第8話 愉快な敵
ドアが開けられ、案内された先は外だった。
あちこちから金属がぶつかり合う音や、魔術によってもたらされる色彩豊かな景色が広がっている。
ギルドの裏側にある試合場……、元い冒険者達の訓練所はかなりの広さを有しており、あちこちに武装した冒険者がいた。武器を取り合い模擬戦をする者や、魔術を的に向かって放つ者、土の地面に何かを描きながら戦術について話す者などで賑わっている。
そしてどうやら試合はこの訓練所で行う様だ。
邪魔にならないよう訓練所の端を少し歩き、案内された先には1対1で模擬戦をしている者達がいた。
1人は昨日ギルドで見た、自分達と同じく冒険者になりに来た少年だった。
その少年は手に持った剣を必死に振り回し、何とか一撃当ててやろうと奮闘している。全く出来ない訳では無さそうだが、見るからに戦いに不慣れで、動きがぎこちない。
もう1人の軽装鎧の男は慣れた手つきで、身の丈より少し短いくらいの大剣を操り、余裕の表情で襲い来る刃を弾いている。全て弾き返しているからか、その男は一歩も動いている様子が無い。
周囲にはギルドの制服を着た職員が審判をしていたり、その様子を見ている冒険者が数人いた。その中には昨日、模擬戦をしている少年と一緒にいた、同じ年齢位の少年と少女が模擬戦を応援しながら心配そうに見ている。
「そこまでっ!」
軽装鎧の男が相手の一撃を大きく弾いた所で、審判がそう叫んだ。
弾かれ大きく後ろに下がった少年は、相当疲れているのか呼吸が乱れ、肩で息をしていた。剣を地面に突き立て、膝をつき呼吸を整えている。
下を向いた顔からは汗が流れており、その表情は悔しそうだ。
「っはぁはぁ……クソッ!」
呼吸を落ち着け立ち上がり、悪態をつく。
その言葉は相手ではなく、自分に向けられたものだった。
少年が前を向くと、相手をしていた軽装鎧の男が少年の所まで近づいていた。
「……ありがとうございました」
「はいよ、お疲れさん」
少年が男に礼を言い、手を差し出した。男はそれに答え、手を握り返す。
「しばらく休んでいきな。ライセンスの発行もまだかかるしな」
「そうします……ちょうど見学もしたいと思ってたので」
「ハハッ、そりゃあ良い。じゃあ頑張れよ、新人」
少年がその場を離れ、試合を見ていた仲間の所へ歩いていくと、仲間2人も少年の方へ迎えに来た。合流すると怪我の心配をしたり、試合の感想などを話している。
3人はそんな会話をしながら、訓練所の端の方へ休みに行った。
その様子を横目に見ながらヴォルス達は、試合をしていた男の元へ案内された。
「……アレクレートさん、次の方連れてきましたよ」
「お、ありがとう」
「では私はこれで。後はお願いします」
「了解、お疲れ様」
男は労いの言葉を掛け、仕事に戻る女性職員に向かって手を振る。
女性職員は頭を下げて一礼をし、来た道を戻っていった。
「……よし、初めまして。俺はアレクレートだ。今日の試合の対戦相手になる、よろしくな」
アレクレートと名乗った男はこちらに向き直り挨拶をした。アレクレートは肩の位置ほどのサイズの大剣を地面に刺し、柄を握っている。
大剣は、根元から先まで刀身の太さがほぼ同じで、根本辺りに返しの様な小さ目の棘が付いている。柄は両手で扱う事を考え、少し長めに作られていた。
アレクレートが軽装鎧なのは、隙の大きい大剣を素早く振るための様だ。
アレクレートの後4人も、自己紹介をし挨拶を交わす。
挨拶が終わった所でアレクレートが試合について話して来た。
「さて、早速試合をするんだが個人戦とチーム戦どっちする?」
「それって何の違いがあるの?」
「んー……。まあ、無いかな」
セツの質問にアレクレートはそう言って軽く笑う。
「ただ、チームで実力を発揮する人もいたり、そもそも登録に1人で来る人もいるからな。後は、高ランクの依頼はパーティ組んでる事前提の難易度だったり……そんな感じの理由が色々あってどっちにするか毎回聞くらしい」
「なるほどねぇ……」
「ま、元々パーティ組んでるならチーム戦の方がオススメだな」
そう提案はされたがヴォルス達は元々チーム戦にするつもりだった。相手の実力が分からない以上、より全力を出せるチーム戦の方が良いだろう。
とは言え、ヴォルス達は全力を出すつもりは無い。与えられるランクに上限があるなら、手の内を全てさらけ出さずとも良いと判断していた。仮に実力が足りなかったとしても、その時は順当にランクを上げれば良いだけだからだ。
後は単純にチーム戦の方が早く終わると言う理由もあった。
「俺達はチーム戦の方にするよ」
「了解。チーム戦だな」
「ねぇ、チーム戦だと4対1だけどそっちはどうするの~?」
「ん? ああ、それなら大丈夫だ。ちょっと待っててくれ」
アレクレートは握ったまま大剣を片手で持ち上げ、刃の根元を肩に乗せた。逆側の手を上げてヴォルス達に少し待つように促すと、その場を離れていった。
アレクレートの進む先に視線を向けると、先程の試合を見ていた冒険者の内の一組の方へ近寄って行くのが分かった。
ある程度近寄ると、アレクレートが少し大きな声で呼びかけたのが聞こえた。
「お前らこっち来ーい!」
反応したのは、声を掛けられるまで会話をしていた3人だった。
3人は呼びかけに気付くとアレクレートに了承の意を示した。双方は互いに近寄り一言二言話している。離れているため内容は聞こえないが、こちらをチラリと見た事もあり試合の事を話しているのが分かった。
説明が終わったのかアレクレート達はこちらを向き、合流した3人と一緒に戻って来た。
「待たせたな。後ろの奴らは俺のパーティメンバーだ」
アレクレートは正面を向いたまま、後ろにいる3人を親指で指差した。
1人は杖を持った小柄な女性だ。動きやすそうなローブに、頭には鍔の広い三角帽子を身に着けており、魔術士であることが分かる。
その隣に居た女性は弓を持ち、背には矢筒を背負っている。腰には短剣も差してあり、防具も軽装なのは動き回るためだろう。
そして最後はその2人が覆い隠されてしまうと思わせる程大柄な男性だった。男は大柄な体を護る全身鎧を装備して、片手にはメイス、もう片方の手には長方形の大盾が握られていた。
「これで人数の問題は無いだろ? 早速試合する―――」
「―――いや、せめてアタシ達の紹介くらいしなさいよ! 全くもう……! 大体、アレクはいっつもそうやって―――」
弓を持った女性がアレクレートに突っ込み、説教を始めた。
つり目できつめの口調な事もあり、気が強そうな雰囲気を感じた。
ただ、アレクレートがなだめながら笑って誤魔化しているのを見ると、普段から同じような事を繰り返してそうだ。それは他のメンバーが、「いつものか……」といった感じで呆れ半分に笑っている事からも分かった。
そんな2人を無視して、全身鎧をガシャガシャと鳴らしながら大柄の男性と、杖を持った小柄の女性が前に出て来た。
「いやー、すまんな! この2人はいつもこんな感じなんだ……。こいつらはほっといて……、俺はドリドってんだ。宜しくな」
「私はミライラです。今日はよろしくお願いします」
片手を頭の後ろに回したドリドと、それに続きミライラが一礼をして挨拶をした。
ヴォルス達は急に始まった説教に対し少し呆気にとられたが、ドリドとミライラが挨拶をしたことで自分達も名を名乗る。
その間も後ろではまだ、説教が続いていた。
挨拶が終わり、ドリドが未だに続いている説教を一瞥すると溜息をついた。
「お前ら夫婦喧嘩もそこまでにしとけ」
「「誰がこいつなんかと!!」」
「……ほら息ぴったりじゃねぇか」
2人は互いに指を差し否定したが、ドリドの言った通り息が合っていた。
言い返せないらしく、2人とも言葉を詰まらせ悔しそうな顔をしている。笑ってなだめていたアレクレートも、夫婦と言われるのは不服だったようだ。
ミライラはその様子を楽しそうに傍観している。小さく「ホントに仲良しですね……」と呟いたのがヴォルス達には聞こえた。
「ふんっ! まあいいわ……んんっ、私はエリーナよ。よろしくね」
エリーナはドリドに言い返すのは諦めたのか、こちらに向き直り咳払いを挟んでから挨拶をした。
つい先程までの感情はどこに行ったのか、笑顔で優しい声色をしている。顔も声も作っている事が初めて会ったヴォルス達でさえ分かった。
―――愉快な人達だ……。
そんな感想を抱きながらヴォルス達は最後の挨拶をした。
「……よし、自己紹介も終わったし試合の方さっさと始めるか」
アレクレートがまるで何も無かったかのように話を進めた。
その言葉に他の3人も真面目な顔になる。
「審判も止めてはくれるが、基本的に大怪我させるような事は互いに禁止だ。その条件でヴォルス達の実力を好きに示してくれればいい」
「なるほどな……、オーケーだ」
「じゃ、行くか」
此処に来た時に少年が試合をしていた場所で試合を始めるようだ。審判がこちらの様子を見て待っている。
ヴォルス達はアレクレート達の後に続き試合場の方に移動していった。
アレクレートが持っている大剣はゲームなどでよく見かける、太い刀身のタイプではなく、実際にある両手剣がモデルになっています。
雑に説明するとシンプルな片手剣の、刀身と柄を伸ばしたみたいな感じの見た目です。