3-15 東雲一高eスポ部っ!
廃校の危機に瀕する私立東雲学園第一高校。そこに入学した天才ゲーマーと天才ハッカー、そして敏腕マネージャーがチームを組み、学園の知名度を全国区へのし上げていこうとするスポ根×青春×ラブコメティ。果たして3人の天才は高校eスポーツの頂点に立ち学園を救えるのか。
「ねえ伊勢木、eスポーツに興味ないかしら?」
伊勢木大牙は頬杖をついたまま声の方に目を向けると、東雲沙羅のくっきりとした二重の目が見下ろしていた。
形の良い唇は笑みを浮かべている。
「あら、わたくし相手を間違ったかしら?」
小首を傾げると、肩に掛かる艶やかな髪の毛先がさらりと落ちた。
お嬢様風の言葉づかいは、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「自己紹介でゲームが趣味と言っていた伊勢木ですわよね?」
「ああ、そうだけど……」
「入りたい部活は帰宅部と?」
「ああ、言ったな」
「そんな貴方に、ピッタリの部活動がありましてよ?」
「断る!」
沙羅は人差し指を顔の前でピンと立てウインクしたまま固まった。
「ええー!? わたくしまだ全部言い終わっていないですのにー? eスポ部ですわよ? きっと楽しいですわ。それに伊勢木は見た目の雰囲気は良いのですから、きっと女子にモテますわよ?」
「俺は帰宅部希望。それ以上の説明は不要だろ! だいたいプロゲーマーを目指すなんぞ愚者の所業。アイドルより狭き門だろ?」
「誰もプロを目指せなんて言ってません。それに……えっと……あのですね?」
「何だよ」
「伊勢木の見た目が良いと言いましたが……あくまでもそこそこレベルという意味で……アイドルを目指せるほどのものではないと……」
大牙の額にピキッと青筋が立つ。
「俺が言いたいのはそこじゃなーい!」
大牙は机を叩いて立ち上がった。
休み時間のざわめきが一瞬にして静まったことに気付き、咳払いして座り直す。
「そもそもこの学校にeスポ部なんてあったか?」
「これから作るのですよ、このわたくしが!」
なぜか胸に手を当て誇らしげに言う沙羅。
「わたくしはこう見えてもこの学園の理事長の孫娘ですの。その気になればお金に糸目をつけず何でもやれますのよ?」
「へー、そうなんだー、すごいねー」
「なぜ棒読み口調ですの? まさかわたくしの言うことを信じていないと? いいわ伊勢木、一高の正式名称を言ってご覧なさい」
「東雲学園第一高等学校……あー、たまたま学校名と名前が一緒だから、ちょっとそういうことを言ってみたい年頃というやつだな?」
「人を中二病患者のように言わないでもらえるかしら?」
唇をとがらせ、沙羅は『うーん』と唸りながら大牙の机の周りをグルグルと回り始める。そして3周ほど回った時に何か名案が思いついたようにポンと手を叩いた。
「今から学校職員しか知り得ない伊勢木の個人情報を皆の前で発表することで、わたくしが本当に理事長の孫娘であることを証明してみせますわ!」
「えっ? おまえ何を言って……」
大牙が目を丸くして振り向くと、沙羅は背中を向けてどこかに電話をかけているところだった。
しかしその通話は一方的に切られたようだ。
「個人情報を私用目的で使うなど言語道断と、御爺様に叱られましたわ……ぐすっ」
沙羅が目に涙を溜めてガックリと肩を落とす様子を見た大牙は、この『お嬢様』は絶対に関わってはならないタイプの相手だと確信した。
放課後、帰り支度をしている大牙の元に二人の男子生徒がやってきた。
「大牙氏、一緒に帰ろうぞ」
「うふふ、大牙お疲れー。一緒にかえろー」
ふくよかな体型のメガネをかけた丸山と、中性的な雰囲気の志乃原。二人は大牙と帰りの電車が同じ方向ということもあり、それならば一緒に帰ろうと約束していたのだ。
何気ない日常会話を交わしながら昇降口を出ると、上級生による部活動の勧誘合戦が繰り広げられていた。
「どうする大牙氏?」
「ここは正面突破だろ!」
「うふふ、だよねー」
三人はいずれも帰宅部希望。上級生による声かけをガン無視し、丸山、大牙、志乃原の順で正門へ向けて走り出す。
しかし道半ばで大牙の足が止まった。
色とりどりのユニフォーム姿の上級生の列に混じり、一人制服でビラ配りをしている1年女子の姿を見つけてしまったのだ。
「伊勢木ーっ、こちらですわー」
アイドルのような華やかさをまき散らし、沙羅が満面の笑みを浮かべて手を振った。
周囲の男子生徒の視線が大牙に突き刺さる。
「大牙氏、ワシら先に帰るわ」
「うふふ、お幸せにねっ」
丸山は鬼のような形相で、志乃原はカレシの浮気を目撃したカノジョのような表情で大牙を見ている。
「い、いや、ちょっと待て!」
大牙の言い訳を聞く耳持たず、二人は正門に向かって走り去っていった。
大牙は集団から離れた場所まで沙羅を連れていき、そこで息巻いた。
「おまえいい加減にしろよ! やっと……やっと……俺にも友達ができそうだったのに……こう見えて俺は友達づくりが下手くそなんだよ!」
「承知していますわ」
「……は?」
「伊勢木大牙16歳。7月13日生まれ血液型はAB型。11歳にして小学校の校務用PCサーバーに侵入。中学ではタブレットPCのセキュリティを解除。そして市内全域の学校関係のサーバーを書き換えた。なかなかのやんちゃ振りね。貴方にとってこの世界のすべてはゲーム……みたいなモノなのですか?」
大牙は一瞬にして顔面蒼白となった。
「不幸なことに、日本ではハッカーといえば犯罪予備軍として疎まれる存在。ましてや若くして才能を発揮する者は異端児として社会に警戒される。本当に生きづらい国ですわ。さしずめ一高に入学したのも地元の目から逃れるためではなくて?」
「おまえ……俺を……脅すつもりか?」
「とんでもない。わたくしは貴方の才能を欲しているのです。わたくしと一緒にこの学園を廃校の危機から救ってくれませんか?」
「廃校……の危機?」
「ここは今や何の特徴も魅力もない学校。大人達が伝統という傘の下にあぐらをかき、時代のトレンドをつかみ損ねた結果ですわ。そこでわたくしはeスポーツに目を付けたのです。一高の名を全国に知らしめるために内部から改革するのですわ」
大牙は額に手を当てて息を吐く。指先が微かに震えている。
「悪いが、俺はもう二度とPCに触らないと誓ったんだ。だからそういう話なら……他を当たってくれ……」
大牙はそう言い残し、逃げるように駆け出した。
帰宅すると、リビングの大型テレビの前では小学生の妹がゲームをやっていた。大小様々なカラーボムと呼ばれるペンキ入りの水風船をマシンガンやバズーカ砲に詰めて打ち合う、4人対4人のオンラインシューティングゲームだ。
「ごめーんお兄ィ、またC帯に落ちちゃったー」
兄姉で一つのアカウントを共有しているため、妹が遊んでいるうちにランクが下がり、大牙が元のランクに戻す。この状況は互いにとって具合が良いのである。
「あ。お兄ィー。ラギさんがログインしたよ? はい、やるでしょ?」
「お、おう」
妹からコントローラーを受け取り画面を見ると、フレンドの『Ragi』がログインしたことを知らせる通知が表示されている。正直な話、今日はあまり気が乗らないのだが……勘の良い妹に無用な詮索を受けたくはなかった。メッセージを送ると、Ragiがチームに加わった。
Ragiは遠距離砲の名手で、近接武器を得意とする大牙との相性が良い。援護が欲しいタイミングで理想的な方向から援護射撃が決まる。パズルのピースがはまっていくような感覚は、PCに触れているときのものと似ていた。
気付いたら1時間が経過していた。今日の戦績は10戦10勝。B帯の中位ランクまで上昇した。不確定要素の多い対人戦においてこの勝率は奇跡に近い。
『ありがとうございました』とメッセージを送り、ゲームのコントローラーを妹に預けた。
「俺……本当にゲームが好きなのかな?」
「え? お兄ィー何か言った?」
「何でもない」
大牙はソファーにもたれ掛かった。
翌朝、大牙は教室に入るとすぐに丸山と志乃原の姿を探した。
そこでまた沙羅の邪魔が入る。
「伊勢木おはよう。わたくしと付き合いなさい」
「はっ?」
心臓が跳ねた。
「間違えましたわ。放課後電脳室に付き合いなさい」
「おまえ、わざとだろ!?」
「あら、何のことかしら?」
とぼける沙羅の肩越しに、丸山と志乃原が恨めしそうな顔が見えていた。
大牙は大きくため息を吐く。
「俺は手伝う気がないと言ったはずだが?」
「逸材を見つけたのですよ、逸材! プロフィールを聞けば、きっと伊勢木も気に入りますわ!」
「俺の言葉はガン無視かよ!」
「如月拓也。プロゲーマーを目指して専門学校への進学を希望していたが、両親に反対され自暴自棄となり、一高に入学するも未だに出席せずに引きこもっている」
「きさらぎ? また珍しい名字だな。おまけに引きこもりかよ!」
「そんな彼の身を案じたわたくしは、昨日の放課後自宅に突撃しました。でも本人との対面は叶いませんでしたわ」
そりゃそうだろうと、大牙は思った。
「でも、ゲームの中でなら話しても良いということになりまして、ならばゲームで対戦してわたくしが勝てば、eスポ部に入るという契約をとりつけて来ましたの」
大牙の心臓が跳ねた。
「おまえ、俺に何をさせるつもりだ?」
「電脳室のPCをハッキング……なんて冗談ですよ? 管理者権限のIDとパスワードは正規ルートで入手済みです。伊勢木はただ、初めてゲームというものに挑戦するわたくしに勝ち方を教えてくだされば良いのです!」
沙羅は人差し指をピッと立てウインクした。
「東雲……無理ゲーって言葉を知ってるか?」
大牙がため息交じりにそう言うと、沙羅は微笑みながら首を傾げた。





