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「…どこだ、ここ?」
目を覚ませば、目の前には石でできた暗い階段、ずっと先に、微かな明かりが見える。
(先に進まなきゃ…)
なんでこんなところで寝ていたのかわからない。状況もわからず、なんとなく先に進んだほうがいい気がして、明かりに向かって歩き始めた。
頭にもやがかかったようではっきりしない、何でもいいから思い出そうとしているうちに暗い部屋の出口まで来たようだ。
かなり明るい時間のようだ。まぶしさに目が眩み、ゆっくりと目を開く。
目の前は一面に広がる砂漠。雲ひとつない青空、照りつける太陽。やはり知らない場所だ。
自分の置かれた状況に危機感を覚えた。
知らない土地で水も食料もなければ、近くに何の建物も見えない。
スマホも財布もない。あるのは左腕に着けた時計だけだ。
「…あれ?」
時計を確認して違和感を覚える。短針は6を指していた。俺は空を見上げる。太陽は真上にあった。
時計は壊れているのかもしれない。
秒針は正常に動いてそうだ。
(そんなことよりも、早くこんなところを抜け出さないと。)
俺は当てもなく歩き始めた。
しかし、砂漠というのは思ったよりもきつい。砂の上を歩くのは体力を奪われる。普段から走り込みしてフィジカルを鍛えていてよかった。
「ッスゥ…誰かァーーッ‼︎」
俺は大きく息を吸って必死に助けを叫んだ。しかし返事はない。
それから約30分歩き続けた俺は焦り始めていた。砂漠を彷徨い続けて、このまま何も見つからなければ干からびてしまう。
周りを注意深く観察しながら歩いていると視界の端に黒い影を捉えた。
「おーーい!」
やっとの思いで見つけた何かに、俺は思わず叫び、走り出した。そして、歩みを止めた。
黒い影は人ではなかった。
人間と同じ大きさの…ミミズだった。気持ち悪い見た目と規格外の大きさに思わず声が出る。
「何だこいつ!?」
俺の勘は目の前の生き物が危険だと告げていた。そいつは作り物でも、暑さにやられた俺の幻覚でもない。
「ズズズ」
そいつは俺の叫びに反応し、ゆっくりと頭部をこちらに向けた。ミミズと思っていたが、牙が2つ生えていた。
おれは踵を返し、全力で走り出した。それに応じるようにそいつは砂地を這って俺を追ってくる。とんでもないスピードで!
(敵わない!!逃げろ!)
俺は振り返るのもやめてひたすらに走る。
逃げ切れると信じて走ることしか俺にはできなかった。
その時だった。ドスッという音と共に地を這う音も消えた。追ってきている気配はない。俺は振り返った。
ミミズは体液を散らして倒れていた。その巨体にはいくつかの暗器のようなものが刺さっていた。一つはヘッドショットだ。
呆然としていると、左から声が聞こえた。
「おい、お前大丈夫か?」
大男がいつのまにか立っていた。右手には暗器のようなものを持っている。身長は190cmくらいあるだろうか?フード付きの黒いローブを着ていた。
「…助けてくれたのか?ありがとう。」
「いいよ。それより何でこんなとこにいるんだ?」
大男は優しく語りかけてきた。巨躯に少し警戒してしまったが、人柄の好さが滲み出ていた。
俺は、気づいたら砂漠にいて、人を探して歩き回ったらでかいミミズに襲われそうになったことを話した。
「災難だったな。とりあえず街に帰ろうぜ。俺はギイヤ。あんたは?」
「俺は」
そこから先の言葉が出ない。あろうことが自分の名前が思い出せない。それどころか家族、友人の名前も顔も浮かばない。自分の家も、生まれた場所も過ごした土地もわからない。何か大切なものが自分から抜け落ちたようだった。自分のことがわからないはずなのに、なぜか冷静でいられる、ずっとそうであったみたいだ。
「どうした?どこが悪いのか?」
ギイヤはそんな俺の様子を見て、それ以上は追求しなかった。
そのまま俺を街まで送り届けてくれた。