第53話 これも対話?(1)
(『隼須佐』って確か―――)
その名には聞き覚えしかない。
つい先日、耳にしたばかりだ。
船上から遠目に見ただけの、しかし目に焼きついて離れない。そんな勇猛果敢なる武士の名。
守護四家の一角を担い、最強と謳われる槍使い。
その男が当主を務める家名だ。
つまり───
(───じゃあめっちゃ由緒正しい場所じゃん此処!!)
気軽に足を踏み入れるにはあまりにも高名な道場だったわけだ。
だとすれば、道場破りだなんだと不躾なセツに対し、この丁重なもてなしは相当に優しい対応だろう。
これには追加の冷や汗も出てくるというものだ。
(うん。一回謝っとかないと駄目だわコレ)
───いやそうじゃなくても謝らないと。
この場に仲間の3人が居れば、そうツッコミが入っただろう。
そんな場面が容易に目に浮かぶ。
なんて、浮かべてる場合じゃない。
まず先にする事があるだろう。
「……この国を訪れて日の浅いわたしでも、その名は聞き及んでいます。わたしも先日の入港時、助けて頂きました」
「おお。お前さん、あれに乗っとんたんか。報告は受けとる。災難じゃったな」
「おかげさまで何事もなく。───しかし……その様な恩人様の道場に対して。無礼な押し掛け、申し訳ありません」
セツは深々と、そして綺麗な所作で頭を下げていた。
だがそんな謝罪も、ヤジマは気にするなと言わんばかりに、頭を上げるよう促してくる。
むしろ先に言っていた様な、好きにくつろいでくれて構わないといった勢いだった。
「ははっ、そんな堅苦しくならんでええ。これでも歳だけは無駄に食うとる。お前さんに悪意が無い事くらい分かる。気にしなさんな」
「ありがとうございます」
心からそう思う。
そこまで言ってもらえると随分とやりやすい。焦りで冷え冷えだった胸の内が、少しずつ溶けていく様な感じだ。
……ただ同時に、少し気恥ずかしさもあるが。
これは申し訳なさから来たものだろう。
だがこれなら自分も心機一転。
落ち着ければしこりなく、新たな気持ちでこの道場に居れるだろう。
「―――さて。おおかた話は済んだが……今日はどうなさる? 陽が落ちるまではまだある。腕試しするなら、うちの連中をシゴいてやってくれるとワシとしても助かるんじゃがの」
そう言ったヤジマからは若干の期待が見えた。
どうやら彼の言い方的にセツの実力を高く評価していそうだ。見て感じ取れる範囲でだろうが、少なくとも道場の生徒よりかは上だと思ってそうな物言いだった。
しかしそれで修行になるのか、という疑問が過ぎらなくは無い。当然、一度はそう思った。
だが間違いなくそんな人だけではないのをヤジマ自身が証明している。
セツの見立てでは、彼は相当なやり手だ。師範なだけあって、今道場に居る者の中だと、一番の実力者だろう。
そういう意味では安心だ。
それに今のセツにとっては、相手が誰であれ得られるものはある。
故に、やるか、やらないかで言えば、俄然やるつもりだった。
「是非に。むしろわたしの方からお願いしたいと───」
「───待ってくださいっ!!」
しかしその声は、セツの意思を挫くかと思わせる勢いで遮って来た。
怒り、イラ立ち、憤り。
そういうものが伺える、こちらを咎める様な声だった。
もしやと、声の主に目を向ければ……ああ納得。
そこにいたのはセツが思った通りの人物。
道場に入ってから、ヤジマとの話が終わるまで、今の今までずっと敵対的な視線を向けていた男が、身を乗り出して抗議していた。
それだけで、円満に終わりそうだった場の雰囲気はピリッと張り詰めたものに変わる。
ここから一悶着あるのは誰の目にも明白だった。
ただセツは、その敵対的な一声よりも、色の消えたヤジマの声の方にびっくりしていた。
「……なんじゃ、モリタケ?」
別にヤジマには怒りなどは感じない。むしろ冷静に話を聞こうとしているように映る。
単に直前とのギャップに少しヒヤッとしたのだ。
しかしそんな状況であっても、モリタケと呼ばれた男は引き下がらない。
臆する事なく自分の意見をヤジマにぶつけていた。
「失礼ながら口を挟ませて頂きますが! 我々が掲げる様な志を持たぬ者を、そう簡単に受け入れるのは如何なものかと!」
「……うちは元より来るもの拒まずだろう? それにこの時期、大会へ向けて訓練場として広く開放しておる。今更何を言う」
「ですが! 此度ほどに軽々しく───」
落ち着いた声と張り上げられた声。
2つの声が交互に、重なったりはぜすに聞こえてくる。
一応、話し合い自体は成立してそうだ。
感情的ではあるが、喚き散らしたりとかはしていない。
ただ、渦中にいるはずのセツをなぜか放ったらかしたまま、2人の口論が続いているだけだった。
(ええ……なんか知らないけど、わたしのせいっぽいのに蚊帳の外なんだ……)
セツにはうまく飲み込めない状況だが、モリタケという人物には譲れないものがあるのは分かった。
それから原因が自分であるということも……。
(……でも聞いてる感じ、わたしが悪いよねコレ?)
どうやら失礼な押し掛けに関係していそうな感じがする。
そうなるなら「いっそ逆に巻き込んでくれ!」と思わなくも無いが、関わらなくて済むなら……良いのか?
───いや、そういうわけにはいかないだろう。
セツは内心1人で首を振る。
問題の起因が自分である以上、ここから更に"申し訳なさ"を重ねようとは思わない。
「御二方。よろしいですか?」
自分が介入して解決するのなら望んで間に入るとも。
2人を一度制止すべく、食い気味にでもと言葉を投げかけた。
「―――おっと、すまん。お前さんを放って勝手に話しちまった」
「……」
視線はどちらからも、返答はヤジマからだけ。
……正直、少し以外だった。
てっきりモリタケには辛辣に言い返されるかと思っていた。
だが今向いているのは、不服そうでありながら口を噤んだ顔。
思うところはあるけど、それをぶつける相手は決定権を持っている相手である。
そんな複雑な葛藤が窺えた。
敵意はあっても悪意がある様には見えない。
ヤジマと真っ向からぶつかっているのにも、彼なりの信条があるからなのだと、今見えた範囲だとセツにはそう思えた。
「いえ。わたしが原因のようですし、それで口論になるのは不本意ですから」
「なにを言うとる。責任者のワシが許可しとる以上、お前さんが気にするこたあない。―――だというに、こいつは……」
「師範っ! 僕は―――!」
おっとこれは……。
モリタケが声を上げた瞬間、またも口論が始まろうとしているのはすぐに分かった。
これは不味い。
せっかく間に入って一度制止したが、このままでは間違いなくキリがない。
故に、考え付いた解決の一手を打つ。
「―――わたしから、一つ提案が」
そう言ったセツの口元は、場に似合わずどうしてかニヤリとしていた。




