3-24 あなた方が捨てた私が、本物の聖女ですが…。ま、いっか。
双子の妹ダリアが王子殿下に夜這いをかけた──?
妹の罪を押し付けられ、隣国の好色ジジイに嫁がされることになった魔術オタクのジニア。
向かった先で自立しようと決意も新たに着いた先では。嫁ぐ相手は罪を犯して捕えられ、屋敷は家宅捜索中だった。盗まれたものを探しているらしい。
(ちょっと待ってよ、休ませて)
休息を得るため、騎士たちに協力を申し出るジニアだったが、悪評が届いていて騎士が無礼を働いた。
礼儀知らずを魔術で吹き飛ばしたジニアを、意外そうに見直した隣国皇子は彼女を城へと招くことに。
皇子の元で過ごしながら聞こえてくる故国の噂は、"聖女ダリアが体調を崩し、その役目を担えなくなった"という話。
(ですよね? だって聖女は私ですもの)
魔術師にして聖女。ジニアの真の人生が、いま始まる──。
「さっさと入れ!」
「きゃあっ」
馬車の中に突き飛ばされ、反対側のドアに思い切り身体を打ちつける。
「っ痛……」
「すぐに出せ。ジニアを隣国エトナに届けるんだ」
御者にそう命じる父は外だ。車内は私だけ。
(り、隣国?)
「待ってください、お父様。いきなりどういうことですか?!」
帰宅するなり腕を掴まれ、強引に馬車に押し込められた。
足元には小さなトランク。
何も聞かされていなかった展開に慌てて声をあげると、父ハースト伯爵は冷たい目で私を見下ろした。
「ダリアが、王子殿下に夜這いをかけた」
「はあっ?!」
ダリアとは、私の双子の妹。
「よ、夜這い?」
「そうだ。よりにも寄ってジュスト殿下の部屋に忍び込み、媚薬まで所持して誘おうとしたらしい」
「なななな!」
ダリアが良い男に目がないのは知っていた。でも本命は公爵令息だとばかり……。
それがジュスト殿下に、よ、夜這い──?
思いがけない話とふしだらな内容に、恥ずかしさで顔が染まる。
「でも、どうしてそれが私の隣国行きにつながるのです?」
夜這いをかけたのは妹であって、私は無関係。
ここ数日は魔塔の個室に詰めっ放しで、久しぶりの帰宅だったのに!
「王室と王子自身から、抗議が出たからだ。内々に済ませるにしても、何らかの処罰は必要。幸いにもダリアはお前を名乗って犯行に及んだから、"罪を犯したのはジニア"ということになっている。お前を隣国に追放同然で嫁入りさせることで、話がついた」
「幸いって……」
「当然だ! 国としても我が家としても、"聖女"を手放すわけにはいかんだろう!!」
父の言葉に愕然とする。
つまり父は、"聖女"と呼ばれるダリアを守るため、彼女の罪を私に押し付け家から追い出すと、そう宣言しているのだ。
「いくらなんでも理不尽が過ぎます、お父様! それに"嫁入り"って、相手は誰です?」
「好色で知られるザニ子爵だ。確か今年で六十……だったか。まあそのくらいの年齢だが、貴族の結婚にはままあること」
「私は今年十八になったばかりです! 四十二歳差はいかに貴族家でも、さすがに稀有ですが?!」
「うるさい! 処罰を兼ねているのだ。王家に対してこのくらいの姿勢を見せねば! 平民に嫁がせるよりマシだと思え」
「そんな──」
そもそも私は何も悪くない。
なのに、ダリアの罪を肩代わりして好色爺に嫁がされる意味がわからない。
「状況はわかったな? では馬車を出せ!」
バタンと父が、馬車の扉を閉める。
「っつ! お父様? 私は話をお受けするとは言ってません──。お父様っ!」
勢いよく走り出した馬車は、あっという間に伯爵邸から遠のいていく。
「滅茶苦茶過ぎるわ……」
スピードに乗って乱暴に揺れる馬車の席で、私は呆然と、自分の身に起こったことを反芻していた。
ひとつ確かなことは。
私はダリアの代わりに父に捨てられたという事実。
(父のダリア贔屓は知っていたけれど、ここまでとは……)
双子と言っても、亡き母によく似た容姿で輝くばかりの金髪に華やかな顔立ちのダリア。
一方私は、祖母そっくりの茶髪と黒い瞳。扱いの差は幼い頃から明確だった。
甘やかされ、"蝶よ花よ"と育てられるダリアを横目に、私は常に我慢を強いられた。
ダリアは十六の社交界デビューを機に、そのまま社交に身を投じた。
私はそんな彼女から離れたくて魔塔の研究所を志願し、日夜魔術に明け暮れていた結果。
(私のほうが先に嫁に出されるとはね!)
自棄気味にフンと鼻を鳴らす。
研究道具は魔塔に置きっぱなしだし、論文は書きかけ。
こうなることがわかっていたら、せめて一式持ち出してたのに。
トランクを確認してみれば、着替えが数着、乱暴に放り込まれているだけで、路銀というべきものは僅か。これでは相手の家につかない限り、数日で野垂れ死んでしまう。
(普通、持参金とかいろいろ用意するものじゃないの?)
仮にも伯爵令嬢の結婚とは思えない。
御者は父の言いつけ通り、脇目もふらず馬車を走らせている。
今日中に国を抜け、明日には隣国に入るつもりらしい。
「はぁぁ……」
溜息が出た。
──"聖女"を手放すわけにはいかん──。
あの時、父はそう言った。
(その"聖女"は私なんだけど……)
ダリアの頼みで、何度か彼女のフリをして"聖女"の真似事をした。
はじめは「孤児院の子ども達と約束したから、喜ばせてあげたい」という言葉に、得意の魔術で"奇跡"を演出した。
金髪に、目の色まで碧に見せたダリア姿で虹を作り、その虹を降らせて怪我をした子どもの傷を癒したことから、"虹の聖女"と呼ばれるようになったけど。
今思えば、ダリアがそんな殊勝な思いで行動するわけがなかった。彼女には思惑があったのだ。
偶然にも、虹の奇跡は権威ある人物の知るところとなった。
そう、大神官だ。
大神官はダリアを"聖女"と祭り上げ、気を良くした彼女は真実を話すことなく、その称号を受けた。
称号を受けてしまった以上、発覚すれば国を欺く大罪として、家族全員が罰せられる。
以来私は、魔塔の研究員と"虹の聖女"を兼任してきた。
嘘をつく重責に耐えながら。
(そっか。つまり私はもう、嘘をつかなくて良いんだ)
私が魔塔に引きこもっているのを良いことに、ダリアは"名声は自分、悪評は私"と振り分けるように行動した。
私の名前を騙って好き放題をしていると知ったのは、"ジニアは好色だ"という噂が広まり切った後だった。
歩けば低俗な男たちが、身体を狙って寄ってくる。
私はますます魔塔に籠り、以下、悪循環。
嫁ぎ先のザニ子爵も好色だと言うけれど、噂には私の例もある。
それに実際好色だったとしても、私には様々な魔術がある。
(幻覚で満足させて、朝まで昏倒させておくとかね)
そんなふうに肌には指一本触れさせず、妻としての夜を務める方法だってあるわけで。
(ちょっと気が楽になって来たかも)
嫁ぎ先についたら、まずはゆっくりと疲れをとって……。
(へそくりを貯めて、さっさと家を出ちゃうのも有りね)
魔術があれば、仕事にもありつけるだろう。
そう切り替えて国境を越え、ザニ子爵家についた時。
私はいきなり、計画の変更を余儀なくされるハメになった。
ザニ子爵の屋敷に騎士たちがひしめき、門はがっちりと閉ざされていたからだ。
「えぇぇ? 立ち入り禁止って、何ですか?!」
慌てて見張りの騎士に尋ねてみれば。
「子爵は罪を犯し、現在家宅捜索中だ。子爵が盗んだものを探している。中に入れるわけにはいかん」
"私は隣国から、はるばる子爵家に嫁いできた嫁です"と泣き落とし、どうにかそれだけ聞き出すことが出来たけども。
馬車は私を放り出してすぐ、父の元へと折り返している。
実家に帰る路銀もなく、何より二晩走り抜け、私はクタクタに疲れ切っていた。
今すぐにでもどこかに倒れ込んで爆睡したい。
「何をお探しかは存じませんが、私はロダン国魔塔の"魔術師"です。探索術も使えますので、お力になれるかもしれません。どうか上の方に、お取り次ぎ願えませんか?」
エトナよりロダンのほうが、魔術水準は進んでいる。
ロダンの王族が魔術好きで、研究開発費を長年投じてくれたおかげだ。
騎士は少し迷っている様子だった。
子爵家に詰めて何日目かわからないが、成果が上がらず停滞を感じていたのだろう。
同僚騎士と相談した結果、責任者を呼び出すには恐れ多いからと、監視付きで私を入れてくれることになった。
敷地内に進むと、なるほど家中をひっくり返す勢いで、庭に家具を出し、懸命な捜査を続けている様子。
従事する騎士や兵たちが殺気立っている。
「そなたが嫁いできたというご令嬢か。悪いが取り込み中だ。要求には応じられない」
急に若い声が降り注いだ。
玄関ポーチに身分の高そうな青年が立ち、私を見ている。
(彼がこの場の責任者?)
「お初にお目にかかります。ジニア・ハーストと申します。この度、ザニ子爵のもとに嫁がされましたが、こちらでは予期せぬ事態が起こっておりました。仔細存じませんが、私は物を探す魔術に長けております。今夜こちらで休む許可をいただけますなら、お探しの品の探索、微力ながらお手伝いさせていただきます」
「…………」
スカートの端を持ち上げ礼を執るも、相手は無言だ。
ふいに、近くにいた別の騎士が、私に掴みかかろうとした。
「なぜこんな女を通した。邪魔にしかならんだろう!」
私の魔術発動速度は、国でも有数の域。
いきなり襲い掛かった騎士を、瞬時に風で弾き飛ばす。
「挨拶代わりに乱暴を働こうとは! エトナの騎士は礼儀も知らぬのですか!」





