ。何入ってるかわからない食事なんてもうこりごり」
そう。私は食べる事もお酒大好きで、だからこそ毒入りを警戒して好物を控える日々が精神的に堪えた。
日が変わるまであと少しだがエルの店なら絶対に大丈夫だし、今日の待ち合わせ相手も信頼できる幼馴染だ。
「あ、そうだ。エル、これありがとう。本当に助かった」
私はもらったアミュレットの他、男除けお守りや毒無効護符、魅了除けをカウンターに積み上げ、それらとは別の可愛らしい水色のリボンで止められた小さな包みを自分の傍らに置く。
「あら、返すって事は、一応結婚する気はあったのね?」
「まぁね。でもこれは今日を最後にしようかなって、ね……」
私は少し残念そうにつぶやいて葡萄酒を一口飲み下すと、小さな包みを人差し指でつついた。