第十九話 第二都市タウラス
「本当に一日で着いちゃったね」
「あぁ…」
後ろを振り向けば魔法トラックや魔法の車が行き交う真っ直ぐの大きな道。
それは修学旅行のとき空港近くで通った道に似ていて、幅も広いのに先まで続く道は人々の開拓の凄さを感じる。
流石にコンクリートではなく石畳で出来ていたが、駅周りにあるような凹凸の無いそれは車道を通る車や馬車がちゃんと揺れていない様に見える。
道の両脇にはアセンドラでも見た紫色の旗の下がっているとんがったシルエットの街灯が配置されていた。
それは車道の両脇にある歩行者通路ではなく『箒専用道路』からよく見えたので道中気になっていた。この道では歩行者は立ち入り禁止らしく恐らく高速道路の扱いなのだと納得した。
もちろん俺はリシアの操縦する箒の後ろに乗らせてもらっている。
「リシア、あの紫色の旗のマークって牛、だよね?」
「ああ、第二都市タウラスの象徴だ」
第二都市タウラスにホテル・ミューズの本館の第十二都市ピスケス。なんだか聞き覚えがある単語だが喉元まで出かかっているのにあと少しが分からない。
「葡萄の夢、第二都市タウラス。都市によって旗の色や紋章それぞれ変わる」
「街灯の形は四つ種類があるんですよ!」
「へぇ〜」
鞄の中から補足が付け足される。そう、鞄の中から。
「アイン大丈夫?狭くない?」
「出来れば抱き上げてもらう形のが嬉しいですが悪くは無いですよ!」
「黙れ駄犬。その鞄は僕がヨウに渡したものだ、破いたり汚したりしたら許さないぞ」
「言い過ぎリシア」
「能力を隠すこいつが悪い。どうやっても怪しい」
新たに仲間になった俺の使い魔、黒色のボーダーコリーのアイン。
中型犬、にしては大きめのその体格は今やクレーンゲームのプライズにでもありそうな小さなぬいぐるみサイズ、いわば子犬の姿である。
その子犬は器用に鞄から顔を覗かせながら話している。ちなみに発音の出来る喉では無いらしいので会話には魔法を使っており、俺やリシアにしか聞こえないらしい。
そして普通の使い魔はそんな芸当は出来ないとリシアがキレたのが数刻前だ。
「ヨウ、いざとなった時必ず君が制するんだ。契約者である君なら抑止力になる。強く念じて命令形で指示するんだ」
「そんな事しなくても俺は言うこと聞きますってば!」
「喧嘩しないのよ〜」
そんなこんなで俺たちは今大きく開け放たれた門の前に居た。
大勢の箒に乗った人々や魔法車が自由に出入りする広い門は特に門番や審査する関所も見当たらない。
「入国審査とかないの?」
「アセンドラもタウラスだからな。国境の付近ではもちろんある」
「あ、そっか」
「国家の名前を関する場所はつまりは首都、国の中心だ。だがあるにはある。というか元はそこを通るつもりだった」
「元は?」
「箒は基本空の道を通る。だから各都市ああいった高所に関所が配置されている」
門をくぐり、少ししたところで箒から降りる。
久しぶりの地面とアセンドラに似た街並みは安心感を覚えるが、その建物たちは見覚えのあるものよりふた周り以上は大きくて、二階部分からも揺れる色とりどりの看板や旗はアセンドラよりもずっと栄えて見える。そして通りも広く人通りもずっと多かった。
鮮やかな空色の元に色とりどりの花が並べられた花屋や、椅子や机が外にも置かれたカフェテリア。花と同じ様に冴えた色をした服装の人々が歩く美しい橋が見えた。この街には水路がある様だ。
そしてリシアが指差した先に大きな時計塔が見える。
遠くからでも時計の針が見えるほどの大きさ、その針は白金の色をしていて針先に紫色の煌めきが埋め込まれている。施された細工や造形はアンティークな美しさがあった。
ただそれよりも目につくのが時計の文字盤である。時計塔の建物自体は薄いベージュの色合いをしているのと打って変わって、それは宇宙の色をしていた。ゆっくりと星々のような煌めきが動いているように、そして揺れるように見えた。
目が釘付けになる程の万華鏡の様に美しい文字盤であった。
リシアの言う通り、文字盤の下くらいの位置に出入口があるのか吸い込まれるように入っていく箒に乗った人が見える。
「あの時計すごく綺麗だね」
「星の時計はタウラスの名物だな。本体は内部にあるから外のは連動しているだけの時計だが」
「本体?」
「ああ。天球儀は分かるか?」
「えっと、分からない」
「なら地球儀は?」
「それなら」
地球儀が軸を中心にくるくるまわるように、中心に大きな太陽を、そしてその周りをぐるぐるとまわる星々。その動きを模型へと全く同じ様に連動させた天球儀が地球儀よりももっとずっと大きなサイズであの時計塔の中にはあるらしい。
「大昔の偉大なる魔法使いが作り上げたものだ。もう二度と誰も出来ないだろう精密な魔法で出来ているらしい」
「へぇ〜職人技だ」
「……」
「どうしたの?」
「…いや、妙に静かだな。そいつ」
「ああ」
視線を落としたリシアに俺は鞄の蓋をぱかりと開けて中を見せた。白黒の毛玉がくるりとまんまるになっていて健やかな寝息を立てている。
「途中で酔ったか心地いいのか眠っちゃってた」
「ちょうどいい、捨てていくか」
「またそんなこと言って」
そっと蓋を閉めてからぐっと腕を上に伸ばして背伸びをする。昼時の明るさは確かに眠れたらとても心地が良いだろう。
眠れたらの話ではあるが。
「…む」
「え?どうかし」
た、その瞬間ぐうとお腹が鳴った。俺の。
「…………ぁ、はは」
「話はそこでしよう」
そうしてずっと良い香りがして気になっていたカフェテリアへと移動した。本当に、恥ずかしい。




