第54話 これも対話?(2)
衆人の注目が集まる。
期待、好奇、緊張、不安。
そういった様々な心境が交差する渦中の中心にて、2人の鬼人が一定の距離で向かい合っていた。
両者は互いに言葉を交わすことなく、ただその場で武器を手に、じっと相手を見据える。
ここは道場の一角。
訓練場の中に設けられた模擬戦用の領域。
そこで今まさに、試合が行われようとしていた。
◇
(───まさか、普通に受け入れてくれるとは思わなかった)
意外だと、そう言いたげにモリタケを見るセツは、先程のやりとりを振り返る。
確かに「道場らしい試合で決めよう」と言い出したのは自分だ。
しかし、ただ戦いたいがために道場に押し掛け、更にはそんな自分からの戦わないか、という提案。
モリタケが反対しているのはその軽率な部分で、提案も突っぱねられると思っていた。
だが結果はこの通り。
あっさりと提案は飲まれ、今こうして対面している。
(不満は別にあるのか、腕に覚えがあるのか……うぅん……)
思い付いた理由を適当に挙げてはみるが、考えても答えは出なそうだ。
というかぶっちゃけどうでもいい。
重要なのはこれから。
(まあいいや。そんなことより───さあて、どんなもんかね)
今から始まる試合の方が圧倒的に大事だ。
勝敗が、ではない。
試合内容が、だ。
勝てば居座り、負ければさよなら。
その合意があり試合が決まった。負ければ今後道場に足を踏み入れることは禁じられる。
でもそれは別に構わない。
剣術大会が出禁なわけでもなし、修行は此処でなくてもいい。デメリットは無いのと同じだ。
だから、今この場で相対したこの相手との試合の方がよっぽど楽しみだった。
◇
そうして場は整った。
互いに指定位置で構え、いつ開始しても問題はない。準備万端だ。
だがそんなおりに突如、言葉こそ丁寧であるが、棘のある口調のモリタケが問いかけて来た。
「───一つ聞きたい」
「……何でしょう?」
まさかこのタイミングで話しかけられるとは。
つい構えを解いてしまった。
ただ解いたとは言っても、いつでも鯉口を切れるよう鍔に親指を掛けていた手が、腰に移動しただけだ。そこに大した違いはない。
少しばかり気の持ちようが変わるくらいだ。
だかそれに対し、モリタケの方はそのままだ。
両手で握った刀を真正面に構えて戦闘態勢を崩さない。緊張感を持ったまま尋ねていた。
その姿はまるで、彼が今抱いている気持ちを表しているのようだった。
「貴方は、何のために力を求めているのです?」
「何のため?」
「そうです。貴方は腕試しだと、修行だと、そう言った……。旅人である貴方がなぜ、そんなにも力を求めるのですか?」
酷く真剣な問い掛けだった。
答え次第では、この後どう転ぶか分からないほどに。
でもどうあれ、これは何があっても揺るぎないものだ。
誰に何と言われようとも意思は変わらない。
家族の後ろを歩くのではなく、隣に立って背中を預け合える仲だと自信を持って言いたい。未熟な自分を捨て去りたい。
大切だからこそ、そうありたい。
それだけだ。
……気恥ずかしくてなかなか口には出来ないが。
まあ要は、力を求める理由に複雑なものはない。
一言で言ってしまえば自分のため。ただ単純に強くなりたいだけとも言える。
「別に人に誇れるような高貴な理由なんかありません。……単に"弱い自分が許せないから"。それが理由です」
セツはただ淡々と、事実だけを告げるようにそう言い切った。
そこに特別なものは何も無いよと、それしかないのだと、殺風景な自室を紹介するかのように答えていた。
「―――っ!」
だが、それが不味かった。
セツ的には無害をアピールしたつもりかもしれない。しかしモリタケにとってそのアピールはむしろ逆効果だった。
返答を聞いた途端ぶわっと、感情露わに声を荒げていた。
「そうかッ! なら構えろッ! もはや言う事はないッッ!!!」
怒りのままに叫ぶと、鋭い目つきと切先を強く突きつける。
まるで虎の尾を踏んだ様な、今すぐにでも飛びかかって来そうな勢いがあった。
何が何やら───というのが正直な感想だ。
どこが琴線に触れたのか分からないし、それを尋ねる余裕だってない。
ただ、構えろと言うのなら是非もない。
余計な思考は片隅に。
意識は全て戦いに。
主張を通すという意味でなら、試合だって一つの語り合いだ。これほど結論の分かりやすい対話もないだろう。
セツは微塵も躊躇うことなく、再び構えを取る。
今度は待ったも掛からない。
獲物を狙う獣の様に、その時を見計らっていた。
──────瞬間。
刹那の静寂を破る剣戟が鳴り響いた。
「「───おおっ!」」
観衆がどよめく。
距離を取って睨み合っていた筈の二人が、一瞬にして鍔迫り合いをしていたのだ。
互いに一歩も譲らず迫り合う。
それは観衆が抱いていた不安や緊張を吹き飛ばし、逆に高揚に変えてしまうには十分な光景だった。
「すげえ! 互角じゃないか!」
「あのウラエ相手だぞ! 見たところ歳は同じくらいだろう?」
「同年代で張り合える奴なんて居ないと思ってたが……居る所には居るんだな。世の中やっぱ広いねぇ」
見知らぬ旅の武人に目を奪われる観衆。
浦衛守武を相手して打ち合えるのが、それだけ驚きを与えることだったのだろう。
ざわつきは当の本人らを置いてけぼりに、勝手ながらに盛り上がりを見せていた。
それに比べ、此方はというと。
険悪なムードの中、両者止まらぬ打ち合いが続いていた。
「───くっ! 思いのほかやる!」
「それは───どうもっっ!!」
モリタケの上段斬りを紙一重、最低限の動きで躱すと滑るように潜り込む。
「っ!!」
隙だらけの懐。
取った―――並の相手であればそう確信出来る。
だが、並ではないことは、打ち合ったセツ自身がよく理解していた。
その証拠に―――
―――パシッ!!
モリタケは刀を振るおうとする手首を、正確に掴み捕って来た。
(潜ったのが逆に仇になった……! 寄り過ぎたせいで直接手をっ!)
更にはすかさず、斬り返しの反撃が迫る。
「ぅおっと!」
思わずそんな声も出る。
一筋縄ではいかない相手と分かっていても、こうも巧みに返されると驚くというものだ。
掴まれた手を咄嗟に払いのけると、射程外まで一気に飛び退く。
しかし一息つく間もない。
次なる刃は、既にすぐそこまで来ていた。
(打つ手が早い……。感情的だけど振り回されてはない、ってとこかな?)
だがセツだって全く負けていない。
どう攻略しようか、なんて観察と分析もしながら、迫る刃を弾き返したかと思うと、そこから反撃に転じていた。
それを真正面から迎え撃つモリタケ。
お返しと言わんばかりに攻め返すセツ。
弾き、いなし、躱す。
互いに止まらぬ怒涛の攻防に、観衆ばかりがどんどん盛り上がっていた。
拮抗した2人のせめぎ合いは、まだしばらく続きそうだった―――。
◇
さて、打って変わってこちら道場の片隅にて。
沸き立つ観衆から少しばかり離れ、静かに決着を見守るヤジマ。
その下へ、1人の男が近付いていた。
「あらら。あんなに躍起になっちゃって……。副隊長副隊長、良かったんですかい?」
男は浮かない顔で試合を一瞥すると、ヤジマの肩を軽く叩いて声を掛けた。
随分と気軽に絡む。
ヤジマの見た目は置いておくとしても、立場はかなりの人物。恐れ多くてこんな気軽に接せるような相手では本来ない。
それを気にしていないあたり、ヤジマとはそれなりに見知った仲のようだった。
ただその気軽な男は、熱狂する多くの観衆とは違い、戦う2人を見て心配そうにしていた。
「ここでは師範と呼べと言っとろうが」
「ああっと、そうでした。すいませんね、つい…………じゃなくて!! これですよ!この状況! はあ……師範はこれで良かったんですか?」
「何がだ?」
訴えかけるような物言いにもヤジマは全く動じない。静観の姿勢を崩さず、視線すら試合の方を向いたまま動いていなかった。
白を切っている。
それがどうした、とでも言う様に。
だが言いたい事が分かっていない筈がない。
「何がだって……そりゃあ"止めなくて"ですよ。師範なら止めれたでしょう?」
それ以外ないだろうと、なぜだと問う。
確かにそれはその通りだ。
ヤジマであれば立場上、止められない筈がないだろうし、実際にヤジマ自身もそうだと思う。
しかしそれを承知で言うのだ。
「止める必要があったか?」
「それは……いや、うーん……」
あったと断言しそうになるが、はっきりと口に出して問われたからか踏みとどまっていた。本当にそうなのかと、一応改めて考えてみているようだった。
そんな呟きが漏れる。
「必要、ですかあ……」
しかし頭を捻っていたのは少しの時間。
男の答えを待たずして、ヤジマはその訳を話しだした。
「モリタケのことだ。諌めれば従うだろうよ。だが、生じた軋轢が消えるわけじゃない。……旅人のセツが長居しないとは言っても、その間道場の空気は悪ぅなる。普段からそうだが、特に大会の近いこの時期には遠慮願いたい」
「ああ、まあそれは確かに。モリタケは注目されてますからねえ。今みたいな状態が続けば、そりゃ周りへ影響するでしょう」
幼い頃から道場に通っている浦衛守武には剣才があった。
それに加えて才に溺れず、修練を怠れない、心に刻んだ誓いがあった。
彼はその誓いのため、ただ真っ直ぐに進んで来た。
才あるものが修練を重ねる―――それがどういう結果を生むかは言うまでもない。
モリタケは群を抜く実力を持った、将来有望な人物として認識されていた。
無論、若さ故に決して最強などではない。実戦経験はまだ少なく、剣術もまだまだ磨けるところはある。
それでも若き天才なのは間違いなく、一目置かれているのは確かだった。
だが周囲の評価はそれが全てではない。
それはそれとして、一癖ある人物でもあった。
「それにだ。そろそろあいつも、柔軟さを知らんといかん。そうは思わんか?」
「それは―――」
「あいつのひたむきさは長所だ。だが同時に、あいつのそれは愚直が過ぎる」
ヤジマはそれをずっと気に掛けていた。
これまでも色々と手を考えては来た。
ただ矯正するのではなく、自分自身で納得して直せるように。
今回の一件は、それが成せるかもしれないと、そう考えていた。
「時には大人が諭すよりも、同年代だからこそ響くものもある。……今回がその一助になってくれれば、とな」
今もモリタケを見つめているその瞳には、憂いと同時に、期待も込もっていた。
「しかしですよ? ってことはですが、それはつまり―――」
わけは分かった。
納得もした。
ただし、男は驚きもしていた。
ヤジマの言い方的に、そうとしか思えない事柄に。
「───モリタケよりも、あの旅人だっていうセツ殿の方が強い……と?」
師範の目利きがそう言っているのだとしても、半信半疑になってしまっていた。




