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魔法使いは電気羊の夢を見る  作者: 明透(めい とおる)
序章 魔法使いは夢を見ない
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第四話 別の世界

少しすると雲を抜ける。広がるのは雲海とそれをどこまでも遠く照らす太陽だ。

真っ白に見える大きな星は目が潰れそうなほど眩しい。


雲でできた水平線が白と空を分けている。雲は太陽の光を受け神々しい濃淡が現れており、空はこの世界でも果てしなかった。

水平線、基境界線の傍は白いが、上にいくにつれ大地を星ごと宇宙が飲み込もうするような暗がりのある青をしている。この世界にも太陽があるなら目を凝らせば他の星も見えるのだろうか。

はっと思いぐるりと見渡す。


「月もある…」

「朝も夜もある」

「…日本って国ある?」

「ニホンは聞いたことがないが、ハセガワという音の流れを名前に使う国はある」

「……そうなんだ」


上を見上げればここより高いところにも雲があり、その先には果てなき一面の空しかない。ずっとずっと、空しかない。

下を見れば雲の切れ目からは地面、それとも地表と言おうか、それが見えそうで見えない。


家族との海外旅行で飛行機の窓から雲海を見たことがあった。少し反対を向けば小さくいびきをたてる父やスマホを見ていた母。家族や他にも機内にはたくさんの乗客が居て、人の営みに溢れている。そうしてただ窓の景色に感動していただけであった。


今思えば俺はあの時、隣を見て安心をしていたのだろう。


世界に圧倒されてしまったから。


「なんか、怖いな」

「……ああ、僕もだ」


リシアの顔は見えない。ただその声色は優しくも寂しさに満ちていた。


ほとんどその身ひとつで宙に浮いている。風や音は届かず、落ちてしまうと恐れるほどの自身の体重も感じない。

それが尚のこと、この世界とは隔離されたような孤独を感じて怖かった。

空から放り投げられて、そのまま忘れられたような。


そういえば俺、元の世界戻れないんだっけ。


ここは夢ではないが、俺の体は今眠っている。向こうでどれだけ経つのだろう。もう朝になったのだろうか、文化祭は。


「そうだ文化祭」

「文化祭?」

「うん、向こうで実行委員長やってたんだ。みんなで準備頑張って、最高の文化祭にしようって」

「それは…本当に申し訳ないことをしたな」


いや、違う。この気持ちはそんな正しいものじゃない。だから誰にも言えなかった。


言えなかったのだが、もしここが本当に別世界だと言うのなら。





「俺、文化祭実行委員やるの二回目でさ」


一回目は中学の時、まとまらない、やる気のない人達は仕方がないとその分自分が頑張ることにした。

飾りもポスターも案も、インターネットや先生の話から他校を参考にして、みんなの気だるげな空気を読まずに無邪気に頑張ってた。

自分に役割があって張り切って作業出来ることが何より楽しかった。


「やる気がなかった奴らもだんだん手伝ってくれたりして…まあ後から聞いた話、俺がそれでちょっとモテだしてたから便乗したそうだけど」


でもおかげで当日はすごく人が来て賑やかになったし、人手はすごく助かった。

みんなで協力したから仲良くなれた人もたくさん居たし、思ったより良い人もたくさん居て、印象で人を決めつけていた自分を恥じた。


結局のところ努力が報われたからそう思えるだけの結果論かもしれない。

それでも普段話しかけられることのない先生からもすれ違いざまに認めて貰えたのは、大人の人に褒めてもらえるのもとても嬉しかったのだ。


今までに無い、全部が実った俺の輝かしい成功体験だ。


「だから高校入ってまたやって、中学のこと知ってた人が俺を委員長に推薦したりしてくれて」


でも、今度は俺が頑張る必要が全く無かった。


装飾は今までの使い回しでたくさんの在庫があった。

チラシは俺なんかよりずっと絵の上手い子が描いた。

役割分担も声のよく届く子が指示を出してくれて、委員内をまとめる優しくて話しやすい子が居た。

仲の良い人同士で入ったらしい子達はほかのクラスにも顔が広くて。


みんな俺より役に立ってて、


みんな俺よりすごくて、


みんな俺より楽しそうで、


みんな、俺よりずっと。



俺よりずっと頑張っていた。


「あーーーーーーっ!!!!!!」


思わず出た叫び声に掴まっていた背中がびくりと跳ねる。


「あっ!ごめん!!」

「いや、構わない。折角だ、もっと叫んでいくといい」

「や…ほんとごめん」


大した大声は出なかったが近くで聞いている人からしたらとんでもなく迷惑なことをしてしまった。


「リシア、俺もうひとつ聞きたいことあった」

「なんだろうか」

「どうして俺に言葉を与えたの?」

「それは…」


境界線が黄金色に変化していく。雲の色がぐんと濃くなり影となる。あの世界で最後に見た夕暮れは教室の窓だった。眩しいけど綺麗で。

掴まる背中越しに声が聞こえる。


「誰も居ないあの場所に、いつからか蝶が現れるようになった」


確かにあの場所はリシアの家以外何も無かった。


「あの場所に生き物は本当に珍しくて、それも謂れのある生き物だった」


眩しくなる太陽を避けるように箒はずんと沈むように下降し再び雲の中へと潜る。雲の色は白から灰色に変わっていた。


「なにか奇跡が起きないかと期待したんだ」


今更気付く。両腕をまわしていた相手の体はその小ささにばかり気がいっていたが、全く温度が無かった。


「そしてこれは決して奇跡ではなく禁忌だとリョウが現れた後になって気付いた」


通りであんな怖いものでも見たかのような顔をしていたんだ。もしや禁忌とは恐らく犯罪のようなものだろうか。


まだまだ知らないところだらけだが恐らくリシアは相当真面目だ。

俺ですらもし意図せず誰かを、例えば大人になって車を運転して誰かを轢いてしまったら。そのまま二度と手や足が使えなくなったり、植物状態から目覚めなくなったら。


そう思うと、身勝手だけどとても恐ろしい。


それなら、俺に言えることはなんだろう。


「俺、この世界に来れてよかったよ」

「来るだけなら君はしょっちゅうだったさ」

「でも何も覚えてない。それに来るだけじゃなくてさ」


霧が晴れるように雲を突き抜ければ先程よりも夜に染まった空と、岩のような山肌。その麓、足元の遠く下に洋風の街並みが見えた。

どんどん近づくそれはぽつぽつと灯りがつき始め、通りでは街灯が石畳と街ゆく人を照らしている。

塔や建物のとんがった屋根が魔法使いが被るような帽子に似ていた。窓から蕩ける様に零れている灯りは黄金で、初めて見る街なのに郷愁漂うセピア色の輝きに鼻の奥がツンとした。


きっと、眩しいから。眩しいから涙が出たのだ。


「俺、リシアと話せてよかったよ」


箒はそっと下降する。布の繊維のように小さく見えた石畳は思ったよりも広くて、なんだか久しぶりに建物が自分より大きかった。

先程までいたはずの空を見上げれば、小洒落た雰囲気の街灯や先程も見えたとんがり頭の屋根。

何よりここは自分の居場所だと大きな月が主張していた。


「…僕は本当になんてことをしてしまったんだろうな」

「、リシア」


「リョウ」


名前を呼ばれてリシアの方へと向き直す。

ずっと景色と彼女の背中ばかり見えていたので、箒を片手にこちらを向いて立つ彼女の、画面越しのような整った顔に新鮮な思いをした。その真っ白な肌には夜の影が落ちている。


そして確かな意志の点った瞳と声に貫かれて思わず止まっていたはずの息を飲んだ。


「君は必ず元の世界へと返す。僕の全てに代えても必ず」


月光の溶けた彼女の髪を夜風が撫でていった。

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