第52話 乱高下する感情
―――剣術大会。
これは定期的に開催されているものらしく、 規模の大小はあれど民衆の間では娯楽として楽しまれている催しらしい。
ただ一方で、大会に参加する者の中には娯楽や腕試しなどではなく、真剣に挑む者もいる。
その理由が『百鬼隊』へのスカウトだ。
百鬼隊を一言で表すなら、カライ国の軍。守護四家が保有する武士団のことだ。
彼らはカライを守るため、時に賊と、時に魔物と、あらゆる敵と命懸けで戦う。
そしてそのためには当然、力がいる。
剣術大会はそれを示す一つの機会なのだ。
軍ということは当然、力だけで属せるものではないが、そもそも力がなければ務めを果たせない。それが披露できる機会とあらば、結果を二の次にしてでも参加する者がいるのも分かる話だろう。
セツは、その大会に参加するつもりだった。
そういう大会だったら、恐らくは強者とも戦えるし、様々な剣術とも出会えるだろう。
これは己の技を磨くチャンスだ。
もしかしたら、行き詰まってる修行のインスピレーションも得れるかもしれない。
強くなるために鍛える場としては丁度良い。
───ああ、うずうずする。大人しくしていられない気分だ。
足取りだって自然と早ってしまう。
無意識に口角が上がり、親指が何度も鍔に伸びる。
何も無い市中で鯉口を切るわけにはいかないと分かっていながら、自分を諌めないと挑発のようにカチカチと鳴らしてしまいそうになる。
……それと口角もだ。
1人でニヤニヤしているヤバい奴だと勘違いされてしまうかもしれない。
深呼吸して落ち着けないと。
「すぅ───―――、ふうぅーー……」
既にすれ違う人からたびたび奇異の目を向けられているが、当の本人にその視線は届いていない。
はやる気持ちが些細な事として遮断しているのだろう。
セツはただ、己の胸で血が騒ぐのを感じながら足元の敷居を跨ぐ。
「───道場破りだぁっっ!!」
残念なことに、深呼吸に意味はなかった。
◇
「なるほどのぉ……」
なんともドスの効いた声だった。
ゆったりと構えてはいるが、その魂にまで響くような声質が嫌でも圧を感じさせる。
「……ええ、はい。……そういう、わけ、でして……」
ウキウキで足を踏み入れたはずのセツも、緊張して敬語になってしまうくらいの迫力がその男―――ヤジマにはあった。
声だけではない。
刺し貫く様な鋭い目をした強面であり、若干の歳を感じさせる皺も、むしろ歴戦の猛者を思わせる貫禄に溢れていた。
肉体だってそうだ。
隊服に包まれていても分かる鍛え上げられた身体。間違いなく熟練の剣捌きをするだろうその身には、隠しきれない威圧感を放っていた。
今セツは、そんな人物と向かい合って正座していた。
向こうも正座しているが、緊張で背筋が伸びているセツとは違い、聳え立つ山の如き堂々さでそこにいた。
「お前さんの事情は分かった。……まあ、一旦茶でも飲んでゆっくりしなさんな」
「あ、ありがとうございます。お構いなくー……」
などと言いつつも、緊張で乾いた喉を濡らすために、セツは湯呑を手に取る。
会話中には手をつける余裕が無かった。
口元まで運んでみれば、温くなっているのが分かる。部下らしき人から差し出されて、まだそこまで時間が経っていない証拠だ。
だが感覚は別。冷めきってないのが以外でもあった。
ただそれも、だから何だという話ではある。
何も考えずに飛び込んだ自分が勝手に緊張しているだけ。
セツはお茶を少しだけ口に含むと、最低限話すのに詰まらない程度に喉を潤していた。
(―――っっくりしたああ!!何このイカつい人!?怖過ぎでしょ!)
外面は取り繕っている。
しかしその実この通り。内心はやらかしで汗ダラダラだった。
武力という純粋な強さではなく、その者が発するオーラとでも言うべきか。見た目に加えて年の功から来るであろう凄さに圧倒されていた。
(いや押しかけたのが悪いんだけどね? しかも何か丁重に持て成されてるし。普通に申し訳ない気持ちになって来た……。ていうかわたしまたお茶飲んでるじゃん)
思考だけはやたらと巡る。
しかし整理のされないその思考は、ごちゃごちゃしたまま右から左へ流れていくだけの無駄なものだった。
そんなセツを内情を知ってか知らずか、ヤジマは遮るように口を開いた。
「大会に出たいちゅう話じゃったら好きにしたらええ。外から来よったもんじゃろうが、参加を止める権利は誰にもありゃせん」
「……それはどうも」
「だがのぉ、どの大会に出るかは決めとるんか?」
どの、と言われてもこの国には来たばかりで大会のことはまだよく知らない。
この道場に来たのだって、大会に参加するならと教えて貰ったためだ。
「ええと、目的は腕試しと修行なので、参加出来るなら何でも……と」
「ほうか……」
ぽつりとそう呟くと、ヤジマは少し考えるような仕草を見せた。
「……ふむ。お前さん、大会の仔細は知らんか?」
「ですね。軽く聞きかじった程度です」
「よし。ほならまずは聞きぃ。大会言うても種類があってな―――」
───曰く、大会には剣術、魔術、無制限の3種がある。
大会はその3種全てを扱う大規模と、各それぞれを扱う小規模なものがある。
大会は守護四家の見守りの下、定期的に開催される。
要約すると基本はそういう事らしい。
因みに異能に関しては、保有する能力によって剣術か魔術に分けられる。《武装》
や《武技》など本質が武術的なものは剣術大会、本質が魔術に近いものは魔術大会、といった具合だ。
そしてそんな剣術大会は近日開催されるとのこと。市中の賑やかさはその影響があるのだとか。
普段から賑わってるものの、今の時期は特にそうだったようだ。
(んー……そっかぁ。出れるなら無制限が良かったんだけど。でも今大事なのは剣術だしいいか。……これはいよいよ、子供の頃剣ばっかじゃなくて真面目に魔術も勉強しとくんだったなー)
まさに後悔先に立たずだ。
まあしかし、過ぎたことは致し方ない。それより目下すべきことに目を向けよう。
「ご説明ありがとうございます。それだとわたしが参加するのは、やっぱり直近の剣術大会になりそうですねえ」
「―――一つ、不躾ですまん。持っとるもんを見るに、お前さん魔術は使わんか?」
正座したセツの右側に置かれた刀。それに視線を向けて問われた。
戦闘方法など、見た目で判断できるものでは無い。ただ傾向としてヤジマの言った可能性が高いのは確かだ。
事実、それはセツにも当てはまっている。
「簡単なものであれば少々。ですがそれも実戦では使えない程度のもの。異能に関しては全くです」
「……さっきも言うたが、剣術大会じゃ異能、魔術は禁止されとる。腕試しを求めとるお前さんが剣術以外も使うなら、無制限の参加を勧めるところだが―――失礼した。要らん心配じゃったな」
そう言ってヤジマは丁寧に頭を下げた。
(この人……)
押しかけたセツに対して、丁重なもてなし、真摯な態度。若いからと見た目で侮ることもない。
(───めっちゃ良い人だっ!!)
ここまで来ると印象も変わる。
むしろ見た目で印象付けていたセツの方が恥じてしまう。
(だって仕方ないじゃん!? イカついのは事実なんだし! でも理解すると怖くはないから……!)
誰に弁解しているのか、1人言い訳をするセツ。
それでも相変わらず外面だけは、何でもないように取り繕っていた。
「いえ、不躾にお邪魔したのは此方の方でしたので。それにむしろ、時期が合うなら無制限の大会に参加したかったですよ」
「ほう……!」
参加したい、その言葉にヤジマの目が興味深げに見開いた。
「───んんっ! ……ええと、わたしは流離の身ですので。となるとやはり相手は選ばない方が好ましく……」
やはり圧を感じるかもしれない。
一瞬ビクッとしたセツは、誤魔化すような咳払いをして話していた。
だがヤジマはそんなもの気にする事なく、逆に何が気に入ったのか楽しげに笑っていた。
「ハッハッハ!! ほうかほうか。お前さんの様な心意気のあるもんはワシら大歓迎じゃ! 修行がご所望なら、この道場も自由に使ったらええ!」
それはなんとも気前のいい。
セツとしても願ってもないことだ。
ただ一方で押し掛けた身の自分が本当に良いのか、という気持ちもある。
「それは……非常に嬉しい待遇です。ですが良いのでしょうか? そんな簡単に決めてしまって……」
「かまわんよ! ワシが良い言うとんじゃ。文句は出んよ」
「ええと───」
確かに只者ではない雰囲気はあるし、対応してくれていることを考えると、それなりの地位の者なのは確定だろう。
だがまだ名前しか聞いていない。
どういう立場の者か知らない。
それ故に言葉に詰まったのだが、ヤジマはそれを察した。
「おお、すまん。きちんと名乗っとらんかったな。……では、改めて───」
そう言いながら、姿勢をよりきっちりと正す。
そして、真っ直ぐにセツを見据え、堂々たるを体現した様相で声高らかに名乗った。
「───ワシは『隼須佐』家率いる百鬼隊副隊長、そして『隼須佐』家傘下のこの道場師範代───八島清之と申す! よろしく頼む」




