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魔法使いは電気羊の夢を見る  作者: 明透(めい とおる)
序章 魔法使いは夢を見ない
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第一話 君に話がある

広々とした草原にところどころに緑を生やす大きな崖。


見知らぬ景色と確かに聞こえた人の声に、普段のような寝起きのあやふやではない確かな意識の冴えを感じる。手をぐっと握ろうとすればしっかりその通りに動く。

これは、間違いない。


「(明晰夢だ……!)」


そんな俺の期待は裏切られた。





「……」

「……」


場所は変わって室内。

カチコチと響く時計の秒針。暖かな日和と木材で統一された家具や内装はまるで絵本の世界の様でありながら、置かれた物の多さからおばあちゃんの家のような安心感があった。


これ、恐らく気を抜けば寝る。


カチャリと不慣れなティーカップを持ち上げて中身を飲もうとするが、先程から間が持たず頻繁に飲んでいるせいでいつの間にか空になっていて、そっとソーサーに戻そうとする。

すると横から木の枝がにゅるりと伸びてきてカップの取っ手を引っ掛けていった。

ちなみに木の枝の先はただの家の柱で、誰がいる訳でもない。

木の枝が自ずと伸びてカップを回収していったのだ。


「あ、おかわりをいれよう」

「あ、ありがとうございます」

「…敬語はいらないと言ったはずだ」

「あ、うん、わかった」


木製のトレイに置かれた真っ白で真ん丸な陶器のポットから琥珀に近い色をした紅茶が注がれていく。

彼女も空だったのか、俺の分をいれてくれた後にポットに揃って丸いシルエットをした白いカップに注いでいた。


俺の分ははじめに聞かれた時に無糖でいいと断ってあるが、彼女のカップは小瓶から角砂糖を六つ入れてぐるぐる混ぜていたので随分甘党なのだと思った。


「……」

「……」


無言が続く。

決して俺は口下手ではない。ないのだが。

それでも気まずい時間が刻一刻と過ぎていた。




時は一刻程前の初対面。


「その認識で問題ない、今下ろす」


そう言うと彼女は片手に持った杖のようなものを手首を軽く回して円を描くようにすると、体がゆっくりと落ち始め想定していた尻もちをつかずに着地することができた。

普段学校に行く時に履いている白のスニーカーが草原を踏みしめる。さらりと波を描く風が足首を撫でていった。


「ついてきてくれ、君に話がある 」


そうしてぽつんと平原に佇むメルヘンチックなこじんまりとした家に通される。レンガと木材でできた可愛らしい置物のような家だ。

庭であるのか周りには紫色の小さな花を咲かせる茂みや、すずらんに似た白い花。それ以外にもハーブに似たものや見たことの無い植物が家を囲むように育てられていた。


土足のまま中に通され客人のように椅子に座らせてもらい、いれてくれた紅茶が今まで知る味のどれより本当に美味しかったのでそれを伝えようとした。したのだが。


「これ」

「ひっ」


彼女は顔を真っ青にして肩をすくませた。

すると彼女のまわりに窓の外からそよ風が届き慰めるように花弁が舞ったと思えば、彼女の後ろにある家の柱の、先程からあったか怪しいくぼみがこちらをじとりと睨んでいる様に見える。気のせいだろうか。


せっかく思い通りに動ける夢だと言うのに。もしや今は夢の途中で既に何をやらかしてしまったのだろうか。わからないなら聞いてみよう。


「あの」

「ヴッ……」

「えっ?!大丈」


ぶの口にぺちりとどこからか飛んできた一枚の葉が貼り付く。

話しかけた途端うめき声を上げて先程よりも震えの増した彼女は、葉っぱに驚く俺を見て慌てて右手を宙で振り払った。するとテープの様に張り付いていた葉っぱは、葉っぱらしくひらり、ひらりとゆっくり落ちた。

それなのに窓から飛んできた突風が俺の髪だけをピンポイントにぐしゃぐしゃにかき混ぜて行く。目の前の少女の髪は一本たりとも揺れてすらいないのに。


なんか、確実に魔法とか使っている。

あとやはり絶対にこいつらに彼女と別に意思がある。というかむしろ俺に敵意がある気がする。本当になにかしてしまったのだろうか。


しかしこの夢についてわかったのはそれくらいで、結局はひたすらに無言が続いてしまっていた。


「どうぞ……」

「ありがとう…」


ポットも時間が経っているはずだが、注ぎ口やカップからは湯気がたっている。


「そんな気を使わないでくれ」

「あ、うん」


彼女の方から話しかけるには大丈夫らしく

「すまない、ちょっと待ってくれ」「…もう少し待ってくれ」「多分、あと少しだ」「菓子などが無くてすまない」

と向かい壁にある時計が正しければ十分ごとに言われている。


その度「全然いいよ」「あ、うん」「待つよ?」「気にしないで?」と返してはいるのだが、残念ながら話が弾む気配が微塵もない。


その間、とりあえずと周りを見渡していたがこの家はいかにも絵本に出てきそうな魔女の家で、大きな本棚には古びた洋書がずらりと並び、その横の棚には大きな瓶に中には淡い光を帯びた青色の何かの結晶。桃色、白色、水色の様々な色の液体の入った小瓶に測りにビーカーや試験管が置かれている。


各所に何かの植物をくくったものが吊り下げられ、部屋の隅にはRPGゲームで見るような宝箱も置いてある。すごく中身が気になるあの箱だ。紅茶を一口飲む。


「……」

「……」


窓の外には豊かな草原と大きな崖が見えて、ときおり柔らかな風が吹いている。こんなにも綺麗で自然に溢れているのに鳥の声が聞こえないとふと気付いた。

遠くまで続く崖は途中で別の崖と向かい合っている。その先も崖の上も見えない。もしやここはとんでもなく広大な谷の底なのだろうか。なら何故こんなにも明るいのだろうか。紅茶を一口飲む。


「……」

「……」


木材で出来たテーブルの向かいに、同じ木材で出来た椅子に座る先程の少女がいる。魔法を使うなら魔女なのだろうか。分からないので少女としよう。

少女は真っ白な肩につかないほどの髪を持ち、その顔は中性的で端正だ。紅茶を一口飲む。


「……」

「……」


紅茶を一口飲む。えっと、あとは


「すまない、今から全て説明する」

「あ、大丈夫?」

「大丈夫だ、ようやく効いてきた」

「効いてきたって……え?」


飲んでいたカップを見る。


「違う!君のには怪しいものは断じて何も入っていない!」

「で、でもポット一緒だし」


夢の中とはいえ警戒心が無さすぎただろうか。現代日本人にそんなものを期待しないで欲しい。


「これだ!!」


慌てて立ち上がった彼女は両手で角砂糖の小瓶を持ち上げる。


「砂糖?になにか混ぜてたの?」

「いや混ぜてた訳ではなく……ではなくて!」

「あ、うん」


彼女はすとんと椅子に座って小瓶を置くと、片手を胸に当て深呼吸する。

なんとなく自分も居住まいを直した。

水銀のような瞳と真っ直ぐ向き合う。


「いいか、君は」


その続きの言葉に思わず目を見開いた。彼女の妙な行動にもなんとなく納得がいく。

それはこの世界の美しさをまとめたような穏やかに広がる景色と大きく差があって、なんだか酷い話だった。


「君は僕のせいで死んでしまうかもしれない」


俺は半開きの口で空のカップを眺めた。

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