第九話 行方不明の少女
明透です。昨日馬鹿やらかしたせいで小説のストックが無くなりました。たのしんでいただけたら幸いです。褒めていただけたらもっと幸いです。
「デイジーっ!!っああ、こんなところにいたのねデイジー!!」
曲がり角から走ってきた女性がリシアに抱きついた。後ろにひとつにまとめてある茶髪がぼさぼさになって緩んでいる。
「……あ」
それはこの街についた昨日の夕方に見掛けた玩具屋の前に居た母親の女性だ。
女性はリシアより高い身長でリシアを抱き込むように腕を回している。
「ああ…デイジー……どうして……もう、もう本当に心配したんだからっ……!」
強く抱き止められたままのリシアと目が合う。
その顔は分かりやすく焦っていてどうしようと書かれているようだった。確かにどうしよう。恐らくこれは。
「あの、すいません。多分その人、人違いです」
「……えっ?」
「すまないがご婦人、僕は貴女を知らない」
女性は抱きしめていたリシアの肩を掴んだままばっと離れると途端に絶望したような顔をしてそっと手を放した。
「ごめんなさい…その、背格好が似ていて……。そんな私嫌だわ…」
ごめんなさい、とご婦人は不安げに両手を胸元へと添えていた。
だんだん登ってきた太陽はまたアセンドラの違う顔を見せる。
建物はほとんどが三階以上の建築で、とんがり屋根のそれは更に大きく見えた。凹凸のある灰色の壁はよく見ればレンガのように石のブロックが積み重なっている。
陽の光は俺達の通りばかりを照らして、曲がり角向こうに居る女性はまだ朝の影だ。石畳には光と影の境界線がハッキリと現れ、街灯の細長い影が夕方の様に斜めに伸びていた。
店の多い通りなのか一階や玄関に当たる部分では色とりどりの看板や旗が飾られていて、照らされている店だけが清々しく朝を迎えているようで薄情にすら見える。
今のリシアは俺に合わせて黒い髪をしていたままだ。
香ばしく溶かした飴を伸ばしたように細いそれは、日に透かされて丁度女性と似た茶髪に見えていた。
遠目から見ていた限りリシアのが身長の高いように見えるが離れて見る分には確かに姉らしき少女の方と背格好が近いだろう。
「もしかしてこの位の身長の…茶髪で彼女より少し髪が長いくらいの女の子を探していますか?」
「っ!娘を見たんですか?!!!」
「あっごめんなさい!昨日」
丁度見渡せば向かいの店が並ぶひとつに開店前の玩具屋があって指を指す。
「あの玩具屋の前で夕方頃貴女達を見たので。ぬか喜びさせちゃってごめんなさい…そのあとは見ていないんです」
「僕らはミューズの方へ歩いていた。少なくとも子供とすれ違った覚えは無いな」
「そう、ですか…。丁度その後なんです上の娘が居なくなったのは…情報ありがとうございます……」
本当に失礼しました、と女性はキョロキョロと周囲を見渡しながらフラフラとおぼつかない足元で俺達と反対方向、つまりは街の中へと向かっていった。
焦燥感をべったりと貼り付けた横顔は酷く自分の無力さを痛感させる。
心臓が、痛い。
「っリシア」
「皆まで言わなくても分かる」
君の感覚が痛いほど伝わってきてな、そうリシアはひとつ溜息をついてポシェットをゴソゴソと漁るとぬるっとお手本の様なとんがり帽子を取り出して、被った。彼女の小さな顔が大きな帽子と対比してより小さく見える。
つばの付け根に巻かれた高級感のある紫色のリボンには金や銀の装飾がいくつもあしらわれていて、どれより目立つ真っ白な花が横には咲いていた。
「君の命を縮めることと同意義なんだが」
「これは俺の自慢なんだけどおばあさんの荷物持ちで学校に遅刻した事あるんだ」
「それはさぞ心地良い気分だったろうな」
リシアは皮肉に笑った。なんだかちょっと醜い心を見透かされたような気分だが、別に嫌な気はしなかった。
取り出していた箒に横座りになると俺達が会話している間に離れていった女性の前へとあっという間に滑り込んで降りる。
ああ、知っていた。俺よりみんなはかっこいい。
それはリシアもであったのだ。
追いつこうと走っていけばリシアは指を鳴らす素振りをしていて髪にかけていた魔法を解いていた。
朝日が月光の溶けたような髪を今度は白金に透かした。彼女がこちらに視線を投げ、その間にどうにか追いつく。
「僕はリシア。この通り優秀な魔法使いだ。幸い道具は多く持ってきているから君の助けになれるだろう。どうか手伝わせてくれ」
そうして帽子をはずし片足を少し後ろにずらして礼をする。まるで紳士のようだ。
「……!あぁ…ああっ!神様…ありがとう、ありがとうございます…こんな、こんな奇跡……!」
「ご婦人、どうか疑いを覚えた方がいい。これが僕の自作自演だったらどうするんだ。まあ対価は取らないから僕に利益は無いが」
「リシア」
肘で小突く。彼女は完全に親切心で言ったらしくむしろ首を傾げている。感極まっている女性には申し訳ないが、リシアには肩を叩いて振り向いてもらう。どうか一度話をしよう。
「とりあえず俺は人手があった方がいいだろうから手伝いたいんだけどそれは大丈夫?いいの?」
「ああ、構わない。むしろ失せ物や人探しは僕らの仕事で専売特許だ」
「…仕事?」
「専ら僕らの仕事だな。探偵職や情報屋よりも高額だが確かだ」
「さっき対価は取らないって」
「ヨウ、僕は君がやりたいことの全ての助けになろう」
「ちょっと待って!」
置いてけぼりにしてしまった母親の女性を振り返る。彼女は真っ直ぐな瞳をしていた。どこかで見たような決心のある瞳だ。
「…あの、俺だけでも!この人よりは頼りないけどなんだかいつもより走っても全然疲れないんで代わりに!」
「……お気持ちはいただきます。ですが構いません。魔法使い様、貴方を願っておりました。私に差し出せる全て、今すぐでなくても良いなら高額の金銭でもご用意いたします」
どうか娘を探してください。そう真っ直ぐリシアを見つめる姿は俺を元の世界に返すと言っていたリシアになんだか少し似ていて。
この無力感は、あの時委員会で感じていた心地によく似ていた。
「はっきり言って僕は貴女を哀れんだ。だからこの行いは貴女の覚悟にその不躾な視線を投げた償いとしたい。が」
ポシェットの蓋がふわりと揺れると中から呼ばれたように杖と何かがが飛び出し、何かは頭上へ、杖はリシアの右手へと収まる。
その勢いのままにくるりと杖を持つ手首を回すと、どうやら一緒に飛び出していたのは紙らしくひらりと落ちてきたその両面に光り輝く魔法陣が浮かんだ。
そして髪は女性とリシアの間でピタリと宙に貼り付けたように固定される。
「君さえ良ければ契約を交わそう。僕の全てで君の娘を探す。代わりに君や君たち家族は生涯、彼、ヨウの絶対的な味方になって欲しい。それでよければ契約書に、手を」
「リシア?!」
リシアは俺を横目で制した。そして右手をその契約書の片面に翳している。
女性も胸に当てていた軽く握った右手を伸ばしもう片面に触れる。
すると契約書は解れていく布のように上下から細い光の糸となって二人にぐるぐると巻き付くとそのまま染み込むように消えた。
「契約完了だ」
「…はい。よろしくお願いします」
「私はメイス・ドレガーと申します。探している娘はデイジー。デイジー・ドレガー…特徴は、先程そちらの方が言った通りです」
「ごめんなさい、名乗ってませんでした。俺はヨウって言います」
お辞儀をする。ゆるりと癖づいた茶髪を後ろにまとめ直した女性は軽く頷くと、ベージュのコートのポケットから取り出した紙に指でサラサラと何か文字を書いた。
それはひとりでに紙飛行機の形をとって飛び、一メートルほど進むと先端から光の粒子となって消えていく。
「…もうすぐ下の娘、アイビーが誕生日で店を閉めた後家族でプレゼントを見繕っていたんです」
「それで玩具屋の前にいたのか」
「はい。アイビーは見るだけでも楽しそうでなかなか帰りたがらなかったのをデイジーが諭してくれて助かりました。それで夫と四人で帰ったのですが……」
女性は痛みをこらえるような顔をして両手を胸の前でぎゅっと握った。
「デイジーが居なくなったのか」
「……夫はアイビーを肩車していました。私と夫はデイジーを間に挟む形で手を繋いでいたのですが…恐らくデイジーが転んでしまって、私たちの手から離れたんです。咄嗟に振り向けばそこにデイジーは居ませんでした」
「たったの一瞬でか?」
「はい」
たったの一瞬で、そこまで小さくもない子供が一人消えた。
妙に回る頭は酷いことを考えた。ここが魔法の世界だというならそんなことは安易なのではないだろうか。
「その後からずっと探しているんですか?」
「はい、夫と私の二人、それと衛兵様が二人。娘は信頼できる人に預けております」
「大人四人で夜通し…」
探しても、見つからなかったのか。この魔法のある世界で。
衛兵、警察の役割だろうか。二人って少なくないのか。
曰く玩具屋をそう離れていない場所でデイジーさんは居なくなったらしい。
それから俺達がミューズに居た一晩ずっと見つからないなら、この世界の包囲網がどれほどか分からないが遠くに行ってしまってはいないだろうか。悪い考えばかりが頭を占める。
だがたったの今考えたことを一晩中探していたメイスさんが考えないわけが無いだろう。
「先程夫には魔法使いに頼んだから仕事へ行くように連絡しました。せっかくデイジーが帰ってきても食べさせてあげるお金がなきゃ無意味ですから、サボってないで働いてこいと」
メイスさんはからりと、少し空虚な笑顔を見せた。リシアに抱きついて取り乱していた女性をとうの過去に置いていくように。
母親とはどんな場所でも強いのだろうか。




