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3-13 ぼくの異世界もふもふ冒険記

母親に怒られた小学三年生の悠太は、神隠しにあうという戌鳴神社に一人で来ていた。

そこで出会ったのは、もふもふの巨大な片目犬、ポチ。

家に帰らない決意の悠太は、ポチに異世界に連れて行ってもらうのだった。


初めて見る異世界に悠太は目を輝かせる。

しかし怖い目にも遭い、だんだんと家族が恋しくなっていった。


「家に帰りたいよ……お母さんに、妹の由奈に会いたいよ……うわぁあん!」


元の世界に帰るには、奇跡を起こす三種のアイテムが必要で、所有する三国の王から分けてもらう必要があった。

王の出す無理難題をポチや仲間と一緒に解決していく。

しかし、悠太が父と慕う仲間の一人が、悠太を庇って命を落とすのだった。

三種のアイテムを手に入れた悠太は、一つの選択を迫られる。


元の世界に帰るか、仲間を生き返らせるか。


悠太は悩んだ末、帰ることを諦めて仲間を生き返らせる。

実はその仲間は、悠太の実の父親で──

「お母さんなんて、だいきらいだ……!」


 悠太はぐしぐし泣きながら、家の近所にある神社の境内でうずくまっていた。夏といえど、午後八時近くにもなると、かなり暗くなっている。

 小学三年生の悠太が一人で外にいるべき時間でないことは確かだった。


「う、ぐす……きらいだ……」


 今日、悠太は母親に怒られっぱなしだった。


 朝はもっと早く起きなさい。

 ご飯は集中してしっかり食べる。

 ほら、またお茶をこぼして!

 ぼーっとしてるからよ!

 動画ばかり観ない。

 夏休みの宿題はやったの?

 冷たいものばかり飲んじゃダメ。

 外で遊んできなさい。

 帽子はちゃんと被りなさいって言ったでしょ!

 手は洗ったの?

 うがいもちゃんとしなさい!

 ドアは開けたらちゃんと閉める!

 ちょっとお手伝いしてくれる?

 足を机の上に置かないの!

 ちょっとだけ由奈と遊んであげてくれない?

 そんな顔しないの、かわいい妹でしょ!

 トイレの電気つけっぱなしよ、もったいない!

 ゲームはもうやめなさい!

 それは、ねぶり箸って言ってやっちゃダメなことなのよ。

 人が話をしているときは、ちゃんと目を見る!

 あ、これ悠太のおもちゃだったわね。ちょっと由奈に貸してあげてね。

 嫌だなんてわがまま言わないの!

 いい加減にしなさい、お兄ちゃんでしょ!

 妹には優しくしてあげなさい!

 あ、悠太!! どこ行くの!!


 悠太は母親の小言を一日中我慢していたのだ。

 しかしお気に入りの合体ロボのおもちゃを、妹の由奈のよだれでベトベトにされた時にはもう、ついに許せなくなって家を飛び出していた。


「お母さんは、ぼくのことなんていらないなんだ……だからぼくをいじめるんだ……!」


 ひぐひぐと喉を鳴らしながら、悠太は溢れる涙を袖で拭う。


「どうした、坊主」


 暗闇のどこからか、声が聞こえた。

 じゃりっという石を踏む音がして、悠太は声の主を探そうと顔を上げたが、暗くてよくわからない。

 いつもは夜でも汗が流れるほど暑いのに、ここはなんだかひやりとした風が吹き抜けた。


「そろそろ帰った方がいいぞ。じきに戌鳴きが始まる」

「犬が……?」


 そういえば、と悠太は思い出す。

 ここは戌鳴(いぬなき)神社。


 悠太、戌の刻に戌鳴神社に行っちゃ、ダメだからね。


 口うるさい母親が、いつも以上に口をすっぱくして言っていた。

 戌の刻というのは、午後七時から九時のことだと教えられて理解している。


 その真ん中の八時に、戌が鳴くのだと。


 戌が鳴く時間に一人で境内にいると、神隠しにあうという伝説がある……そんな馬鹿馬鹿しい話を、母親は真剣にしていたのだ。

 悠太もその話を初めて聞いた時は怖かったが、今はもう立派な小学三年生。

 夜に子どもを外に出さないための、ただの作り話なのだろうとわかっている。


「知らねぇのか? この神社では戌の刻に──」

「知ってるけど、そんなのはただの作り話だよ。だってぼく、近所に住んでるけど八時に犬が鳴いている声なんて聞いたことないもん」

「時間に誰もこなかったか、一人じゃなかっただけかもしれねぇよ」

「じゃあ安心だよ。おじさんがいるから、ぼくひとりじゃない」

「おじさ……まぁいい。坊主にゃ俺の姿が見えてねぇもんな? 許してやる」


 じゃり……じゃり……と足音が近づいてくる気配を悠太は感じた。

 なのに、どう目を凝らしても人の姿は見当たらない。


 悠太ぁ、悠太ー! とどこかで叫ぶ母親の声が聞こえてきた。


「……お母さんだ」

「あの声は──そうか。よかったな、坊主。母親が迎えに来てくれてよ」

「行かないよ。ぼく、もう帰らないって決めたんだ」

「おいおい」

「妹の由奈ばっかりで、ぼくは意地悪しかされない……ぼくはいらない子だったんだよ!」

「はぁ、やれやれ」


 じゃりっと悠太の目の前で小石が動いた。

 そう、小石だけ(・・・・)が。

 視線を上げても誰もいない。なのに、誰もいないところ(・・・・・・・・)から、声が聞こえてくる。


「じゃあ、消えるしかねぇな」


 低くなった男の声に、悠太はぞくりと背筋を凍らせた。


「ぼ、ぼく……やっぱり帰……」

「もう遅い」


 悠太の視界は、突如現れた漆黒の艶やかな毛並みで埋め尽くされる。

 見上げると、顔だけで悠太の背丈はありそうなほどの巨大な、黒い犬。左目には大きな刀傷のようなものがあり、片目しか開いていない。


「うわ……ああ……っ」

「後悔しても遅い。そう、俺こそが戌鳴神社の伝説である八代目の──」

「わんちゃんだーー!!」


 悠太は飛び上がって喜ぶと、伏せをしている巨大犬の首元にバフンと抱きついた。


「わーー、もふもふー!」

「こら、くすぐったい!」

「顔おっきー!!」

「普通は怖がるとこだぞ!?」

「すっごい、かっこいー!!」

「フフン、まぁな」


 耳をピンと伸ばして誇らしげな巨大犬に、悠太はその耳を引っ掴んでよじ登る。


「あ、こら、耳を掴むのは……っああくそ、騎乗しちまいやがった……っ」

「悠太、悠太ーー!!」

「あ、お母さんが来ちゃう! 逃げて!」

「なんで俺がお前の言うことを………まぁいい、どうせ連れて行く決まり(・・・)なんだ」


 巨大犬はそう言ったかと思うと、体を起こし月に顔を向けて。


 アオーーーーーーーーーーーーンッ


 夜の町全体に響くような見事な遠吠えを、厳かに放った。

 その瞬間、悠太の視界は大きく歪み、眩い光に照らされる。

 七色の光のトンネルが現れて、片目の巨大犬は恐ろしい速さでそこを駆け抜けていった。


 そして気づけば悠太は、太陽の光がさんさんと降りそそぐ、砂漠のオアシスにいたのだった。


「着いたぞ。降りろユータ」

「あれ、ぼく名前言ったっけ?」

「お前の母親がさんざ叫んでいただろう」

「そっか」


 悠太はもふもふとしながら降りると、彼はシュッと人の形になってしまった。耳と尻尾だけは残っていたが。


「えー、つまんなーい!」

「つまるな!」

「おじさん、犬になってよ」

「この姿を見ても、まだおじさん言うか!?」

「大人の年なんてわかんないもん。何歳なの?」

「四十五だ」

「おじさんじゃん……」

「俺は何百年と生きる種族の、四十五歳だ! まだまだひよっこだ、ひよっこ!」

「なんだ、ぼくと同じ子どもか」

「大人になるのは早いんだよ……!」

「じゃあおじさんのこと、なんて呼べばいいの?」

「名前はお前が決めてくれ。耳を掴んで騎乗した者が、新しい名前を決める決まりだ」

「へぇ。じゃあポチ」

「ああああ、お前ら親子の名付けセンスときたら……!!」

「ぼくの名前、そんなに変?」

「いーや、お前はいい名を付けてもらってるよ」


 頭をガシガシと掻きながら息を吐くポチを横目に、悠太は改めて周りを確認する。

 砂丘は激しい日差しによって金色に輝き、その砂の粒々は風に吹かれて波打つように舞い上がっていた。

 真夏の日本とはまた違った、皮膚を刺すような太陽光にカラカラの空気。


「ねぇポチ、ここはどこ? エジプト?」

「エジプトじゃねぇ。そもそもお前らの世界じゃないからな。お前ら風に言うと、『異世界』ってやつだ」

「異世界! 今アニメで人気だよね!」

「それは知らねぇよ」

「わぁ、ぼく、異世界に来ちゃったんだぁ……!」

「っふ。二度と家に帰れなくても、そんな顔していられるか?」


 ニタァ、と片目のポチが笑うのを見て、悠太は母親の顔を思い出した。

 いつも怒ってばかり、小言ばかりの母親の顔を。


「いいよ。ぼく、もうお母さんの顔なんて二度と見たくないって思ってたんだ!」

「ほう。潔いな」

「頼まれたって、帰ってなんかやるもんか……! ぼくはもう、ここでポチと暮らしていくから!」

「子どもは無邪気だな……意味わかってんのか?」

「ポチだって子どもだろ」

「俺は大人!」


 ポチは長く黒い髪を風に揺らした。浅黒い肌に、片方しかない氷のような瞳。

 身長は学校で一番背の高い先生と同じくらいだ。

 目つきは悪いし言葉遣いも良くないけれど、第一印象がもふもふだったせいか、ひとつも怖くはない。


「ねぇ、ぼくこの世界を探検したい!」

「まぁ、お前が帰りたいと泣き叫ぶまで、付き合ってやるよ」

「そんなこと言わないよ!」

「ならそれでいい。簡単に帰れると思われても、困るからな」


 ポチはそう言いながら、人型から犬型へと変身する。

 首だけで乗れと合図された悠太は、その背中へとよじ登った。


「まずは俺の仲間のところに案内する。嫌だと言っても隠した(・・・)者は連れて行く決まり(・・・)だがな」

「ポチの仲間? もふもふ!?」

「まぁな」

「行く行くー!!」

「しっかり捕まってろ! 隠された意味をわからせてやるから、覚悟しとけ!」

「もふもふー!」

「緊張感ねぇな!?」


 悠太を乗せたポチは、砂漠を飛ぶように走っていく。

 このあと待ち受ける困難など知る由もなく。

 悠太は風を受け、ポチのもふもふを堪能しながら期待に胸を膨らませていた。



 ──これは悠太が家に帰るまでの、出会いと別れ、友情と成長の物語。

 そしてポチとの壮大な冒険の記録である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは壮大な物語の導入としては完璧ですね(´艸`*) 少年の成長の物語、想像してしまいます。
[良い点] 悠太君の、長子あるあるに頷きつつ(お母さんも悠太君が大事なのは読んでてわかるけど、子供にはわからないから辛いよね……)、戌鳴の正体を見て「わんちゃんだー!」にぎゅっと心をつかまれました。か…
[一言] もふはいいですねぇ(*´꒳`*) 無邪気な少年ともふ。ポチはいろいろと含めて話をしていますがまったく通じておらず、ストーリーが深刻になりすぎないのがよかったです。 ポチの言葉の真意、あらすじ…
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