第十四話 すごいーぬ
第二都市タウラス。その中で一番栄えている都との通り、街並みは麓の街アセンドラと似ていながらその建物は基本五階以上。
映画館や遊園地、デパートなどの娯楽施設も揃っている美しき都。名前はそのままタウラスで県庁所在地的なものかと納得した。
タウラスのホテル・ミューズはアセンドラのミューズと比べると、違う名前のホテルかと間違えそうなほど立派な外装をしていた。
室内もはっきり言ってしまえば上位互換である。置かれた家具や小物から全て高級そうな雰囲気が漂い、クラシカルな室内を一層際立たせていた。月明かり色の照明はこちらでもクラゲの形をしている。
アセンドラのミューズは、まるで小さなフィギュアやミニチュアに見えてしまうことだろう。
なにせこの建物、五十階はある。
リシアのルームサービスの注文と尽きない謝罪をいい加減止めさせて、一人用の椅子に座って紅茶を飲んだ。遠くまで見渡せる窓からはたくさんの建物の屋根や最上階が見える。なんだか優雅だ。
「…どう考えてもリシアにおつりが行くでしょ」
「将来性の豊かな少年の人生を奪うかもしれないんだ、お釣りなどくるものか」
強情だ。それに俺は少年って程子供でもない。
「お。お話は終わりましたか?」
「終わらせた」
「終わってしまった」
「あっはは!それなら良かったです」
なんだか気まずい空気でしたから。そう言いシャワールームから黒髪の青年が戻ってくる。その髪は上下で黒と白に別れていて襟足は真っ白だ。服装は簡素な白のシャツに黒のスラックス、まるでここに来た時の俺の服装である。
まるででもなくそうなのだが。
「…あれ」
「はい?なんでしょうか」
「髪がまだ湿ってるけど」
青年は気まずそうに髪をつまむと気まずそうな顔をした。
「その…ドライヤーが…苦手で……」
「ちゃんと乾かそうね」
「はい…」
今は無いはずの耳がしゅんと垂れたように見えた。
「…居ない」
「ドア開いてないのに」
「すり抜けの魔法だ。外側からの対策はされているが内側からの対策はされていない」
とすると。
「…車の泥棒は出来ないけど事故の時は脱出できるんだ」
「その通りだ」
便利な代物である。
氷像となった魔法のトラックを急いで調べたがガラスも割れずドアは閉まったまま、その車内は背もたれに紫色のベルベットがかけられている座席とガラスのような透明な物質で出来たハンドルに、先程まで人が居たであろう温度が残っていた。
トラックはもぬけの殻であった。
いや、その荷台の犬達はキャリーケースに入ったまま無事に居た。寒そうな彼等は大急ぎで救出された。
つまり犯人は捕えられずともその犯行を最後にギリギリ、一台だけだが防いだのだ。それにしても。
「コラお前!」
「ワフッ」
一緒にトラックを調べていたボーダーコリーの顔をしゃがんでわしっと掴む。何気ない顔で隣についてきていたが今は一体なんだというような顔をしている。こいつはなんて表情豊かな犬だろう。
「危ないだろ!」
「…クゥン」
暴れだしたトラックの前へと飛び出して行った時は肝が冷えた。
もし目の前で轢かれでもしたら一生トラウマである。
が、勇猛果敢に立ち向かう姿は本当にかっこよかった。
健気な瞳と目が合っている。コテンと首を傾げてゆるく立つ耳や柔らかそうな毛がふわりと揺れた。可愛い。
一番と言って差し支えない功労者。そういう時は褒めねばならないものだ。
「偉かったな〜!よくやった!めちゃくちゃかっこよかったぞ!すごい!」
「ウォッフ!」
わちゃわちゃにしてやれば嬉しそうに尻尾を振りながら鳴く。すごく賢い強い可愛い犬。略してすごいーぬだと訳の分からない褒め言葉をたくさんかけてやった。
「…」
リシアはそれを何も言わずに見ていた。




