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理来と火の悪魔

作者: 結城 黒子

 静まり返った夜。静寂の中を一人歩いていた。

 街の中心から少し離れた住宅地——彼は、眠れぬ夜を当てもなく彷徨う。星明かりの中を通りに立ち並ぶ街灯が、オレンジ色の光でポツポツと照らしていた。


 日が暮れたとはいえ、昼間の熱を溜め込んだ真夏の夜だった。紺青こんじょうに染まった空は澄み渡り、星が疎らに輝いていた。


 彼は思いを巡らせていた。過去を振り返り……『自分は今まで何をやってきたのか——』と、答えは考えるまでも無かった。——『何もしていない』子供の頃から遣りたいことなど何一つ無かった。勉強が出来たわけでは無い、そうかと言って、スポーツが出来たわけでも無い、絵が上手く描けたわけでも無かった。漫画が好きでも、読書が好きでも無かった。ただ、無気力で努力もせず……冷めていた。何が好きで何が嫌いなのかも……何が得意で何が苦手なのかも……それすらも分かっていなかった。結局——何を遣っても上手くいかないという思いしか無かった。……『だから——ダメだったんだ』子供の頃に遣りたいこと、好きなことを見つけられなかった人間は——大人になっても見つけられない。……『ただ、流されて……生きていた。——だけだった』


 ……彼は、空を見上げていた。

 一筋の光がスゥーッと、流れ落ちるのが見えた。

『流れ星』

 暫く星空を眺めていると……同じ方向に一つ、二つ、と光の筋が走る——。紺青こんじょうの澄み渡った夜空に、場所と角度を変えて気紛れに——流星が降っていた。

 宇宙そらを漂う星屑——永き旅路の果てに、地球の重力に引かれ近づき過ぎた星屑は、大気との摩擦によって焼かれる。そんな流れ星を観ていた。


 彼が異変に気付いたのは——急遽きゅうきょ、目の前が明るくなったからだった。

 光の点が少しずつ大きくなるものがあった。

『——?!』

 それは——瞬く間に広がり、無意識に両手を顔の前に突き出していた。

 ——あっと言う間に視界を覆い尽くした。



『……』

 どれ位経ったのか、目を覚ますと……彼は仰向けに倒れていた。

 空が紺青こんじょうに染まり、星が疎らに輝いているのが見えた。意識に思いを巡らすと……少しずつ記憶が戻ってきた。首を右……左……に動かし辺りを確認すると、道端に横たわっていることが分かった。

 意識を失う前と、見覚えのある景色が広がっていた。

「……何が、在った?」

 と呟き、身体をゆっくりと動かした。


 彼が地面に手を着いたとき、何かを握っていることに気が付いた。

 左手には……黒曜石の様に黒い石が握られていた。蒼白くちょろちょろとした焰が、今にも消え入りそうに燃えていた。不思議なことに、手にしても熱くは無かった。

「おや、気が付いたかい」

 と、突然——焰の中に目と口が現れた。

「……」

「……大丈夫?」

 焰が話してきた。

 彼は、余りにも非現実的で突飛な出来事に思考が追いつかなかった。今……何が起きているのか全く理解できない。そんな中、恐る恐る訊いた。

「君は……何?」

「オイラは、ルシファー。火の悪魔サ」

「——火の悪魔?」

「そうサ。オイラが宇宙そらから降ってきて、地面に落ちる所を——アンタに捕まったのサ」ルシファーは、何処か不機嫌そうに焰の肩をすくめて言った。「……アンタ、名前は?」

「……高坂理来こうさか りく

 理来は名前を訊かれて、何と無く反射的に答えてしまった。

「理来〜、オイラを早く——暖炉か薪のある所に連れてってくれよ〜」ルシファーは、消え入りそうな蒼白い焰を揺らめかしながら言った。「火が無いと死んじゃうよ〜」


 理来は、突然の出来事に驚き動けなかった。掌でちょろちょろと揺らめく蒼白い焰は、自分は——『火の悪魔』だと言った。理来の中で悪魔とは——良い存在では無かった。人間に対し悪さをし、常に人間や神々と戦っている存在だった。勿論、ファンタジーの中の物語では人間の見方をする悪魔も描かれているが、今——目の前にいる悪魔がそういう悪魔かどうかは判断できなかった。

 理来は……目の前に現れた火の悪魔ルシファーと、これまで自分が信じてきた現実が崩れ去る衝撃に耐えかねていた。


 ルシファーは、か細い焰をちょろちょろと揺らめかしていた。理来の掌に握られた悪魔からは……何の脅威も感じられなかった。ただ——純粋に暖炉と薪を求めているだけのように見えた。


 理来は空を眺めた……紺青こんじょうに染まる空には、既に流星は降っていなかった。ただ、疎らに星が輝いているだけだった。

 ……真夏の夜、微温ぬるい空気の中を理来は歩いた。胸の奥のモヤモヤは、もう気にならなかった。理来の左手には黒い石が握られ、ルシファーはその中で静かにしていた。



 理来は自宅のあるマンションまで来ると、階段を使い四階まで上がった。

 中へ入ると、少し考え……黒い石をガス焜炉(コンロ)の上へと置いた。ここは現代社会の日本である——暖炉が家の中に在るはずもないので、家の中で唯一火が使える焜炉コンロを選んだ。

 点火つまみを捻り〝ボワッ〟と、蒼い焰が勢いよく出るとルシファーは「おぉ」と身震いをし——声を上げた。理来は、ガスの使い過ぎを考えて火を弱めたが……ルシファーはにこやかに蒼白い焰をボワッとたぎらせ、オレンジ色の焰を燃え上がらせた。


 ルシファーの居場所を決めた理来は、冷蔵庫から<ほろよい>を取り出した。〝プッシュ〟と缶を開けると——グビグビッと一口に飲んだ。

 この時、理来は気が付いていなかった。火の悪魔ルシファーが力を取り戻したとき——部屋全体に魔法を掛け、私に魔力を提供していたという事実に……。

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