第十八話 人と精霊
「五年前には大まかには完成しましたし今更そんなこと言う人初めて見ましたね」
「……アイン、お前は素晴らしい」
「ありがとうございます!」
リシアは世に疎いと昨日言っていた。ならこんなこともあるのだろうか。リシアが腕を組んで偉そうにするのをなんてことなさそうにアインは話を戻す。
「譲渡会準備中には怪しい人物は見ませんでした。僕達には不可視の魔法は効きません。警戒されていたのでしょう…しかし一度だけ犯人を見ました」
「何時、どんな奴だ」
「姿はデイジー様が仰っていた通りの大柄な男性です。眠った子犬、デイジー様をテントに連れてきた時に。後ろ姿しか見えていませんが、そいつは衛兵の姿をして撤収時にも居ました」
「……何故事情聴取で言わなかった?」
「犬の姿では話せませんから」
「さっさと人になればよかっただろ。…お前なら犯人を取り押さえられたのではないか」
「そこは俺も莫迦でした。デイジー様の誘拐だけが目的だと思っていたのです。おかしな真似をして彼女に何かあっては大変ですから」
その結果誘拐されたのは犬の使い魔達。同じベッドに座っているため彼の座高や脚が嫌に長く見えるが、そう言った彼は少しだけ体が小さくなった。開き直っているようで気にしているのだろう。決して彼は悪くないのに。
「…なんでデイジーちゃんを誘拐したんだろう」
「恐らく人質だ。使い魔の用途は多い、向こうも安易に彼等に手出が出来ない故に多少の安全が確保されているのは僕達に分かる。しかしただの人間の子供は違う。詮索すれば子供を殺すと言われればこちらも安易に手出が出来ない」
「なんだか嫌に賢いね」
「この手のヤツは頭を使う」
抱えていた枕に視線を落とす。
デイジーちゃんが攫われていた場合、犯人が彼女の命そのものに大きな価値を見出していないとしたら最悪の事態が起きていたかもしれない。
子供の命を盾に使う、それも暖かな家庭の少女を。
その軽々しさゾッとした。
「でもなんで俺たちにデイジーちゃんのこと教える時犬のままだったの?」
「僕がこの姿をとれるのはヨウ、貴方のおかげですから」
「俺なにもしてないけど…もしかして飼い主が居るからとか?」
「それもあるのですが、こう、真似しやすいんです」
「真似?」
「はい」
それは見た目が地味ということだろうか。自覚があるのでなんとも思わないが。
「ヨウには体が無いので」
「なるほど、俺に体が無いからか」
「わかるのか?」
「いや全然」
リシアから訝しげな目を向けられる。だって何となくそういうものとして飲み込むしか無いと思ったのだ。
「今ヨウは半分だけの魔法使いの体と魂で出来た危ない状態の生き物なんだ」
「リシアも危ないってこと?」
「君の体を含めて僕の体だ。与えている訳じゃなく共有だから僕に危険は無い」
「それならよかった」
「…そして精霊にとって実体を持たないやつは邪魔なものが無くて親和性が高い」
「ごめん、わからない」
「油の膜を持つ水があるとしよう。油が体で水が魂だ」
リシアは右手の人差し指を立てるとその先に水の玉が浮かび上がる。それは水色に色付けられていた。それをコーティングするようにするするとサイドテーブルに浮いたクラゲ照明から水滴が流れていき透明な水がそれを包んだ。油ということだろう。
今度は左手の人差し指を立てて水の玉を浮かび上がらせる。それは桃色に色付けられていた。
「水色が人間で桃色が精霊だ。人間が魂と実体で出来ているのに比べて、精霊は実体を必要としない。この様にな」
「アインはふわふわしてるけど」
「自慢の毛並みです。いくらでも撫でていいですよ」
「先に説明させろ」
「ごめん」
リシアは人差し指をバッテンのようにして二つの水の玉を合わせる。ふたつの間を透明な水の膜が邪魔をした。
「精霊にとって実体は邪魔だ。無い方がいいが、無いと人は存在出来ない。ちなみにだが病や老衰で実体の存在が薄いほど精霊にとっては近づきやすい人間だな」
「儚い人っているよね」
「ある都市では桜の精霊に攫われた者もいるらしいな」
桜あるんだ。攫われたんだ。めちゃくちゃ怖い。
リシアは水色の玉を橙色に変化させるとその周りを桃色の水で包んだ。透明な水の膜と合わせて三層に別れたひとつの水の玉は濃い赤色をしている。
「親和性の他に相性もある。これが良いほどより互いの力を引き出せる。そしてお前らだが」
人差し指を離すと赤い水の玉は半分に別れてそれぞれの指の上に浮いた。そして右側を水色に、左側を黒色にする。
またサイドテーブルのクラゲから水滴が離れていくとそれぞれの水の玉に一回り空間を残して半球のコーティングが出来た。
「ヨウは…アインには説明しておくか」
そしてリシアは俺が別世界から来た人間であると説明してくれた。
「それで半分魔法使いなんですね」
「魔法使いと人間って違うの?」
「魔法使いも人間だ。この世の人型はみな人間で差は全部ただの体質だ。それも都市によって違う程度のことだな」
なるほど。日本人や外国人、そんな認識で良かったのか。
「ふたつを合わせるとこうだ」
深い群青の水の玉を半球同士だった透明な膜が包んで海を映した水晶の様な水の玉が出来た。
「綺麗に合わさるね」
「僕とヨウですから」
「…だがこれは仮説だ。アイン、お前はなんだ」
「わかりません」
「はぁ…」
リシアは諦めたように片手を顔に当てる。水の玉は弾けて色を失うとクラゲに戻っていった。アインは小さく拍手をしている。
「リシア様は説明がお上手ですね」
「確かに。いつも教えてくれてありがとう」
「…いい、人に教えるのは好きなんだ」
「先生とかやらないの?」
「していたこともあるかもな」
曖昧な返事をするとリシアはばさりと布団をかぶってしまった。
「明日こそ早朝に出る。おやすみ」
「うん、おやすみリシア」
「おやすみなさい」
アインはしゅるりと犬の姿へと変えて床に降りる。そのまま丸まろうとしたのでもう一度ベッドに上がらせて隣で寝かせた。犬が隣で寝ている。犬が隣で寝ているのだ。可愛い。
クラゲに手をかざせばゆっくりと灯りは消えた。




