第二十一話 星見の塔アルデバラン
俺の名前は長谷川リョウ。訳あってヨウと名乗り、魔法使いリシア、人にも犬にもなれる正体不明の使い魔アインと共に、俺にかけられた魔法を解いて元の世界へ戻るための旅に出た。
俺にかけられた魔法は『この世界の言葉が扱える様になる魔法』であるらしい。便利だ。
なんというファンタジー、帰ったら本好きの幼馴染に片っ端から聞かせてやりたい。となるともう一人の猫のような幼馴染にも詳しく聞かせろだなんて言われるかもしれない。
この世界で俺にかけられた魔法を解くには、全ての禁忌の知識が揃う塔へと行かなければいけない。その性質故に基本立ち入り禁止だがこの世界の国々、十二の大都市の許可があれば入れるらしい。
しかし許可は簡単じゃない。国が信頼するに足る人物、或は国とドンパチやれるくらいめちゃくちゃ強い人物か。
面倒くさそうな代物であるが故に究極的にシンプルな条件へと落ち着いたのだろうか。有無を言わせない感じがする。
それまで向こうに置き去りにしてきた俺の体は大丈夫なのか不安だが、それについては賢者なら分かる。だから賢者にも会いに行かなきゃいけない。
華やかに広がるとんがり屋根と装飾の入った柱の街並みは、どこを歩いても浮き足立ってしまいそうなほどに美しい。
「本当に綺麗なとこだね」
「君の世界はどんな街並みなんだ?」
「背の低いビルばっか。こんなお洒落じゃなくてもっとシンプルで真四角の」
「び、ビルか…!」
建物は重厚感のある落ち着いた色で揃っているのに点在する街灯や水路にかけられた橋、そして通りに面した店の看板や旗が赤、青、緑と落ち着きながらも目を引く色合いで、それらは箱の中で輝くガーネットやサファイア、エメラルドの様だ。
正しく夢の中を歩く心地がする。建物の間を通る風に旗はぱたぱたと揺れ、レリーフの施された吊り下げ看板は重く揺らした。
石畳をリシアを先導に俺と再び子犬の姿に戻ったアインがとことことついて行く。賑やかで絶えず人の声が聞こえてくる通りは、アセンドラよりも多くの人とすれ違うし車や馬車もよく通っている。
にしても馬車を近くで見るとテンションがあがる。だって馬が荷台をひいている。馬を間近で見ることが少ないただの男子高校生なのですれ違う度に目を送ってしまう子供っぽさは見逃して欲しいものだ。
道路の両端は箒をゆっくりと滑らせている人がいる。新鮮なのがスリーピーススーツという素晴らしい紳士の服装で箒に乗る人や、ブレザーの夏服のような制服を着た中学生位の子がリシアのよりはずっとシンプルな、それでも形の似たとんがり帽子をかぶって体のサイズに合った小さな箒を操作しているのだ。
通勤や通学に使われる基本一人用の乗り物。嫌な予感がする。
「リシア、箒ってどのくらいの年頃から乗れるの?」
「補助魔法などがあれば物心つく前からでも乗れるな」
自転車か。
「普通って乗れて当たり前?」
「個人差はある。乗る必要がなければ練習せず大人になるだろう…だがまあほとんどが乗れるな」
自転車かもしれない。
「二人乗りしたけどあれってそんな普通じゃない?」
「大人と小さな子供ならよくある光景だ」
自転車だ〜〜〜。
少し恥ずかしい。とはいえ実際は馴染みのない箒なのでそこまで羞恥の感覚は無い。実際さっき小さな子同士で二人乗りしている所も見たし。はやく思考を変えよう、そう思ったところで目的地についた。
街並みの中からでも一等目を引く宇宙の色と白金の輝き。そして多少離れて首を真上にしたところで一番上が全く見えないその威厳のある時計塔は、見上げれば誰もが同じ感想を抱くだろう。
「すごいでかい」
そんな小学生並みの感想を。
「まぁ、こうなるか」
「全然ダメでしたね」
「…どうする?」
俺達は折角辿り着いた時計塔に背を向けている。リシアは目を瞑ってはぁ、と溜息をついた。
「とりあえず情報収集だ」
「あの帽子やっぱりすごいんだね、職員さんが最初あんなにつっぱねてたのに動いてくれた」
「結局はダメだったがな」
「優秀さと人望は別物なんですね」
邪魔にならないように入口端に寄って話す。観光に来たであろう小洒落た服装をした若い男女や用事で来たのだろうカバンを携えたスーツの男性などが出入りしている。
この時計塔、星見の塔アルデバランはタウラスでの行政も執り行う機関らしい。
初めて見たとんでもなく高い崖や広大な空と違っていよいよ人の営みを感じる。改めて世界って広いのだとしみじみと思う。いや、ここの世界についてそこまで知らないが。
「でも、あれはなんだかいけそうでしたよ」
愛くるしい子犬がこちらを見て小首を傾げている。その姿が天使ではなく小悪魔に見えた気がした。




