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魔法使いは電気羊の夢を見る  作者: 明透(めい とおる)
序章 魔法使いは夢を見ない
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第十話 不可視の魔法


「ご婦人朗報だ。デイジーはまだこの街にいる」


メイスさんはハッと両手で口元を覆って目を見開いた。





先程リシアはメイスさんから髪を一本もらうと試験管に入れ、何やらいろんな粉を混ぜたりして液体を作るとそれを霧吹きに入れた。

そして「少し待っていろ」と言い捨てて箒に乗って飛び去ってしまった。


俺はその間にリシアが二人で飲んでろと渡してくれた紅茶をいれてメイスさんに渡す。


「この紅茶すごく美味しいんです。昨日飲んだばかりだけど俺も気に入ってしまって」

「…ありがとう、あんな優秀な魔法使いの紅茶なんて高級品…飲んだってバレたらみんなに怒られてしまうわ」


両手でマグカップを持ってするりと飲むと意図せずと言った感じに美味しい、とこぼして紅茶の水面を覗いていた。

何か聞いてしまった気がする。が、とりあえずその前に情報整理だ。


「確認しますね、メイスさん達家族四人でお出かけからの帰り道にデイジーさんは居なくなった。居なくなったのは玩具屋からすぐの場所で、手を繋いでいたのにも関わらずデイジーさんが転んだと思って振り返るとあっという間に居なくなっていた」

「はい」

「どうして転んだと思ったんですか?」

「『わっ』と言っていたんです。それにアイビーが生まれてからずっとお姉さんぶっていますがデイジーもまだ子供で、石畳につまづくことがまだまだ多いんです」


だからいつもほら、と言いメイスさんは横に畳まれたコートのポケットから小さな小瓶を取り出す。

仕方なさそうに笑っているメイスさんには大変申し訳ないがそれが何か分からない。話の流れでは恐らく薬の類なのだろう。俺は曖昧に笑った。


今は俺達が朝にパンを食べていたベンチに座っている。その頃に比べて日はだいぶ上ったが未だシャッターの閉まった通りや涼しい風は朝のものだ。

まだコートを脱ぐほど暖かい訳では無いがメイスさんはずっと走っていてコートを脱ぐことも忘れていたので少し暑いくらいだと言っていた。

それでも指先は冷たいのかマグカップに指の背を当てている。


明るくなってきた通りは広く、霧もない朝はその端に玩具屋が見えた。そしてその隣には建物との隙間に路地のような暗がりが見える。


「デイジーさんが居なくなった時変なことはありませんでしたか?」

「いいえ…。ただデイジーだけが居なくて、あそこに路地があるでしょう?そこを少し過ぎた場所で起きたので、すぐに路地を見たんですが何も……あそこが怪しいと何度も探したのですが…それでも」

「そうでしたか…。ごめんなさい」

「いえ、謝らないでくださいな」


そうしていくつか話した頃に戻ってきたリシアがいった言葉が冒頭のものだ。





「不可視の魔法の痕跡だ」


件の路地へリシアを連れていけば話はあっという間だった。リシアは霧吹きを事件の起きた周辺へ吹きかけるとそれは蛍光色の紫色の霧のような形をとった後に地面に沈殿して消えた。

今度は路地へと吹けば、路地を塞ぐように同じ蛍光色の紫色の霧の壁が現れる。


「じゃあ、あの時デイジーは……っ」

「ああ、犯人諸共貴女のすぐ側に居ただろう」


それは、なんて悔しいのだろう。メイスさんは眉を歪めている。


リシアは霧吹きを今度はメイスさんへと向けた。気付いたメイスさんは目を瞑り、しゅっと浴びる。

するとコートが淡く紫色の光を帯びた。


「これは君達の関わる魔法に反応するものだ。貴女のそれは昨晩も使用していたものだな」

「はい。服も、靴もそのままです…」


靴元を見ながら居心地が悪そうにメイスさんは答える。


「今すぐ洗濯した方がいい、魔法がかかっている。家族で着ていたもの全てだ。コートは専門の店に頼め」

「いえ、私達の家は洗濯屋です。かしこまりました。風呂にも入った方が?」

「ああ、この後な」


リシアは俺に空の小さな容器を渡して中に霧吹きの中身を注いで分けると蓋をした。兄が使っていた香水のアトマイザーの様だ。


「人手は多い方がいい、ヨウも怪しいところがあれば使え」

「わかった。でも俺魔法使えないけど大丈夫なの?」

「君の体には僕の魔力が流れてる。似たことは出来る」


そしてメイスさんへと向き直る。


「君たちには除ける魔法がかかっている。なにを除けているかが分からないのだが…不自然なことはなかったか?普段話す相手とは話さなかったとか」

「…いえ、デイジーを探す時に知り合いの家は全て尋ねました」

「水に触れられなかったりは?」

「いえ……」

「そうか…」


膠着状態である。俺もなにかないだろうかと路地を見渡すが元の路地を知らないままでは不自然なところは無いように見える。専門の知識があれば違ったのだろうか。

いや、今はそんなありもしない空想を夢見る場面では無い。


改めて思い返す。この街に降りて、リシアと話して、メイスさん達を見かけた。そしてリシアの後をついてミューズへと向かった。すれ違う人が少なくなってきて、着飾る若い男女の割合が増えてきた頃ミューズについた。


何か見落としている。


ミューズにつく頃に何があった。あの看板、その前に三階建ての建物についた時に。


「犬の遠吠え」

「む」

「メイスさん、犬の遠吠えは聞こえませんでしたか?」

「えっと…」

「遠くでよく響いてたんです。多分時系列的にもデイジーさんが攫われた頃だからもしかしたらなにか情報が…!」

「…いえ、ごめんなさい。聞こえませんでした」

「そう、ですか…」


メイスさんは困ったように口元へと指先を触れさせていた。どうすることも出来ずに足元へと視線を落とす。

相変わらずこの街の雰囲気に不似合いな白のスニーカーだった。


そこそこ気付いていた。俺はずっとリシアに頼まれたことをしているだけで、むしろそれはリシアが気にかけてくれているからだろう。

なにもしていない。なにも出来ない。分を弁えるべきだ。今日は大分話し過ぎてしまった。しゃしゃり過ぎてしまった。


そう落ち込んでいた頃だった。


「ヨウ、お手柄だ」


足元を見たリシアは一枚の石畳にぱしゃりと蓋を外した霧吹きを逆さまにする。

撒かれた液体はシミを作ると同時に紫色の小さな肉球の足跡を四つ浮き上がらせていた。

明透です。一話6000字程あったので区切りの良いところで半分に分ける作業をしました。中身はそのまま、話数が二倍でなんだかお得ですね。セットでご感想お待ちしております。

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