3-19 悪役令嬢メーカー~初見プレイで特性「転生者」持ちの娘に挑戦~
【この作品にはあらすじはありません】
ゲーム友達のマヒロと、私の個人用仮想空間でヴァーチャルゲームショウの戦利品を確認していた時、それを見つけた。
すこし勝気そうで、かわいい女の子のイラストが描かれた二つ折りのプラスチック容器。とても古いタイプのゲームパッケージ。
まだゲームが光学メディアとして物理的に流通していた頃のものだ。私もマヒロもけっこうなゲームオタクではあるが、この世代のゲームを実機でプレイしたことはない。
「あっ、イズミもそれ気になる?」
マヒロが楽しそうにしているということは、おそらく面白いゲームなのだろう。私に合う面白さかどうかは、まだ分からない。
「どういうゲームなのさ」
パッケージに書かれたタイトルは『悪役令嬢メーカー』。
……本当にどういうゲームだこれ。
「昔のゲームのパロディで『お嬢様を立派なレディに育てる』んじゃなくて『立派な悪役令嬢に育てる』のが目的なんだって」
「レディじゃなくて悪役令嬢、……どう違うの?」
「悪役令嬢、ってイメージできる?」
「それは、まあ」
キャラクターの類型の一つだ。細かい経緯は知らないが、一つのジャンルとなるほどに流行したらしい。
「元ネタは良い子に育てるのがゲームの目的だったけど、こっちは『メインヒロインのライバル』として活躍できるように育てるのが目的なの。良い子でもつまらない子じゃダメ、ってこと」
聞いた感じ、面白そうだ。これは私と合う方のセンスにビビッときたらしい。
「一緒にやってみる?」
「できるならやりたいけど、対戦みたいなモードがあるの?」
「それもできるけど、アタシは協力プレイが良いな」
複数人で一体のキャラを育てられる、ということだろうか。あまり聞かない形式だ。まあ、やってみれば分かるか。
「それじゃ、行こう」
パッケージを開くと、光る円盤が回転しながら飛び出した。光学メディアから溢れる光の奔流が私たちを包む。
視界から光が消えると、マヒロの姿が別のアバターに変化していた。同じ仮想空間エンジンを使用している、別のゲームで作成したキャラクターのものだ。外部ツールを利用してまで髪の柔らかい質感にこだわったものだ、と聞いたことを覚えている。
マヒロがあの姿ということは、私はプリセットを少しいじっただけのモブっぽいアバターに代わっているのだろう。私はそういうところにこだわりがない。
「ようこそ、異界からのお客様」
頭上から少女のような声がした。石造りの遺跡、のような空間に光の玉が浮かんでいる。
「わたくしはナビゲイト。この世界をご案内し、儀式の進行をお手伝いさせていただきます。どうぞよろしく」
「……儀式って何だ?」
説明書の類をろくに読まず起動したから、何がなんだかさっぱり分からない。
「メタ視点でお話すべきでしょうか?」
「アタシたち、これがどういうゲームかあんまり知らないから、ロールプレイはそこそこでよろしく」
「かしこまりました。ゲーム内の世界では、本ゲームの目的が『世界を存続させるための儀式』という位置付けとなっております。育成がうまくいかず、プレイヤーの皆様方に楽しみを提供できなければ、この世界は消滅してしまう。そういう設定です」
「いきなり飛ばしてくるなあ」
「それでは、令嬢の召喚に使用する記憶の欠片を選択してください」
データ操作用のウィンドウが目の前に現れた。ゲームに紐づけたオンラインストレージが表示されている。
「それは、メタな言い方をすると?」
「育成キャラを生成するためのシード用データをご用意ください。そちらに表示されるタイプであれば、どんなデータでも対応可能です」
「はい了解」
どれにしようか、と自分の保存しているデータを見る。好きな音楽、昔撮った写真や動画。……これなんか、面白そうだ。
現実で撮影した写真から、昔キャンプに行ったときものを選んだ。どういうお嬢様がでてくるのだろう。
「これでお願い」
「召喚器、もといキャラクター生成エンジン、起動します」
ナビゲイトがデータを受け取り、祭壇のような箇所へと持っていく。その周囲に立った四本の柱から、データへ光が注がれる。
「こちらが、生成されるご令嬢となります。続行されますか?」
光の中からナビゲイトが戻ってきた。私たちの眼前に浮かんでいるのは、キャラクターのステータスウィンドウ、らしい。
現在表示されているのは「素質」のページ。
筋力、知覚、生命力、魅力、知力、敏捷、運の七項目が、1から10までの値で評価されている。
一番高いのは、筋力の10。
一番低いのは、知力の3。
「うわ、すっごい脳筋」
「……舞踏会よりも武道会の方に出たがりそう、かな」
フィジカル系の生命力、敏捷もそれぞれ7、8とかなり高い。これが「悪役令嬢を戦わせるゲーム」だったらうれしいステータスではある。
「ナビゲイト、この数字はどう解釈すれば良い?」
「おおよその考え方としては、5が平均値。10も1も、人間の枠にギリギリ収まる程度だとお考えください」
「じゃあこの子、鍛えれば人類最強になれるんだ」
「そういうゲームじゃないだろ、これ」
悪役令嬢というと、気に入らないメインヒロインに取り巻きを使って嫌がらせ、みたいなムーブが思い浮かぶ。
しかしこのステータスの持ち主は、そんなまどろっこしいことをしないだろう。性格にもよるが、気に入らない相手には直接それを伝えるはずだ。……物理というか、ボディランゲージ的なあれで。
「ヒロインの娘、大丈夫かなこれ。圧倒的なパワーで粉砕されない?」
「そこは問題ございません。ヒロインも悪役令嬢の性質に合わせて生成されますので」
「いいね、面白そうじゃんこの子」
「いや、確かに面白いだろうけどさ。……悪役令嬢やれそうに見える?」
「大丈夫だって。パワー系悪役令嬢もいたらしいから」
「嘘ぉ!?」
私が、悪役令嬢というジャンルを舐めていたようだ。多様過ぎる。
「……他のページも見てから決めよう」
ページを切り替えて表示されたのは「技能」。
この子の得意なことは、サバイバル。狩猟、採集、調合など、人間社会の外で生きていくためのスキルが揃っている。
「……もうこの子、野に放とう。宮廷とかで窮屈な思いをするよりも、その方が幸せだって」
「えーっ」
「もしかして、野生児とかそういう系の悪役令嬢も」
「いるらしいよ。だから大丈夫、いけるいける!」
まだステータス情報は2ページある。一応それを全部見てから決めよう。
次のページは「特性」、数値では表せない個性が表示されている。
特性「転生者」。能力の上昇率が強化される代わりに、悪役令嬢らしい行動を忌避するようになる。
……悪役令嬢を育てるゲームだよね、これ。悪役令嬢やりたがらなくなるって、どうやって育てれば良いんだ。
「これ、無理でしょ」
「ナビちゃん、いきなり『転生者』って難しい?」
「『転生者』はキャラクターの判断に影響を与える特性ですが、知力が低いキャラに付与されているのであれば大きな影響はございません。簡単に丸め込めるチョロイン、みたいなものです」
「初期ステータスの高さもあり、むしろ育てやすい」とナビゲイトは付け加えた。
マヒロは「面白いから」で滅茶苦茶な選択肢を選んだりするタイプだ。ネタ方向に振り切ったこの子で行きたい気持ちも分かる。それでも最初は、もう少し普通寄りの子が良い。
最後のページは「外見」、キャラクターのビジュアルが表示されている。
未就学児くらいの年齢だろうか。ぷくっとした頬、大きな眼、マヒロのアバターにも負けない柔らかな髪。
「マヒロはいつか、こんなことを言っていたな。自分の感性が『面白い』と感じるなら、それは正しい選択肢なんだって」
「え、うん」
「私も、基準は違うけどそう思うことがある。……『かわいい』は、正しい。この子で行こう」
「えっ」
「脳筋だろうが野生児だろうが多少育てにくかろうが、このかわいさなら許せる!」
「良いの!?」
「良いんだ! むしろバカな子ほどかわいい!」
私は、この子のやる「バカなこと」が見たくてたまらない。
「いや、そこまでバカじゃないでしょこの子。知力が平均以下っていっても、3ならそこまでひどくないはず」
「なんならもっとバカでも良い!」
「えぇ……」
マヒロは急に気がすすまなくなったらしいが、それでも私はこの子が良い。
「……まあ、イズミがそれで良いなら」
「よし、決まり! ナビゲイト、この子で続行してくれ!」
「かしこまりました」
ステータスウィンドウが、祭壇の光の中へ戻っていった。雲のように広がっていた光の粒子が、一点へ収束し輝きが増していく。
「生成シークエンス、最終段階」