プロローグ
初めまして 明透と申します。スキルもレベルもチートもないファンタジーですが、それも欲しくて筆を取りました。気になる点や誤字脱字がありましたら教えていただけたら幸いです。よろしくお願いいたします
窓に差す夕暮れは徐々に背丈を屈め、黒板上の時計の短針は真下よりやや右を指している。
去年使った余り物の装飾のダンボールを持ちながら校舎内の階段を登っていけば、授業の終わっているはずの校舎は未だ賑やかであった。 手すりは淡い橙色を反射している。踊り場で一人分だけの足音が響いていた。
早いクラスや部活では最終チェックといったところだろうか。女子達の記念写真の歓声や男子達の最近の流行りを真似た黒板の落書きへの笑い声。若者らしい青春が空間を支配している。
それとは打って変わって疲れた、だるい、めんどくさい。あちらこちらから間延びしたそんな言葉が聞こえるが、文字の印象とは違い、なんだか仕方がなさそうで、楽しげに聞こえてくる。
最近の若者は気怠さをお洒落に身につけているため、実際のところはちゃんと明日が楽しみなのである。このくらいの年頃は何時だってそんなスタイルなのだ。
どんなにやる気がなくとも、強制されたとしても丁寧に準備したものがどう報われるのか、結局仕掛け人は楽しみにしてしまうのである。
楽しみにしてしまうはずなのだ。
物静かな人もやや強引に巻き込まれながら、教師と生徒全員で円陣を組む教室もあった。
そんなふうにあちこちよそ見をしながら廊下を進んでいけば、この期間は文化祭実行委員専用の部屋である空き教室に辿り着く。
スライド式の扉は開けっ放しで中の様子が良く見えた。室内の扉近くでは丁度作業が行われている。
「あれ、そこ水色じゃない?」
「あ!」
看板にぺたりとセロハンテープで貼り付けた、薄紙で作られた桃色の花。その前で年季の入った教室の床にぺたんと座る生徒はそれをペリペリと丁寧に剥がしていく。
紙に貼り付けたというのに看板の表面がめくれることはなく、貼られる前のように綺麗に剥がされていた。
その生徒、杉野さんは器用で細かなことも素早くこなせるため本番の役目は人前で立つことであるのに関わらず、委員会の中でも一番小道具作成に励んでいる。
今は他のクラス等の周囲の装飾が豪勢になってきて、メインの看板が味気なさすぎると急遽枠を花で縁取ってくれているのだが。
「…なんだかいつも変なとこでドジるよね」
桃色、白色、水色の順を間違えていた。その他にも以前には持っていくものの場所を間違えたり、運ぶものを置き忘れてきたり。
「そんなところも愛嬌のある完璧な私でごめんな委員長…」
杉野さんはまさしくドヤ顔で言ってのける。
間違いのない真実であろう。彼女のドジをひとつひとつ覚えてしまっていたのは、その全てが場を和ませていた上に面白い話として印象づいていたからだ。
作業に戻っている手元ではペタリペタリと素早くまるで工場の様に看板に花が咲いていた。
「全く本当に。期待してるよ司会様」
「おうよ」
「リョウ!サボんなこっち来い!」
「サボってないって!」
窓の方から声がかかる。そちらでは男子生徒が三人で吊り下げポスターを設置していた。
「ツキ、これでいい?」
「なんでこんなクリスマスカラーなん?」
「他で使い回してるしこれくらいしか余ってなくてさ。もう作る時間も無いしとりあえず持ってきた」
ダンボールを渡せば、小柄ながらいつだって存在感を示すような少年はそれを片手で抱えながらもう片手でガサガサと中身を漁り、一緒に作業していた二人も何があるのかと覗き込む。
ツリーに巻き付けるようなキラキラモール、オーナメントに星。これの置いてあった部屋にはツリーでもあるのだろうか。
「まあいいや。こういうのはセンスだろ」
彼はそう言いながらさっさとポスター周りを飾り付けてしまった。
「……めちゃくちゃそれっぽい」
「やべ〜天才」
「俺らやることないじゃん」
「相変わらずすごいね」
「だろ?」
ぱんぱんと手をはたいてぐっと伸びをした彼は「じゃ眠いし帰るわ」と一人でふらふらと帰っていこうとしたが、一緒に作業をしていた二人にまだ居ろ手伝えジュース奢るからと絡まれていた。
ツキのクラスはもう準備が終わっている上に、部活にもこの委員会にも入っていないためあとは自由だ。つまりあとは彼の気まぐれ次第である。
幼馴染である自分を待つ片手間に作業してくれていたのだが、いろいろやったら満足してしまったらしい。
もちろん人手は大歓迎。彼もまた器用でその上センスがいい。
しかしそんな優秀な人材の『特技単独行動』はこれだけ年季を重ねた友情でも縛ることは出来ないらしい。非常に残念である。
猫のような彼らしいと片手を振り、他の委員の作業進捗を見ながら先生に報告し自分の作業に戻る。
自分じゃ彼の様に自由には生きられないな。
全員の作業が終わり、帰り支度もひと段落ついた頃。いつの間にかこの教室以外は静かで、窓の外は暗くなっていて。大分遅い時間かと思いきやまだ六時半を過ぎた頃だった。そういえばもう秋になって日が落ちるのが早くなっていたと思い出す。
顧問の教師が今までの頑張りを褒めて、普段うるさいほど騒がしい人も静かに横目でそちらを見ながら話を聞いている。それぞれが帰り支度がすんでスマホを持ちながら。興味が無い振りをしながら。
きっと自分が居なくても明日は成功する。
むしろこういう行事は馬鹿みたいに真面目な奴よりも。
「いいかお前ら、メリハリが大事なんだ。普段どんだけ気の抜け奴でもこういう時思い切り楽しくバカがやれる奴が周りからも一番好かれるし本人も一番楽しいから」
その通りだろう。
「お前らなら出来る。あとは楽しめ!あとは…委員長、なんかあるか」
急にふられ驚く。ここで長引かせたら内心では早く帰りたい人になんて思われるか。
「あー…俺もみんななら。あとはみんなが楽しめば、この文化祭は大成功するしかないと思います」
「あとは?」
「あと?!」
くすりと笑い声が起きる。
「えーと…最高の文化祭にしましょう!」
「拍手!」
ノリの良い人から拍手が起こり、その後解散を言い渡される。
仲の良い人同士でだべりながら、通話をしながら、画面を見つめ下を向きながら。自分もぐっとリュックを背負いながら教室の灯りを背にして暗い廊下を歩く。途中にぶら下がる非常口案内の灯りはなんだってこんなにも不気味なのだろう。
下駄箱のロッカーを閉めながらさっきは酷く空っぽで在り来りなフレーズを言ってしまったと嫌気が差した。
そうしていつもの道を通って家に帰り、早めに食事や風呂を済ませ、寝支度を調える。
昨日の夢は知らない土地で一人暮らしをしていた。一昨日の夢は普通に買い物をしていたら恐ろしい化け物に遭遇してしまった。
その前の夢も気になったが、明日は早いと思い直して中学から続けている夢日記をぱたりととじる。
電気を消して、最近兄からお下がりで貰ったベッドに潜った。真っ暗闇で瞼を閉じる。
せめて今夜の夢が良い夢になりますように。
ごお、という風の音が耳に届く。
瞼を開ければそこは燦々と照らされる昼の草原で、何より今自分は宙に浮いていた。
幻覚かと思いぱちりと瞬きをする。
まるでベッドが消えそのまま下に落とされ、どうにか着地しようという格好だ。
未だびゅうびゅうとした音とその強風が自分の周囲を包んでおり、顔周りの髪を激しく踊らせている。
服が膨らみ裾がはためく、全身の肌が新鮮な空気を浴びている。
寝巻きは何故か長袖の白いシャツと黒のスラックス、要するに制服に変わっていた。
そして恐らくこのまま地面に落ちれば尻餅をついてしまう不安定な体勢をしていた。重心が確実に後ろに行っている。姿勢を変えようとしたがぐわんとふらつき、途端に落ちてしまいそうでどうにかそのままバランスをとる。
いや、意識を向けるのはそんなことではなく、視界に広がるのは透くような世界だ。
遠くには緑の茂るとんでもなく大きな崖と地面では一面に広がる柔い草が波紋のように風を含み小さな丘を超えながらその崖へとぶつかっていた。
未だ浮いたままの自分の周囲には囲むように煌めきが舞っており、それは弾けながら消えていく。その光は徐々に落ち着いていき、また同時に風も止みはじめた頃に声が聞こえた。
「…………なんてことだ」
視界の真ん中には人がいた。実は目が合っていたのだがお互い時が止まったかのように微動だにせず、思わず周囲を確認していた。自分が浮いているからか、白い髪を持つその人はこちらを見上げている。
見知らぬ景色と確かに聞こえたその人の声に普段のような寝起きのあやふやではない確かな意識の冴え。手をぐっと握るとしっかりその通りに動く。
これは、きっと、間違いない。
ついに夢が叶ったのかと俺はどうしようもなくときめいた。
しかし、それよりもまずは。
「…えっと、女の人で合ってますか?」
お互い酷い第一声だ。
それが、長谷川リョウと魔法使いリシアとの出会いである。