才能なしのメチャ七変化!~無能貴族は追放後、神スキル【全てを叶える者】を覚醒させ、世界を聖女と笑い飛ばす。 勇者? イケメン? チッチッチ。それらすべてを超えてやる 【短編】
「「エイダン様、おはようございます」」
「みんな、おはよう。今日も忙しくなるから、頑張ろうな」
「「はい!」」
俺の名前はエイダン·イーグル。カリプス王国の子爵家の跡取りだ。
だが、両親が突然死んだことにより、〝跡取り〞とノンキに言っていられなくなった。
王家のため民のため、懸命に働かなければいけない立場となったんだ。
「俺に客? ははは、忙しいな」
悲しむヒマもない。いや、これも当主の務めか。葬儀のあとだけど最初の仕事頑張るぜ。
ところが、やって来たのはこの国の法務大臣で、突然おかしなことを言い出したんだ。
「ふん、貴様がエイダンだな。遺産となるもの全てと、その地位をめし上げ、追放処分とする。今日中にここから出て行けよ」
俺を虫けらでも見るかのように言い放った。俺にとっちゃあ『はぁ?』だよ。
国の重鎮が、直接出向いてくるなんてただ事じゃないし、ましてや追放だなんて信じられない。
「ま、待てよ。あっ、お待ちください。これは何かの間違いでは? 領地運営も健全ですし、王の不興を買うようのことは、一切しておりません」
いきなりのことで、全く事態が把握できない。とりあえず、話をきちんと聞いて……。
「なんだ、クズがまだいたのか。この屋敷の中で、お前のものは何1つもないぞ。勝手に触るなよ」
何だこの人。一方的で話が通じないぞ。
俺は嫡男だし兄弟も他にいない。それに書類にも不備はないはずだ。
「書類に不備はないだと? お前自身に不備がありすぎだろ。いや、何も持たない【無能者】め」
まただ、この言葉をなんべん聞いた事か。うんざりだぜ。
「【無能者】とは理解力も乏しいのだな。いいか、この王国に必要なのは、私のように顔の何処かにちゃんと、スキルなりジョブが書いてある【有能者】なのだ」
そう、大臣のアゴには【執政官】という文字があり、俺の目に飛び込んでくる。
この世界では、誰もが自分の生きる道しるべとして、才能がアザとなって、顔に浮き出てくるんだ。
子供が生まれると、このことをすぐに確認し、その子の将来を喜ぶのが慣わしだ。
【勇者】の文字がある者は、その力で人類の光となれるし、【商売繁盛】とあれば、商売人として未来は明るい。
これは当たり前のことだし、誰もがひとつは持っていて、云わばそのアザが名刺代わりとなる。
そう、アザがない人間なんて1人もいないんだ。
「国や民も、君には期待していないのだよ。それとも何か、アザもないのに秘めたる力でも持っているのか? え、答えてみろ」
いや、俺にもある事はあるんだ。ホクロかと見間違えるほど、ゴク小さく書かれた文字【全てを叶える者】だ。
いっけん凄そうなコレも、実は何の役にも立たないシロモノだった。
ステータスを開いてみても、そこにはジョブはおろか、スキルの一つさえも表示されないんだ。
まぁ、この落差には、両親と共に打ちのめされたよ。
【全てを叶える者】なのに、自分の将来に何一つ希望を見いだせない。
そう、俺は世界でただ1人の世にも奇妙な、何も持たない【無能者】なのさ。
悔かった。そして、このハンデについては十分理解していた。
だから、俺は誰よりも剣術の稽古に励み、学問を追求し、父が倒れたあとも、領地経営の改善にいそしんだ。
その努力のかいあり、誰にも負けない知恵と体力を身につけた。
しかし、それは凡人と比べてだ。
どうあがいてもスキルの文字持ちや、ジョブの文字を持つ者にはかなわない。
この大臣にしてみれば統治の心得なんて、学ぶ必要もない。
才能の証となるアザとは、それほど深い恩恵があるものなんだ。
しかしだ! それと相続問題とでは話がちがうぜ。
「私を廃嫡するとしても、他に相続できる者はおりません」
そうなんだ。王国法がそれを許さない。
貴族が遺産を相続することは、王家に対する忠誠や義務も引き継ぐことを意味する。一般のそれとは違うんだ。
とそのとき、扉が勢いよく音を立てて開いた。
「いいや、エイダンよ。それはお前が心配することじゃない。あとの事はこの高貴な英雄、ブレッド様に任せるがいい」
甲高い声で騒がしく入ってきたのは、金髪の太った男だ。
この男は母方の遠い親戚で、俺と同い年のブレッド·ゴールドマン。うちの家より格がある伯爵家の4男坊だ。
小さな頃から家柄を盾に、嫌がらせをしてくる迷惑なヤツなんだ。
呼んでもないのによく我が家に来ては、事あるごとに額に書かれた【重騎士】を、これ見よがしに見せてくる。
「はぁ~ブレッド、また変なこと言い出したな。いくら従兄弟だとしても、君にそんな権利はないんだぞ。
後で相手してやるから、いまは引っ込んでいてくれ」
「おめでたい奴だな。遺言状がここにある。しっかりと見て、現実を受け入れろ」
受け取った内容は、財産すべてをブレッド·ゴールドマンに託す、という内容のものだった。
しかもそれは父の字で書かれたものだった。
「お前のクソ親父が、泣きながら頼んでくるからよぅ、しょうがなく受け継いでやるんだ」
しかし、俺は気付いた。
父が書類作成のときに、真偽を明らかにする隠し符丁がどこにもない。
こんな偽物を用意してまで、だまし取ろうとするなんて絶対に許せない。
ちょうどいい具合に法務大臣もいるし、白黒はっきりつけてやるか。
「父を侮辱するのはやめろ。これは明らかに偽物だ。父の隠し印がどこにもない。この偽装は極刑に値するぞ」
こういった細工があるの当たり前。この従兄弟は昔っから、あと少しが足りないんだよな。
「ぶひひ、もしこれが偽物だとしても、【無能者】のお前がいる限り、これは本物になるんだよ」
はぁ~、相変わらずバカは、とんでもない開き直り方をするもんだ。
このあとはいつものパターンで、自分の間違いに気付き、逆切れ発狂してくるんだよな。
だけど今回のブレッドは、余裕の表情を見せている。なぜだ、いつもと違うぞ。
俺への蔑みだけが、この笑みの理由にはならない。
「ぶひひ、お前は小さな頃から、何1つ変わっていない。どうせまた、正義が勝つとでも思っているんだろう?」
「当たり前だ。大臣もいらっしゃるのだ。法の裁きを受けろ」
その言葉に大臣は、歪んだ笑顔を浮かべて話し出した。
「愚かだな、エイダン·イーグル。
その書類を作成するとき、私自身が証人として、立ち会っているのだよ。この意味が解るかい?
つまり、私がこれを本物だと言えば、これは本物になるのだよ」
「えっ、今なんて?」
「そして、既にこの遺言書は有効とみなし、ただちに権利の移動をしておいてあげたよ」
言葉を失ってしまった。この偽物を法務大臣自身が作っただなんて。
「やっと気づいたのか? 無能者の存在は偽物よりも軽いのだよ」
これは出来レースだったんだ。
父の病気と俺のハンデをよいことに、全てを奪い取る算段をつけていたんだ。
鉱山などの旨みのある資産があり、しかも廃嫡したとしても誰からも文句が出ない。
彼らにしてみれば、俺は格好のカモなんだ。
「新領主ブレッド·ゴールドマンよ。君ならお父上も聡明な方だし、期待しているよ。
さぁ、不遜で役立たずの怠け者を、サッサと追い出すのだ」
分かっていたけど、貴族社会とはなんて汚い世界なんだ。ウンザリするぜ。
「ぶひひ、2度とこの領地に近づきたいと思わないよう、たっぷり可愛がってやるぜ」
ガラゥンと鈍い音を立て、ブレッドは大剣をかまえた。マジかよ、本気でやる気だ。
「うまく避けろよ、そりゃ!」
上段からの迫力ある振り下ろし。当たればひとたまりもない一撃だ。
容赦なく次々と襲いかかってくる凶刃。風圧だけでも肌が焼ける。
それを全神経を集中させることで、なんとかギリギリ避けれている。
浅い傷をいくつも負い、俺も追い詰められているが、ブレッドも息があがり始めた。
「はあっ、はあっ、チョコマカと、くそ。こんな絵まで俺様を馬鹿にしやがって」
何て事を! イラつくブレッドが父様の肖像画を斬りやがった。
「ぶひひひっ、隙だらけだ《ショルダータックル》」
ブレットの姿が、視界から消えた一瞬の出来事だった。
俺は派手にふっ飛ばされ、壁に激突し動けなくなった。
「がはっ! ま、まだだ」
たった1つスキルがこんなにも重いだなんて。
「おーおー、強がっちゃってよ。だが所詮、才能がない奴はこんなものだ。ブヒッヒッヒッヒー」
「エイダン·イーグルよ。本日のこの時より、お前の貴族としての権限を全て剥奪する」
「どこへでも行くがいいさ。一般市民のエイダンちゃん。ブヒッヒッヒッヒー」
こうして俺は貴族としての最後の命令を受け、すべてのものを失った。
それから酷いものだったぜ。
領地にあるものは、すべて持ち出すことが許されないし、着のみ着のままで追い出されたんだ。
傷を癒すポーションもないし、馬にも乗れず只々歩き続け、やっと他領の街グーリグリにたどり着けた。
理不尽な仕打ちに悔しい思いをしたさ。だけど、それよりも今後あのブレッドを支えていく、領民や館の者たちが心配だよ。
ブレッドは昔から、ワガママでひどい癇癪持ちだ。
ちゃんと国と領民の間に立って、あの地を治めていけるのだろうか。
いや、俺はバカか。今は人のことより、まずは自分の事だろ。
手持ちのカネも、数日で無くなってしまう程しかないんだから。
『旦那さま~、少し恵んでくださいな~』
こんな町にも冒険者崩れか。片足も無く人生を諦めている感じだな。
銅貨10枚あれば、彼らは食事にありつける。最低限の生活だが、ヘタをしたら俺もこうなるかもしれない、でもよ。
――チャリン――
『ぎ、銀貨! ダンナ、ありがとうございます』
「それで体力を戻しな、それと自分を諦めるなよ」
はぁ~、何やってんだオレ。格好つけてる場合じゃないのにさー。つくづく自分で自分の甘さが嫌になるぜ。
「もー知らねー、こうなったらヤケだ!」
こういう時は美味しい物を食べるに限る。嫌のこと全部忘れてやる。
近くに酒場から、いい匂いがしてきた。よし、ここで決まりだな。
きれいな店内で活気があるし、注文に取りに来た店員も陽気に話しかけてきた。
「お客さん、その面からすると、女と喧嘩をしたクチだね。うちは安酒ばかりだから、そんなお客さんにピッタリだよ」
軽口が心を和ませてくれるよ、今の俺にはこれが1番の薬だぜ。
勧められるまま注文し、エールと一緒に出てきた料理を食べる。
かなり旨い、エールもグイグイいけ、あっという間に酔いが回ってきた。
しばらくまどろんでいると、1組のカップルが店に入ってきた。
男は鼻にイケメンと書かれた優男。
連れはそんな男に、ベタ惚れだと一目でわかる若い女だった。
俺には関係ないとエールに口をつけた時、優男が俺を指差し笑い出した。
「なんだお前、みっともねーなぁ」
「ちょっと、コウちゃんやめなよ」
「あん、俺に指図をするのか、ふざけんな」
「ヒィッ、ご、ごめんなさい、許して」
怯える女に男はクドクドと説教をし始めた。
2人は酔った様子もなさそうで、普段からこういう関係なんだろう。
「それにしても、モテない男は格好からして貧乏臭せぇなぁ。キズを直すポーションも持っていないのかよ。
おまけに弱そうだしよ。女にでも殴られたんじゃねぇのか、ハハハハー」
初対面の他人に、よくここまで言えるもんだ。
顔はイケメンでも心がさもしいな。相手にするのもバカらしいぜ。
「オイ、何シカトしてんだよ。コッチを向きやがれ」
肩を掴んできて、どうあっても逃がさないつもりのようだ。
「やれやれ、お前カッコ悪いぞ。イケメンの素質以外に何か磨いたモノはあるのか?」
「な、な、大きなお世話だ」
「それとお嬢さん、好きな気持ちは大切だよ。でも将来を見誤らないようにな」
「テ、テメー、表に出ろ!」
この男、足運びから見て完全な素人だ。
鍛えた俺の敵じゃない、ワンパンで終わりだろう。
でも、それをしてどうなる。憂さ晴らしで八つ当たりって、みっともない事だぜ。
「オイオイ、腰抜けが。イキった割には喧嘩もできないのか、ヘンッ」
「コウちゃん」
「それにな、この女は俺にベタ惚れで、こんな事をされるのが嬉しいんだよ」
男はそう言うと、女の顔をガッと掴み力任せにキスをした。
女は暴れることなく身を任せていたが、どこか少し寂しそうにも見えた。
だけどこれは2人の問題。口を出した俺の方が間違いなんだ。
地位も力も金もない、そんな男のたわ言でしかない。
「マスター、お勘定を頼む」
「へッへー、もてない男は目ざわりだ。2度と人前に出てくんなよ」
アザの効果がないことが、こんな結末を招くなんて考えてもいなかったな。
幼い頃から、アザの効果が無いなら無いなりに、領地経営を頑張れば、必ず結果は付いてくると考えていた。
それが親の残してくれた物を守れず、明日の食事にも心配する始末だなんて。
更に見ず知らずの男から、罵声を浴びせられている。俺は酒場を出て、トボトボと宿屋へと向かった。
次の朝起きると、だいぶ飲みすぎたようで頭が痛い。昨日の晩はもうサイテーだったな。
追放されたこともあるけど、酒場で絡んできた男がなー。
有益なスキルや特性を授かったヤツラは、それだけで人生が安定する。
昨晩はそれをまさに象徴する出来事だよ。
あ~、一度でいいから、見た目でチヤホヤされてみたいぜ。
ただそれよりも、昨晩は調子のって金を使ってしまったんだよな。今日から稼がないとマジヤバい。
この街にある、冒険者ギルドに登録をして頑張るしかないぜ。
それと、一晩経って冷静に考えてみたんだ。
俺は今までは人目を気にして、期待に応えるためにあくせく働いてきた。
それが突然すべて取り払われ、自由になれたんだ。
今の俺は何をしたっていいんだ。何者になってもいいんだ。
そう考えると心が軽くなり、小さな頃から憧れた夢を思い出したよ。
〝青い空の下を笑いながら歩く、自由気ままな英雄〞
ふっ、ジョブがない俺には制限はあるけど、鍛えた剣術でのし上がることもできる。
そして、冒険者ギルドは、それを可能にさせてくれる場所でもあるんだ。
それに言葉遣いや立ち振舞いも、人目を気にしなくて良いしメッチャ開放的だぜ。
「よし、ガゼンやる気が出てきたぜー!」
腹ごしらえをして、新たな一歩を踏み出してやるか。
着替えを終えて、軽い足取りで1階の食堂へ降りた。
すると時間が遅かったのか、ウエイトレスの女の子が片付けをしていて、他の客は誰もいなかった。
「お客さん、遅いですよ。もう何にもありませんよ。
えっえっえー! うそ、カッコイイ」
不機嫌だった女の子が俺の顔を見るなり、ホワンと緩んだ表情になっている?
「ちょ、朝食ですよね。何か好みのものありますか? 時間があるなら、なんでも私作りますよ」
あれ、さっきと態度が全然違うぞ。
まるで昨晩のイケメンを見る女子のような表情だ。明らかに恋する乙女の顔だよ。
普段でもこんなこと起こらないのに、腫れあがった顔では、なぜこうなるのかが分からないぜ。
「あ、ありがとう。腹にたまるものであれば、なんでもいいよ」
女の子は、はにかみながら奥へと引っ込み、しばらくして両手いっぱいの料理を持ってきた。
すごいサービスだけど、こんなには食べれないぞ。
「傷を治すためにも、いっぱい食べて元気になってください、ポッ」
ヒョ~、急なモテ期の到来にドッキドキだよ。
でも袋の中のコインの数が、俺に現実を見ろと言ってくる。くそっ、残念だ。
朝食を終えたあと、この子に教えてもらった冒険者ギルドへ、泣く泣く急ぐしかなかった。
「ふぅ~、それにしても、宿屋のあの女の子は可愛かったなぁ」
そうさ、焦ることは何もないぜ。
当分この街にいるし、本当に分かり合える娘さんなら、チャンスはいくらでもあるさ。
そんなことを思い歩いていると、妙に視線を感じるのに気付いた。はぁ~またか、見られている。
小さな頃からアザのない顔を、ジロジロ見られるのは慣れている。
それは哀れみだったり蔑みだったりと、決していい視線ではなかった。
でも、今日は何かが違う。ネットリというか、絡みつくというか、とにかく視線が熱いんだ。
「うわっ、カッコイイ~」
「あの人誰かしら。ねぇ、貴女知っている?」
むむむむ、見てきているのは女子ばかり。
いや、男も見てきているが、睨んでいるといったところか。
今朝から何かがおかしいぞ。宿屋の女の子もやけに好意的だったし、今まで味わったことのない状況だ。
あそこの花屋のお姉さんも、向かいの道具屋の奥さんも、道を歩いている幼い女の子も。
みんながみんな、俺に恋した顔をしている。
えぇぇぇ、腫れた顔が流行っている?
ナゼか分かんないけど、これはモテ期だ、絶対そうだ。
ギルドに行かないといけないのに、こんなタイミングは残酷だぜー!
でも、どこを向いても女の子。少し離れたところにも女の子。うおぉ、背中にもピッタリ女の子ー!
しかもキラキラした目で、こっちを見てきている。絶対あの目は恋する乙女だよな。
でも、なんで俺なんだ。服装の仕立てはいいけど、血や埃で汚れているし、顔も腫れていて見た目は最悪だ。
でも、見られている。注目されている。期待されているーーーーー?
や、ヤバい。緊張して、同じ側の手と足が同時にー。
「あの歩き方、カッコイイわぁ。何をしても、サマになるなんて無敵よね」
ち、違う! こんなダサダメ行進ちっとも良くない。
顔もこわばってきたし、体の動きもグチャグチャ。
今の俺どうなってる? 腰も引けてガニ股なのか内股なのか分かんねー。
「キャーーー、ダンスまでしてるわよ」
だからー違うんだよー。ただ歩いているのに、カクカクと手足が。〝アワワオドリ〞とかいうダンスにしか見えーん。
んんん、なんだか釣られてみんな踊ってないか? 嬉しそうに近寄ってくるし、おかしくねぇ?
「ねぇ、お兄さん、お名前は?」
「エイダン·イー。た、ただのエイダンだよ」
もう俺は貴族でもなんでもないんだ。今日から1人の人間として生きていくんだった。
「ねぇ、ねぇ、なんでそんなにカッコいいの?」
うーわ、……めっちゃ答えにくい。うはっ、みんなキュンキュンした仔ネコみたい。
「ねぇねぇ、この人達は放っておいて、あっちで2人になりましょう」
「あら、エイダン様は図々しい女はお嫌いよ、そうですわよね?」
「ふん、ご自身を下卑しなくてもいいですわよ」
「なんですってー?」
み、みなさん、落ち着いて。とにかく仲良くな。
「はーい、エイダン様ー」
この変わりようって、こ、こわい。どちらも自然なのがヤミ深い。
で、でも。
「みんな、ありがとう。助かるよ」
メッチャうれしいーーーーー!
腕を捕まれ、右へ左へと取り合いになっている。
甘い香りと圧力が、こんなにある? っていうぐらい俺の周りに溢れているよ。
危うく自分というものを、見失いそうになったその時、俺を取り囲む女の人の外側から、野太い声が聞こえてきた。
「オイ、いないと思ったら他の男に色目を使っていたのか。ふざけんなっ、承知しねぇぞ」
予想はしていたけど、恋人がいるのにこの輪に入っちゃダメでしょ。
「あん、テメーか。俺の女にちょっかい出しやがったヤロウは!」
詰め寄ってきた男は昨晩、酒場で絡んできたあの優男だった。
しかし、ナゼだか俺を見た反応が、昨日と全然違う。
「な、なんだこの男前は、ま、負けた。いや、負けてない。お、お、お前なぁ、ちょっと顔がいいからって、クッソ調子乗るなよ」
こいつも変だ。確かにいまモテているけど、別にイケメンじゃないぞ。
むしろパンパンに腫れ上がった顔だから、怖いはずだろ。
「ちょっとやめて、エイダン様に失礼でしょ」
彼女さんのその言葉に男は激昂し、思いっきり頬を張り飛ばした。
手をあげるなんて信じられない。これはもう他人ごとだと言ってられないぞ。人の尊厳に関わることだ。
「そうよ、女に手をあげるなんてクズね」
他の女の人たちも騒ぎ出し、これでもかと男を責め立てた。
これには優男も居たたまれなくなり、タジタジになっている。
「オ、オメーらに関係ないだろ。おい、行くぞ」
彼女さんの腕を掴み、この場を立ち去ろうとしたが、彼女さんのほうがその手を振りほどいた。
「もうあんたにはウンザリなのよ。いつも威張ってばかりで、あんたなんて下の下の下よ。
それにエイダン様の足元に、何1つおよばないじゃない」
「ど、ど、ど、何処がって言うんだ、ふざけんな」
男の切り返しに、一瞬この場が静寂に包まれた。
それから女の人が全員、こんなに出るのと思う位の大声で笑い飛ばした。
「あははは、解ってないようだから言ってあげるわ。まずエイダン様の魅力は声よ。心に響く安らげる音色。あんたに女を酔わすセリフが言える?」
「う、うっ、言えない」
いや、俺は口説き文句を言っていないぞ。
「ふん、浅いわね。エイダン様はこの深みのある瞳がいいのよ。全てを見透してくれるのよ。この人の前なら素直な自分でいられるわ」
いや会って間もないのに、そんなの分かるはずないぜ。買い被りすぎだろ、マジで。
「あら、お子ちゃまだわ。エイダン様の魅力はこのかぐわしい匂いよ。すーはーすーはー、クンカ、クンカ。もう最高よー」
ク、クンカ? それはどういう事なの? もうおれ自身がついていけないよ。
「それにね、エイダン様の全てには心があるわ。上辺だけのあんたとは大違いなのよ」
「嘘だ、俺はイケメンだ。それに、俺は将来もっとビックになるんだ」
薄っぺらい、なんだか可哀想になってきたよ。流石にもうやめといてあげたら?
「ほらね、スカスカのあんたはその程度。エイダン様のお慈悲で、生かされているのよ」
散々煽られた優男は、悔しそうに唸っている。
何を言っても、女の子たちに言い負かされる。
その腹いせか、また女性に手をあげようとした。
これには俺も構えていたので、素早く駆け出し間に入ったが、それでもやめようとしない。
不本意だけど優男を止めるため、顔に裏拳をお見舞いした。
「グベッ、イデーイデーよー」
手加減はしたんだけど、拳はちょうどイケメンの文字が書いてある鼻にあたり、文字と鼻をへし曲げた。
「キャー、エイダンさま無敵ーー!」
「これでわかったでしょ。エイダン様には勝てないって。もうこの街には誰1人、あんたが良いっていう女はいないわよ」
優男は泣きながら逃げ出した。あの分だと本当に、この街からいなくなってしまうかもな。
自業自得とはいえ、ちょっと不憫に思えてきたよ。
「あんなクズにも優しいだなんて、もう完璧ですー」
ちょっとさっきから気になっていたけど、なんか女の子の圧力すごくないか?
普段聞いた事がない褒め言葉で、グイグイと詰めてくるし。邪魔者がいなくなったと大はしゃぎだ。
いつまでこの街にいるのとか、好みのタイプとか、さっきのダンスの事や、足のサイズまで聞いてきて、答えても答えても、質問の波はおさまらない。
「ちょ、ちょっと、みんな落ち着いて」
制止もしても、その仕草がカワイイとまた跳ねるし、こ、怖い。
女の子たちの顔は笑っているが、目はまさに獲物を狙う獣のようだ。
喰われそうな雰囲気にいたたまれなくなり、ダッシュでその場を逃げ出した。
「どこ行くのかしら、あとを追い掛けましょ」
ヒィィィィ! 女子って、もっと足の遅いものだろ。
俺の全力疾走にもついてくるし、圧迫感が半端ない。
ドドドドッと音を立て、余裕なのか喋りながら走っているんだ。な、なんか精神が崩壊しそうだ。
「スゴーイ、足も早ーい。きゃーーー」
日頃鍛えているこっちの息が続かねーーー。
あああ、女性って、美しく儚げなモンじゃねぇの?
こんな逞しさや、図太さとは無縁の存在であって欲しいのにー、なんなんだーこれはー!
そんな想いと、子供だった自分を置き去りにする気持ちで、肺が潰れんばかりにおもいっきり走った。
そして、どこをどう走ったか分からないが、ようやく全員を撒くことができたんだ。
「はぁ~、モテるというのが、こんなに大変だと思わなかったぜ」
さっきの優男にも、他人には言えない苦労があるのかもしれないな。
人それぞれか。
「ふははは、それにしても、良いことがあったよな」
腹の底から笑えてきたぜ。遺産相続の件は残念だったさ。でも、悪いばかりの人生じゃなかったんだ。
男なら誰もが憧れる、モテモテハーレムを味あえたんだぜ。
こんなこともあるもんだ。まぁ、今日だけのことだろうけど、少しは人生というものに、期待を持つことができたぜ。
もしかしたら明日には、全てがもっといい方向に変わっているかもな。
「よし、ギルドに行って、新しいスタートを切るか」
気持ちも軽くなり、そう決意をし拳に力を込める。
その姿が家の窓ガラスに映っていて、何気なく自分のことを確認した。
「ん? えぇえーーー! こ、これはなんだ?」
いや、こんな驚きの表現じゃ足りないぞ。あまりの衝撃で、目の前の現実に頭が全然追いつかない。
ガラスに映った姿は俺そのものだ。
顔の腫れている以外、身体的特徴は何1つ変わっていなかった。
いや正確に言うと、顔にかかれた落書き以外はだ。
【チョーイケメン】
……………………う、思い出しちまった。
昨晩のイケメンからの煽りが悔しくて、宿に戻ったとき自分で書いたんだった。
『なにがイケメンだよ。羨ましくねぇよー。
俺ならその上の、チョーイケメンになっちゃうもんねぇー』
ノリノリで陽気にペンを取り出し、鏡を見ながら描いたんだっけ。
はぁ~、酔ッパライはダメだ。何をするか分かったもんじゃない。
しかし酔っていたのに、結構きれいな字で書けているな。
いやいや、そうじゃないぞ。自分のしたことに恥ずかしいやら、呆れてしまうやらで、途轍もなく後悔している。
こんな子供じみた落書きをしてよ。しかもそれを忘れて、堂々と街を歩いてしまうなんて。
ヒィィィィ、思い出すだけで恥ずかしいぃぃ。
さっきまで冒険者ギルドでの、新しい生活に浮かれていたさ。
でも、それを理由にしたとしてもアホすぎる。
死んだ両親もこれを見たら、悲しむどころか腹を抱えて笑うだろうな。
しかも、モテたのは実力じゃなくて、この顔の落書きのせいかよ! ナンなんだよそれ!
……ん?
んんん?
おおぉぉぉおおおお!
『チョーイケメン』と書いたから、『チョーイケメン』になってモテまくった!
普通じゃあ、こんな都合のいいことあるはずない。
もしかしたら、俺はとんでもないことを発見したのかもしれないぞ。
つまり顔に文字を書くことで、スキルや特徴、もしかしたらジョブさえも、手に入れることができるかもしれないって事だ。
でも本当にそうなのか? いや、たまたま偶然かもしれないぞ。落ち着けーおちつけー。
それでもさ、さっきのモテモテハーレムは現実に起きていたよな?
うー、期待と否定する言葉が、頭の中を駆け巡るー。
「でも俺は、このことを信じたい。いや、信じさせてくれ」
祈る気持ちで目を閉じ、ステータスオープンを唱える。
目の前には、自分のステータスが浮かんでいるはずだ。
でも、目をあけるのが怖い。馬鹿なコトだけど、有るはずもないものを期待しているんだ。
思い返せば、アザの効果がないことで、苦しむばかりの人生だった。
両親はそんな俺を不憫に思い、いっぱいの愛情と、どうにかして他のアザを与えようと、財産をつぎ込んでくれた。
すげぇ感謝しているし、期待に応えるよう俺も頑張った。
でもそんな方法なんてある訳ない、現実は厳しかったよ。随分と苦労をかけさしてしまったし、俺も毎日落ち込んでいたよ。
でも父様は、いつも決まってこう言ってくれていたんだ。
『なんてことはないさ、全て私が叶えてやる』
この言葉に、どれほど勇気づけられたことか。
俺を信じてくれた両親に報いるためにも、勇気を持って見てやる!
エイダン·イーグル
Lv :1
ジョブ:――
HP :17
MP :7
力 :12
体力:10
魔力:15
早さ:8
器用:8
運 :5
パッシブスキル:イケメンムスク イケメンビーム イケメンポイズン 信じる心 魅了耐性 .
サンゼンと輝く5つのスキル。
「ゆ、夢が……夢が叶った。スキルが……何も無かった場所に……ちゃんと……ありやがるぜ!」
とつぜん何の前触れもなく、この俺に、こんな俺に。
「グフッ、うっぅうっ、グウゥッ」
嬉しくて涙が止まらない。でも、両親にこのことを見せてやれなかったのが、残念でしょうがない。
いや、あの2人なら空の上から見てくれているよな。
「やったぜ、父様ーー、母様ーー!」
ガラスを見ると、涙で文字が滲んで消えかかっている。
もしやと思って再度確認してみると、スキルが全部きえていた。
え、え、え? なんで、なんで無くなった?
めまぐるしい展開に、頭の中が真っ白でパニックだ。
おちつけー、オレ! よく考えろ、アザがないという事はスキルがない証拠じゃないか。
うん、ここまではいいな? じゃあ、文字が消えたらスキルもなくなるのは、自然なことだ。うん、自然。
「嫌ーーー、自然で済まないでくれよ! 俺の輝きかけた未来はどうなるんだよ。そんなのナイぜ!」
待て待て、焦る事はないぞ。もう一度書けばいいじゃないか、うん。
でも、本当に上手くいくのか? 一回こっきりって事はないよな。
自分の言葉に、心臓をギュッと掴まれた気分だ。だけど、避けては通れない。
よしと覚悟を決めたその時、うしろから不意に声をかけられた。
「やっぱりエイダンの声だったのね。良かったわ、心配したのよ」
振り向くとそこには、慣れ親しんだ優しい笑顔の少女。俺の幼馴染でもある、聖女リディが立っていた。
「エイダーン、無事で良かったわ」
リディは俺を自分の胸元に引き寄せ、ギューッと力一杯抱きしめた。
うぐっ、ちょっ、ちょい。や、柔らかい所にー、待ってくれ、う、埋もれるー。
「あっ、ゴメンね。嬉しくって、つい」
プハッ、ふぅ。普段はこんな大胆な娘じゃない。本当に俺のことを心配してくれたんだな、ありがたいぜ。
「リディ、お前どうしてここに?」
「だってエイダンの一大事なのよ、飛んでくるわよ。でも、何を大声だしていたの?」
俺はさっきあったことを全て話した。
リディには何でも言える間柄、唯一こころを許せる大事な人だ。
「うそ、それだとどんなジョブにでもなれるじゃない!」
「いや、まだ確定じゃない。今からそれを試すんだ、付き合ってくれるか?」
「うん、もちろんよ」
一番最初にどうしても試したいジョブがある。それは最強と唱われる【剣王】なんだ。
圧倒的な強さで、人類の先頭を突き進む。男なら一度は夢見ることだ。
もしここに、俺の憧れでもある【剣王】のジョブを書き加えたらどうなるかだ。
「むっちゃドキドキするぜ」
同じ右ほほに、しっかりとした筆運びで、剣王の文字を刻んでいく。
果たして成功するのか。もしかしたら、チョーイケメンみたいに外面だけかもしれない。
いや恐れるな、新しい自分と対面するぞ。
エイダン·イーグル
Lv :1
ジョブ:剣王
HP :95
MP :50
力 :70
体力:55
魔力:60
素早:40
器用:40
運 :25
スキル:覇王剣 縮地 合剣法 地雷震 .
な、なんだこのステータスは! 全ての数値が4倍以上だなんて、これがジョブの持つ力なのか?
「リディ、やったぜ、成功だ。最強の力を手に入れたぜ!」
「きゃーーーーーーーー! 夢が叶ったのね、おめでとう」
「んん……叶う? はっ、そういう事か!」
いま気がついた。これは恩恵のないと思っていたスキル【全てを叶える者】の効果なんだ。
顔に文字を書くことで、その想いを叶える物だ、間違いない。
全くの思い違いをしていたぜ。これは決して役立たずのスキルではなかったんだ。
「エイダン、素敵な人生が始まりそうね。あなたの側で見届けさせて」
ああ、この瞬間を一緒にいれて幸せだぜ。
「でも、これからどのジョブに決めるの? 勇者とか賢者とか色々あるわよ」
「ふっ、リディ。俺は一つの枠に収まらねぇ、それら全てを超えてやるぜ」
「凄いわ、カッコいい~。もうやることいっぱいだね」
おっと、そうだった。もう一つ大事な事があったぜ。そうさ、【ざまぁ】を忘れたらいけないよな。
〈続きは本編でお楽しみ下さい〉
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【こちらの長編ものスタートのお知らせです】
#来週24日(月曜日)の朝に、【連続投稿】を開始します。夜まで、頑張ります。
短編と話のテンポが少し違いますが、良かったら覗いて下さい。
◆※~※本編は第9話から敵貴族の没落が始まり、第11話に心強い味方、幼なじみの聖女が登場します。