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魔法使いは電気羊の夢を見る  作者: 明透(めい とおる)
序章 魔法使いは夢を見ない
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第二話 明晰夢

「つまりここは夢って認識で正しいの?」

「君からするとそうではあるが、少しちがうものだろう」

「明晰夢じゃないの?」

「自覚しながらみる夢のことだったか。いや、明晰夢ではないだろう」


両手をぐーとぱーにする。


「こんなに動けるのに?」

「君の体だ、君の好きなように動けるだろう」

「夢じゃないの?」

「夢の創造主が夢をみる人なのだとしたら、君はこの世界の創造主ではない」

「そっか……」

「そんなに落ちこむな!先程説明した通りだ!ゆ、夢と言えなくもないだろう!」


シンプルに言おう。

俺は明晰夢を見ることに、恐らく普通の人よりとても憧れていた。残念ながらそれが叶ったわけではないらしい。

非常に残念である。





「まず、僕はリシア。魔法使いだ」

「魔法使い…やっぱり…」

「ああ、君の名前は?」

「俺はリョウ。長谷川リョウ」

「ヨ、リョウか…。ヨウじゃだめか?」

「あれ、言いづらい?」

「僕はその発音が苦手なんだ…それに、君はここで別の名前を使った方がいい」

「そうなの?」


急に饒舌になった彼女、リシアはこくりとカップを傾ける。先程と違ってよく目が合うし「ちなみに友人の猫の名が鬼畜でな、ルリュートルシュというんだ。呼ぶ度に舌が切れないか恐ろしくなる」など情報を付け足してくれる。


魔法が見てみたいと言えば、軽く首を傾げながら真ん丸なポットを指をさす。するとポットはゆっくりと浮いた。そのまま俺のカップに紅茶を注いでくれて「すごい…!」と喜ぶとリシアは変な顔をして照れていた。満たされたカップもピカンと自慢げに光を反射している。


「この世界で蝶は『果ての旅人』とよばれ、遠い世界の住民が眠る時に魂を蝶の姿に変えてこの世界を流浪するといわれている。……そして魂は霜の様に繊細だ、それに直結する様な情報は少ないほど良い」


ほう。なるほど。


「…えっと、後半はよく分からないけど俺の認識が正しかったらこの世界には数億くらいの蝶がいることに…いや世界規模なら居てもいいのかな?」

「何もこの世界の全ての蝶が旅人な訳では無いし、恐らく全ての果ての世界の住民が眠る時に蝶になるとも限らないのだろう。そしてこの世界に辿り着くとも限らない」

「そうなの?」

「……ああ、少なくともこの世界の蝶についてはそうだ。蝶が死んでもどこかの世界の人が死ぬわけでは無いだろう」

「なんか安心した…」


何故そんなことが分かるのか、きっと研究とかが進んでいるのだろう。向かいに座るリシアはコホンとひとつ咳をした。そして背筋を正してまたいろんなことを説明してくれる。


「じゃあなんで俺は死んじゃうの?」

「…一応確定ではないんだが」

「……もしかして物語とかでよくある、たのしい夢から覚めなきゃ現実で一生起きないってやつ?」

「正解だ、賢いな。一縷の望みで君が自ら起きる。…というよりは蝶の姿に戻れるのなら全て問題ないのだが」

「それってどうやるの?」

「本当に申し訳ない」


これは言外に無理だと言われているのだろうか。リシアは口元は皮肉るように口角を上げているのに、目には光がなくて瞳孔が開いていた。有り体に言えば妙に覚悟の決まった目をしていて少し怖い。


「この世界では生き物を同意なく別の生き物にする魔法は禁忌とされている。倫理や物理的な弊害は勿論、元は別物だった生き物の思想でとんでもないクーデターが起きたんだ」

「…どんな感じの?」

「人になる魔法をかけられた食料がな…」

「えっ」


過去に豚を育ててその豚を食べるという命のありがたさをダイレクトに感じる番組を見たことを思い出した。

あれは見方を変えれば自分を育くんでくれていた相手に裏切られたと言えないだろうか。それを目の当たりにしていた家族が居たら一体どんな復讐が待ち受けるのだろう。


「元マンドラゴラの人間が国中のマンドラゴラを統治して一斉に叫び声を上げ国を滅ぼしたことがある」

「植物にも使えるんだその魔法……」


意思があるならなんにでも使えるらしい。というかこの世界に本物のマンドラゴラあるんだ。気になるな。それに食料なんだ。なんで元から危険なものにそんな魔法使ってしまったんだ。おかしくないか。


しかし笑えない大事件である。

曰くその禁忌の魔法は同意無しにかけた場合、元の姿に戻ることが出来ないらしく。


「そんな魔法俺にかけちゃったの?」

「違う!…のとその前に少しいいか!」

「ど、どうぞ!」


意思の籠った瞳と声で、たっぷり間を開けてそれを言った。


「…………、先に君の命を僕に預けて欲しい」

「…?どうぞ……?」

「…は?落ち着き過ぎていないか?」

「さっきまで俺より落ち着いてない人見ちゃったから…」

「あぁ、すまない……」


リシアは「君はそのまま座っててくれ」と言うと、棚から抱えるほどの壺を重たそうに取り出し、部屋の隅にあった宝箱の様な箱からは宝箱やリシアの身長よりも大きな筆を取り出した。


あの宝箱絶対四次元なあれだ。


筆先を壺に入れると壺の中身、インクのついた部分の筆先が淡く白色に発光した。そして何も置かれていない床に魔法陣を書き始める。床も木で出来ているため木目や溝にインクが滲みこんでいる。家でやったら普通は怒られる、ちょっと楽しそうなやつだ。


「なんだか綺麗だね」

「僕の特技だ。誰よりも正確に円を描ける」


光るインクやガラスペンの様な装飾の美しい筆から生み出される魔法陣、そして淡く照らされる少女の横顔といった光景に対しての台詞だったが、それは普通にすごいと思った。


「時間が惜しい、ここからは全て行動しながら説明する」

「さっきあんな無言だったのに?」

「酔わないと口が回らないんだ。あと全て説明が終わったあと君に謝罪の時間を設けるのでその時に謝らせてもらう」

「あ、うん、誠実だね…。えっ?あの砂糖お酒入ってるの?」

「僕は砂糖で酔う特殊体質だ」

「安上がり…」

「よし。君、こちらに来てくれ」


複雑な模様のような魔法陣をすいすい描き上げたリシアは、その中心にあるふたつの円のひとつに立つ。そしてもうひとつの円に来るように俺を立たせた。


「ハセガワがファミリーネームでいいんだな?」

「そう。リョウが俺の名前」

「よし、両手をかしてくれ」

「こう?」

「そうだ」

両手をつなぐとリシアは目を瞑り小さく何かを呟く。


すると魔法陣の淡い光が強く光りだし体が静電気を帯びたようなぞわりとする膜に包まれた感覚がした。

触れている手がバチりと弾けないか不安になるがそれは起きず、しかし向かい合うリシアの髪もほんの少しふわりと浮いていてやはり静電気実験の様だと思った。


淡い光が俺達を包む。


「僕はリシア…君の本当の名前を」

「うん…俺はリョウ」

「リョウ、君の命を僕の命と繋ぐ、今から言う言葉を繰り返してくれ」

「わかった」


なんだか映画で見るような儀式っぽくて心が踊る。恐らく本当に儀式なのだろう。


「僕が生きる限り君は死なない」

「僕が生きる限り君は死なない」

「ふふ…これは約束だ」

「フフ、これは約束だ」

「笑い声は真似しなくていいし一人称も君のでいい」

「ごめん」

「この後は名前を僕のに。僕の心臓はリョウのものである」

「俺の心臓はリシアのものである」

「もう大丈夫だ」





これは呪いではなく祝福である。決して彼を捕らえてはいけない。決して彼を縛ってはいけない。しかし誰にも邪魔されぬように。この願いの叶うまで。


魔法使いリシアがここに誓う。

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