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魔法使いは電気羊の夢を見る  作者: 明透(めい とおる)
序章 魔法使いは夢を見ない
20/25

幕間 貴方の世界

アイン

それが今の主から与えられた俺の名前。


今の主とは言ったものの俺には前の主が居たのかすら分からない。それでも譲渡会に居たのなら何かはあったのだろうと思う。


俺には記憶が無い。


気づけば彼等と共にあった。

犬の使い魔として譲渡会を渡ってきた。彼等はみな純粋で心優しく、何より人が好きだ。

初めての譲渡会は港の町。潮の匂いがする昼の風は夏の色をしていた。毛並みが少しベタついた。

俺は選ばれなかった。


俺の後に入った犬達が俺より先に選ばれていくこともあった。若くて人懐こい犬は一回で迎えられていく。

俺より先に居た犬達ももちろん迎えられていく。怪我をしていたり老いた犬も引き取られていった。迎え入れる理由が欲しかったのだろう。

彼等にちょっとした寂しさとたくさんの祝福を想った。


俺は他の犬達とは違っていた。彼等は俺にとって幼く感じるのだ。それでも彼等とはよく遊んだり話したり、とても構ってもらった。皆大切な友である。


俺は衛兵の会話が理解出来れば文字すらも読めた。そして何より魔法が使えた。

簡単な単語を覚えるのは彼等も得意とした。ごはんとか、おやつとか。

おてとかおすわりとかも人間が教えてくれるなら俺達はよく覚えるのだ。

しかし会話の内容まではあまり理解してはいない。彼等は総じて人の顔色を見るのが得意なので、それに弊害は無いのだが。


異質であった。


さて、俺が人であったならそんな犬は優秀ではあるだろうが譲渡会で出会いたいとは思わない。優秀な使い魔が必要なら他に行くだろう。

きっと人は互いに支えになれる、救いを与えられる、そんな運命を求めて譲渡会へと赴くだろう。

それならきっと他の犬達の方がいい。


「あの犬賢いのになかなか出会えないな」

「そうだな。うちで飼わないか話が上がってるくらいなんだ」

「いいんじゃないか?」

「…ただ、あいつの意思次第だな」


よくしてくれる衛兵がいた。俺に関わらず他の犬たちも目をかけてくれていてその犬達の個性をよく分かっていた。

もちろん俺についても。


「お前また隠れてやがったな」

「ワゥ、ワフ」

「すっとぼけた顔しやがって」


それはどこかの都市の駅から近くの施設。譲渡会終わりの窓の外の夕焼けにわしゃわしゃと撫でてくれる大きな手は安堵を感じた。彼のところに迎えられる世界も鼻先寸前にあったと思う。何度か彼について行こうとした。

暖かい家庭に迎え入れられて、彼の息子の夢だという衛兵になるお手伝いをするのだ。学校に入学した暁には魔法の授業ならきっと一番にしてやれる。いじめがあれば守ってやれる、悲しければ慰めてもやれる。そんなことが無いのが一番だけど、犬の使い魔である俺にはそれが出来るから。


でも俺は俺の運命を待っていた。彼やその家族にもまた相応しい他の犬が居ると思ったのだ。

しばらくして俺ほどでは無いものの賢く、そして真っ直ぐな目をしたシェパードが入ってきた。シェパードは俺の異質さに気づきながら決して排他的な行いをすることは無かった。

その瞳の真っ直ぐさは衛兵ととても相性が良い様に思う。

そしてふとした瞬間俺は俺の出会いたい人に何を求めていたのかに気付いた。


弱さだ。


俺は自らの力を分かっていて、それを活かしたいと願っている。

だから暖かな家庭でも、一人で暮らせている大人よりも弱く助けを求めている誰かを願っていた。

そんな自らを嫌悪した。





長い前振りは以上だ。これでやっと俺の奇跡について話が出来る。


アセンドラの譲渡会におかしな人物が三人現れた。眠った子犬を置いていった大男、そして不思議な匂いのする少年と魔法使いの少女の二人組。彼等は不可視の魔法なんてものを使っていて非常に警戒した。


「譲渡会だ、それも犬の使い魔のな」

「犬…可愛い…」


が、二人組の会話は少し聞けば堅苦しいくらいの譲渡会の説明や他の犬達を可愛がっている程度で、その後合流した女性との会話から大体の事情は分かった。

引き止めていた間も彼等の話を聞いていたがまあ驚く程に善人たちだ。


「味方とはなにをどうしたら良いのかしら…。やはり金銭や何か行われるならお手伝いを」

「物理的なものは何も要らない。強いて言えば親交だな」

「俺も貰っても困るかも。けどこの街についてとか教えてもらいたいです」


格安の報酬で依頼を受ける魔法使いと常に女性を気遣う少年。

二人とも幼さのある見た目をしながらしっかりしている、様に見えながらその澄んだ目にこの世界の無知を感じた。家出をした子供みたいな危うさがあった。


いやあなんか彼等について行きたいなあ。


だって絶対俺が必要だと思うのだ。

なんだか今まで誰について行こうかとグラグラと迷っていたのが不思議な程に足が前へと動いた。人生、否犬生そんなもの。よし行こう。絶対ついて行こう。


結局は面白そうなものがあったので後先考えずに追いかけてしまったのだ。犬なので。





ふと隣にあったはずの体温が消えて目が覚める。隣にいていいと言ったのはその寝床と俺の主な筈なのにとむくりと体を起こせば窓際の椅子にヨウは座っていた。彼の真っ黒な毛色は俺と少しだけお揃いなので相棒感が増してなかなか良い心地だ。

ベッドを降りて犬の姿のまま近寄る。今までかっこつけていたが人の姿はずっと背伸びして立っているようで結構疲れるのだ。


それにこういう時は犬の方が気が楽だろう。


「ん、ごめん起こした?」


眠る魔法使いを起こさないよう吠えずに擦り寄れば、ふわりと頭に手がのって優しく撫でられていく。いつかの衛兵とは真逆の撫で方だがそれのもたらす安心感は不思議と同じものだった。


「なんか眠れなくてさ。…あとお腹空いた」


だから眠れないのではないか。


「そう、俺いいこと考えたんだ。リシアに少しでも返す方法」


それは何、といったように首を傾げる。ヨウはそれを見てくすりと微笑んだ。月明かりが頬を照らしている。


「夢日記、つけるのが趣味だったんだ。少しだけなら文章も書ける。だから俺科学の話を書こうかなって思う」


科学の世界の少年は魔法使いに夢物語を与えることにしたらしい。

更新遅れてごめんなさい。明透です。別の創作が見てくれている人が多くて捗ってしまい気付けば一週間、といったところです。ですがブクマ四件という文字を僕は見逃しません。ありがとうございます。どうにか更新いたします。

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