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魔法使いは電気羊の夢を見る  作者: 明透(めい とおる)
序章 魔法使いは夢を見ない
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第十五話 古の契約

二日目になるアセンドラはまた夜になろうとしている。


先程までは六人は居た高貴な紫色のコートに身を包んだ衛兵は広場があらかた片付くと先に出発して行った二台のトラックを調べに行き、残った衛兵は二人になった。

二人は街灯だけでは明かりが心許ないのか杖を取りだして暗闇の中に明かりを頭上に浮かべ、真下の衛兵や石畳を照らした。リシア以外に杖を使う人を見るのは初めてだ。


その衛兵二人でまだ怪しい人物が居ないか、その場にいた人や街の住民に調査が行われた。

街頭元で行われたそれは、主には手荷物検査。そして。


「…不可視の魔法を使った形跡がありますが」

「あ」

「しまった」


どこかで見たような霧吹きをかけるくらいだ。


「いえ違いますわ、その方達は娘を一緒に探してくれていたんです」

「…しかし」

「ちがいます」


デイジーさん改めデイジーちゃんがメイスさんの後ろに隠れていたが隣に並ぶように一歩踏み出す。

メイスさんは帽子を外していて、デイジーちゃんに着ていたカーディガンを羽織らせている。

緩やかな癖のかかった茶髪はメイスさんとデイジーちゃんでとてもよく似ていた。


「その人たちはみてないです。もっと大きいおとなのおとこの人です」

「…詳しくお話を聞きます。駐在所へ来ていただくか、ご自宅までお伺い致しますが如何いたしましょうか」


衛兵はちらりとデイジーちゃんを見て言った。眠っていたとはいえずっと監禁状態にあったデイジーちゃんへの気づかいだろうそれにメイスさんは自宅で話すと答える。


「出来ればお二方も」

「はい、全然。俺達は大丈夫なんですけど」


壊れた柵も片付いて日の落ちた広場に残ったのは事件の被害者であるデイジーちゃんにメイスさん、依頼されたリシアと俺。そして衛兵と、もう一匹。


「ワフ」

「なんでまだこの子居るんですか」

「…!既に引き取られたのかと。失礼、こちらに」

「いや、いい」


杖を振ろうとする衛兵をリシアは片手で制すると、宙に手を翳した。するとそこには光る線で円が描かれた。それはゆっくりと中心から広がるように魔法陣が描かれていく。


「細かい書類は後で書こう。古の契約だ、いいだろう?」

「…そうですね。ええ、それなら問題ありません」

「…古の契約って?」

「最近では使い魔との契りは書類上で行われる。故に譲渡会が行われるのだがな」

「昔は違かったの?」

「何故主と使い魔が運命共同体とされるか。人と一生を共にできるのか。それがこの契約、主と使い魔の命を繋ぐものだ」


命を繋ぐ魔法。それはここに来て初めて見た魔法で、俺にもかけられたものだ。魔法陣は直径一メートル程の大きさになって成長を止めた。


「俺とリシアは主従なのか」

「違う。君のは似た別物だ」


リシアは完成した魔法陣を白黒のボーダーコリーの鼻先へと向ける。


「お前の力が必要だ。僕に手を貸せ」


そうして魔法陣は更に光り出す。

もう一度中心から広がるように、なぞる様に強く光を増していく。

それは街灯や衛兵の魔法よりも眩く輝き、俺たちを青白く照らして


バキリと割れた。


砕けたそれは光を失いながら地に落ちていく。さながら線香花火ファイナルだ。

衛兵もメイスさんもデイジーちゃんも驚いた顔をしている。

白黒のボーダーコリーだけ真っ直ぐにリシアを見つめていた。するとおすわりしながら右手を小さくお手をする様に動かす。その目はじっとリシアを見つめたままだ。


「……成程」

「今魔法陣にヒビが入って割れた音までしたけど」

「失敗…ですか」

「そんなことあるのね…」

「いや、弾かれたんだ」


リシアは軽く頭をかくといつの間にかその手には杖が握られていた。今度はアハ体験の様にゆっくりと出現している。杖の出方にはどれだけバリエーションがあるのだろう。


「ヨウ、この杖で地面から158cmの位置で75度の角度、直径12cmの円を描けないか?1cm1度でも変わるとこの場が凍るか爆発するかで六人一匹諸共死ぬが」

「人間だから出来ないかも」

「…僕は出来るぞ?」

「ごめん俺には出来ないや」


メイスさんはさっとデイジーちゃんを庇い、衛兵の片方はリシアの杖を見つめ片方は自らの杖で指示されたような動きをした。

杖、どういう仕組みなのだろう。


「なら仕方がない。先の僕のように宙に手を」

「こう?」

「そして魔力で円を描くんだ。全身を巡るエネルギーを頭や爪先からその一点へと集める」

「…っ!」


これは秘密だが、幸い夢見る男子高校生なのでそういったことはちょっとだけ経験がある。少年漫画を読んで一人部屋の中、開いた片手を前に出して唱えたのは呪文ではなく必殺技名だったが。


しかし目を閉じ体の内側を意識したとしても、ぐっと力んでも何も起きない。円も出ないのでは魔法陣なんて描けるものか。


流れるようにリシアは俺に魔法を使わせようとしているみたいなので期待したが、仕方がないだろう。ここは思い通りに行く夢の中ではないという証明だ。

諦めよう、待たせている衛兵とメイスさん達に申し訳がない。


「…理論上は可能なんだがな」

「リシアさんが手伝うことは出来ないのでしょうか?」

「……彼は影響を受けやすい体質でな。僕が触れると上書きされてしまう」


そうなんだ。

力無く落としていく掌につんと湿ったものが触れた。犬の鼻先である。


その途端ぶわりと花開く様に魔法陣が広がる。それは花火のように暗闇に光るとぐるりと時計回りに一回転。そしてぐっと縮むとパン!とちいさなクラッカーみたいな音を鳴らして弾けた。ちいさな煌めきがパラパラと周囲に降り注ぐ。


「……見届けました。では、移動を」


見届けられてしまった。

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