第二十三話 星の時計
「最初からその姿してれば気にすることなかったのにな」
「あははっ、それもそうですね」
お揃いの白いローブを着て赤いベルベットを踏みしめるその姿は最初に見た人の姿をしたアインだった。子供になったり子犬になったり青年になったりと本当に忙しい奴である。
階段を昇った先は歴史資料館にもなっているそうで、台座の上に何かの地図や大きな鳥の羽に何かの角らしきものなどが浮いていた。
ショーケースやガラスのようなものが無いので触るつもりは無いものの手を伸ばしてみたら透明だった場所に小さく波紋が現れてそこに壁があるのだと認識できた。ゲームでよく見た透明の壁である。
天井の照明は薄ら照らす程度でその部屋は薄暗かった。
「ここにあるのはタウラスの生き物や農業についての古くの文献ですね」
「農業?」
「葡萄の夢タウラス。その名前の通り葡萄畑がたくさんあってお酒も作られたり、他の都市と比べて豊かな土地が一番多いです。最も農業が盛んで生産されたものを他の都市へと輸出しているんですよ」
「へぇ〜。アインはお酒飲めるの?」
「どうなんでしょう?」
アインは軽く振り返りながらも飾られているひとつひとつを見ることなく進んでいくので連れられるがままについて行く。
「あ、多分あそこですね。リシアがヨウに見せたかったのは」
「俺に見せたかったの?」
部屋の最奥に大きな木製の両開きの扉と警備員が二人立っている。扉の上には金属のプレートに印字がなされていた。
『星の時計』
傍まで行けば警備員が扉を開けてくれた。
ゆっくりと開く扉の隙間に、暗がりの中にぼんやりとした青さが見えはじめる。それは照らしながらも照明の役割ではないといったぼんやりとした空気の色。
そっと歩を進めれば視界が大きく広がる。
「うわぁ……!」
そこには地球儀なんてものじゃない、それよりずっと大きないくつもの星の模型で作られた小宇宙があった。
自分がいる部分は部屋の二階部分で円形の部屋をぐるりと囲っていて柵越しに部屋の中心を見れるようになっている。体育館とかにあるやつだ。
見渡せば同じような両開きの扉が他にもあって柵に捕まって中心を見ている人が多い。
部屋の中心、というより部屋の空中そのものにはどれも人間一人以上の大きさがあろう色とりどりの星々の模型が、一番大きな光り輝く星を中心に横にも縦にも斜めにも広がる金色の円、その上をなぞっている。
薄暗いその空間は水底のような青白さがあった。その星の軌道は白金であった。
花びらの舞うように絶えず瞬きが降り注ぐ空間は知らぬ内に宙へと潜っている様だった。
例えるなら3Dプラネタリウムドデカイバージョンだろうか。
「これゆっくりでも動いてるし壁とかにぶつかったりしないの?部屋壊れないのかな」
「星写しの魔法」
「ほしうつし?」
「これらは全てそれぞれの星と相性のいい核があってそこに星の姿を現しているだけなんです。だから見た目よりもずっと実体は小さい」
アインは遠くにある星を見上げる様に、いや正しく見上げているのだ。薄暗い中に淡く照らされているその横顔はどこか遠い場所に思いを馳せているように見えた。
「…アイン?」
「って書いてあります」
「あ、ほんとだ」
同じように天井を見上げれば天井付近をゆっくりと円形に文字が回っている。
「時計の本体とは言ったがこれらはただの模型だ。星の軌道から暦や時間を読み取り映し出したものが外の時計だからな。だがそれ故に他のどの時計よりも確かであり天候や気候さえも読み取るタウラスの農業の支えだ」
「あ、おかえり」
「ああ」
後ろの扉からリシアが戻ってきた。視線を向けると瞳を閉じて両肩を上げた。だめだった、ということだろう。
「思ったより早いね。また取り合ってもらえなかった?」
「上ではそんなとこだろう。なにか情報が出ないか試した程度だ、ここからが本番だな」
「情報は出ました?」
「出なかった」
「あはは…ドンマイ」
星々へと視線を戻す。飽きずに見つめていられそうな模型達は星によっては光を放っていてそれを受けた光を放たない星が反射している。
「……だが、ひとつあったな」
「え?」
「他に見るものはあるか?」
「ヨウが見たいものを」
「これ見ちゃったらお腹いっぱいかも」
「なら、最後にもう一度受付に行く」
再び地球の浮いていたホールへと戻ると暗い部屋から明るい場所へと来たので少しふわついた感覚がした。
派手すぎずそれでも煌びやかな照明の照らすベルベットを、相変わらずスーツを着た人や若い観光客や地元の人らしいご老人などたくさんの人が出入りしている。
「先程はありがとう。ひとつ聞きたいことがある」
「はい、如何されましたか?」
「星の時計が狂ってはいないか?」
「えっ?」
思わず出た驚きを咄嗟に両手で塞いだ。思わず横にいたアインを横目で見るがアインも驚いたような目をしている。
「いえ、星の時計は狂っておりません。お手元に時計がありましたら見合わせていただければお分かりできるかと」
「そうだな、言い方を間違えた」
リシアは目前へと指を折り曲げると粒子が集まるように杖が、そして杖先から広がるように白い花の咲いた帽子が現れていく。
そのまま帽子のつばを杖先で押し上げて宣言した。
「星写しの魔法は壊れている」




