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魔法使いは電気羊の夢を見る  作者: 明透(めい とおる)
第一章 魔法使いは旅に出る
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第二十話 生ハムサンド

こんがりと焼かれたバゲットにトマト、アボカド、レタスに生ハム、とよく分からない黄色の葉が挟まれた色とりどりのサンドイッチ。

添えられたココットには赤、黄色、緑色の豆のサラダが入っている。それは覚えのあるビーンズサラダよりやたらパプリカのように冴えた色をしている。


海外には見覚えのない野菜が多いからその類いだろうと持ちやすく切られて紙に包まれたサンドイッチをがぶりと頬張る。

香ばしい小麦とむっちりとしたパン生地、そしてたくさんの具材から溢れ出すジューシーな食感や混ざり合う味に目を見開いた。


陽の当たる美しい街並みと程よい日陰を作り出す日傘のあるテラス席の非日常も相まった歯ごたえ抜群の一口をよく噛んで味わって飲み干す。


「美味しい!」

「見ればわかる」

「このサラダも美味しいですよ」

「でもわざわざ高い方じゃなくても良かったと思うんだけど…」


リシアのおかげで文字は読めるのだが例によって申し訳ないので一番安いのを選んだ。しかしその隣にある同じ商品名でも星付きの一段階高いものを頼まれてしまった。


「それは僕のためでもある」

「矜持?」

「今回は違う。それぞれ星付きのものがあっただろう?」

「うん、あったりなかったりしてた」

「魔法食材を使っているものだ、魔力を回復させる効果がある。僕が食べられる量に限界がある分君が食べてくれると僕の魔力が回復できるんだ」

「アインのも?」

「こいつが食べてもこいつが回復するだけだ」

「しっかり食べてしっかりヨウを守ります」

「ふん」


向かいの席に座るリシアはそれでいいと言わんばかりにビーンズサラダをスプーンでぱくりと食べる。本来付け合せ用のサイドメニューだけじゃ少ないのではと聞いたが昨日食べたのであまり要らないらしい。聞いてはいたがなんて低燃費なんだ。


リシアは以前アインに対しての宣言通り一番高いメニューを選ぼうとしていたが、起こしたアインが俺と同じものがいいといったので隣の席で同じ星付きの生ハムサンドを食べている。

俺の使い魔なら俺がご飯を用意するべきなのではと考えが過ったが、今は出来やしないので黙っていたのに「僕の魔力で契約した以上僕ともそいつは繋がってる。引き取る選択をしたのも僕だ、ならこれはただの責任だ」とリシアは財布を開いていた。なんだか前から心を読まれている気がしてならない。


「そういえばアインが子犬から人になってもあんまり騒がれなかったね」


鞄の中にそっと声をかけて撫でれば起きたアインは子犬のまましゅたりと鞄から飛び出すとまた人を纏うように姿を変えた。

それは以前見た青年の姿ではなく子犬をそっくり人にしたような、あの青年をぐっと縮めたような可愛らしい子供であった。

テラス席で行われたその瞬間をカフェテリア前を通る人々や別の席に座る人といい見ていた人は多かったはずだがちょっとした視線を感じつつも騒ぎになることは無かった。


「精霊の話をしただろう」

「アインが俺の真似をしやすいってやつだよね」

「恐らくこいつはその類だ。精霊、妖精。或は第五都市でよく言う妖怪に怪異だな」


後半はどちらか馴染みのある単語だ。


「初めてお話した時にも仰ってましたよね」

「ああ、お前が通常の犬の使い魔な訳がない」

「それと人が驚かなかったのはどう繋がるの?」


ビーンズサラダをぱくりと食べる。味の異なる豆たちが粒マスタードの使用されたドレッシングと絡まって、アインの言った通り美味しい。そしてぷちっとした粒マスタードや崩れていく豆の食感が楽しい。

リシアも同じものを食べているのだが彼女は一口運ぶ度にスプーンには毎回違う色同士の豆を掬っていて器用であった。そんなリシアはじとりとアインを横目で見る。


「使い魔とはなにも犬だけじゃない。友好や利害関係が築けるなら魑魅魍魎も有象無象も相手する」

「なるほど!俺はそんな中でヨウやリシアに選ばれたんですね!」

「不可抗力だ」

「アインほっぺソースついてる」


子供らしい曲線を描く頬をナプキンで拭いとる。真っ白なほっぺはふにっと柔らかくてつい笑ってしまった。真似しているという俺と同じ白いローブが背に合わせて小さくなっているのでやはり魔法は便利なものだと思ったが、汚さないか非常に不安である。しかしそれは俺にも言えたこと。


「わざとじゃないだろうな」

「不可抗力です」

「こいつ…」

「俺もローブ汚れそうだし脱いだ方がいいかな」


ちなみに中に着ているのはここに来た時と同じ制服だ。洗濯はミューズで出来たし乾燥はリシアがやってくれた。どちらも魔法で仕上げたものらしく、シャツはともかくズボンまで毎日洗えるのは下手したら向こうよりも清潔的だ。傷まないかはちょっと心配だが。


「いや、そいつはともかくヨウはミューズでも言った通り外では着ててくれ。様々な魔法がかかってるんだが一定の接地がなければいけない」

「分かった」


またぱくりとサンドイッチに噛み付く。コンビニで似たようなものを見たことがあるがサイズも満足感も桁違いだ。


「それとヨウ、君昨日食事が足りていなかっただろう」

「そんなことないよ?」

「それに昨日寝てないな」

「そんなことないよ?」

「起きてましたね」

「そんなことないよ?」

「僕を人殺しにする気か?」

「ごめん、お腹すいてたしなんか眠れなかった」


リシアは片手を目に当ててはぁ、と溜息をつく。古き良き遠慮の文化は今は必要ないどころか迷惑すらかけるのだと改めて気付いた。ただ気使い、というよりは人に迷惑をかけるのが妙に嫌だというつまらないプライドだったのも非常に反省である。


「ごめんなさい」

「君の命を危機に晒したのは僕だが君を救いたいのも僕だ、協力してくれ」

「言い方変えてくれてありがとう…」

「ヨウは今眠くは無い、よな?」

「うん、全然」


リシアは軽く指を曲げた手を顎へと添えて視線を横に流す。


「…元は一日一食と十二時間程の睡眠でよかった筈なんだがな」

「だからあんな早い時間に寝たんだ」


アセンドラでの就寝時間は二十時であった。齢一桁の子供ですらもう一時間は遅いだろう。


「君の体質に変化がある。時間が経った分繋がりが増してある程度は伝わるが波がある。ちゃんと言ってくれ」

「気をつける…。ちなみにどのくらい伝わるの?」

「胃のあたりが縮む様な感覚がする、恐らく申し訳ないと感じている時だな」

「大分伝わってる」


そして残りのサンドイッチやサラダを食べていった。日本の飲食店だったらどこに行っても必ず出てくるお冷がどんなに素晴らしいものなのかにも気付いた。

自分もナプキンで口周りをふいたら手を合わせてご馳走様をする。そしてリシアもアインもほどほどに食べ終わったのでそれじゃあと席を立とうとした。


「待て、周りが驚かなかったのはそいつが犬以外の使い魔と思われたからだ。ただ人に化けれる使い魔は優秀であったり強力であるから多少の視線は集める」

「あ、そういえばそんな話だったね」

「ごめんなさい僕が優秀で強力なばかりに…」


そうして俺達は店を出たのだった。

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