第48話 鬼武者
何本もある足を使う蛸型の魔物は無茶苦茶に暴れる。
海は荒れ、まるで嵐が来たかの様だ。
だが港に大した被害は無い。
それは魔物と戦っている者が、巧みに沖へ押し出しているからだった。
「海上だってのに凄い……圧倒してる」
セツは目を細めてみるが、まだその者をはっきりと認識するには遠い。
だがどういう立ち回りかは分かる。
図体の割に素早く振るわれる幾つもの蛸足。その間をすり抜けながら戦っている。
激流の中であっても、むしろそれが身体の一部かの様な動きで一体となって攻め立てる。
その様相は、魔物の方こそ海に飲まれていると思わせる戦いだった。
仔細も船が港に近づくにつれ、明確になっていく。
戦っているのは体格の良い鬼人種の男。
立派な武者甲冑を身に纏い、見事な槍を振り回しながら立ち回る。
刺し、斬り、穿ち。
機敏に動きながらも、一撃一撃が力強く繰り出されていた。
セツは瞬きすら忘れて、その強さを追っていた。
「……」
強い。ただ強い。
危なげもなく、余裕そうに。
───わたしも、ああ成らなくては。
もっと、もっと強く。家族と対等に、自信を持って並べるくらいの強さを───
これから何度もそう思うのだろう。
だって胸の真ん中には、そうと決めた志があるのだから。
◇
───ウオォォォーー!!
船上で歓声が上がる。
面白いものが見れるかもしれないと、船長の言った通りとなっていた。
誰もが注目している海上では青き一閃が走り、また一つ、足が分かたれていた。
豪快な一振りによって魔物の持つ武器がまた一つ減った。
これで5本目。
鬼人の武者の働きは凄まじく、既にその大半が斬られていた。
港を脅かしていた魔物はもう脅威ではない。
いや、その鬼人にとっては、最初からこの程度の魔物は脅威で無かったのだろう。
それが足を斬り落としたことで更にだ。
あまりにも強く、猛々しい。
荒波の様に戦う鬼人。
戦いは始まってまもないにも関わらず、早くも決着しようとしていた。
「───ヒャハハハハアア!! 死ねやアアアッ!!!」
魔物へ肉薄した鬼人は、狂った様な笑みを浮かべ跳び上がった。
自分よりも遥かに巨大な体躯を持つ魔物。常人であれば、そこにいるだけで恐怖を感じるだろう。
だがそれに相対して一歩も引かない戦っぷり。
むしろ本望とでも言わんばかりの獰猛さで突撃していた。
「ぶっ殺せっっ!! 『撫切』ィィィッ―――!!!」
怒号にも似た叫声を響かせ、天高く上げた槍と共に鬼人は落ちる。
脳天を目掛けて、上段からの真っ向斬りが振り下ろされていた。
魔物にとってそれは恐らく防衛本能だろう。
残った足を無意識に防ぐ事に使っていた。
だがそんなもの当然の如く無意味だった。
槍は、空でも切るかのような軽やかさで、足ごと魔物を両断していった。
◇
落下の衝撃で海面が爆ぜる。
爆音に合わせて大きな水柱が立ち、水飛沫が雨の様に降る。
それだけでも絶大な威力だったと理解出来た。
余波による大波で揺れる船の上、皆がその威力に言葉を失ってしまっていた。
注目の集まる落下地点には水煙が立ち込める。視界を遮り、もったいぶる様にその後を見せてくれずにいた。
だがそれも暫しの間。
水煙は段々と晴れていき、やがて見えてくる。
そこには海に浮かぶ魔物の上、槍を肩に担ぎ、機嫌良く笑う鬼人が仁王立ちをしていた。
その姿が見えた途端、船上で再度歓声が上がる。
鬼人を称え、称賛する声があちこちから聞こえて来ていた。
「あの巨体を一刀両断とは……恐れ入る」
「豪快ぃ!って感じだったねー」
例に漏れず4人もまた今の戦いに魅せられた一員であり、その実力には驚嘆する他なかった。
「水場であれだけの動きが出来るとは、並大抵ではないですね」
「一撃の強さに目が行きがちだけど……あれ、技術も相当なものよ」
「ああ、それは俺も感じた」
あの鬼人は何者なのだろうか?
港に着けば分かるだろうか?
そういった疑問を中心に、船では鬼人の話で持ちきりだった。
その間にも船は港を目指し進んで行く。
途中、倒された魔物の横を通り過ぎた。
遠目で分かっていた事だが、改めて近くで見ると魔物が如何に大きいか実感できる。
乗客の中にはここに来て恐怖を感じたのか、顔色悪く目を逸らす者もいた。
だが安全確保のためか、そこにはまだ鬼人がいる。
これならばもう何が起きても大丈夫だ。憂いなく、安心して進める。
そうして一悶着のあった船は、結果的に何事もなく港に到着することが出来た。
「───着いたーー!」
新天地に一歩踏み出したリンシーは、両手を上げて空に叫んだ。
なんとも言えぬ解放感。
船旅もそれはそれで良かったが、やはり地に足着いた今の方が向いている。
リンシーは思いっきり深呼吸して新天地の空気を味わっていた。
港はザワザワと慌ただしい。
理由は蛸型の魔物だ。
あんな大きなものをそのままには出来ないだろう。待機していた数隻の船が魔物へ向けて出航して行っていた。
「わたし達の船が着くまで待っててくれたの? まあ確かにその方が安全そうではあるけど」
「討伐済みですし、無理に急ぐ必要は無いのでしょう」
「……何にせよ、無事に着いたな」
リンシーに続いて他の3人も船を降りる。
───新天地。
───初めての土地。
誘惑してくるものがそこら中にある。
会話自体は冷静なものの、右を見ても左を見ても気になるものだらけだった。
今は特に、楽しみが現実になった事で心が躍って仕方がなかった。
……しかしそれはそれとしてだ。
何よりまずは宿を探さねばならない。
せっかく新天地に辿り着いたにもかかわらず、空いてる宿は見つかりませんでした、なんて事態は御免被りたい。
さっさと誰かにこの辺りの地理を聞くべきだろうと、話が聞けそうな人を探してみる。
4人揃ってキョロキョロと。
港を歩きながら右に左に。
そうして探していると、ふと気になる会話が聞こえてきた。
宿とは関係無かったが、先程の鬼人について知っていそうな内容だった。
「いやあ~。何ともまあ時宜の良い偶然だったな」
「ありがてぇことだ。もう数日は……いや下手すりゃもっと長く海にはでれねぇ、なんつって嘆いてたんだがなあ」
「ワシもだ。海の男が海に出れねぇなんざ、笑い話にもなんねぇよ」
「ああ、全くだ。本当に戦神様様、守護四家様様、ってな!」
随分と機嫌良さげだ。
内容的にも間違いなく、たった今起きたことの話だろう。
これはチャンスかもしれない。
気になっていた鬼人について聞けて、その流れで宿のことも聞ければ一石二鳥だ。
4人は目を合わせて頷くと、早速話を聞くためその2人の鬼人に声を掛けた。
「すみませーん!」
「───ん? おう、嬢ちゃん……と、その連れさんかい。ワシらに何かようかい?」
「たった今着いた船に乗っていた者です。少しお話しいいですか?」
「おお、さっきの! あんたら外からのお客さんか。無事とは言え災難だったな。かまわねぇよ、ワシらに分かるもんなら何でも聞いてくんな」
そう言って2人は豪快に笑うと、余所者である4人の話を気前良く聞いてくれた。
宿だけでなく、今後お世話になりそうな施設や場所。観光地やカライ国に来た目的の事など、知っていることは何でも答えてくれた。
港町だけでなく、この国の地理関係も分かる範囲で何でも。
それはこの地に滞在する間は困らないと言える程だった。
これには4人も感謝しかない。
後で何か礼をしなければならないだろう。
漁師と言うのは話に聞いているため、彼らから何か購入するのが良いか、或いは別で何か出来ることがないか。
何にせよ、彼らの語ってくれた事には物凄く助けられた。
そしてあの人物。
例の鬼人についても、聞けば喜んで語ってくれた。
───曰く、カライ最強の武人、その一人。
四天王とも呼ばれる、4つの名の内の一つを襲名した守護四家の一人。
音に聞く伝説の十字槍、かつて魔なる物の一切合切を滅したとされる名槍―――『撫切』を自在に操る槍使い。
そしてその槍の名に相応しい狂瀾の如き武勇を持って、幾度となく魔を屠った百戦錬磨の鬼人。
その名も―――
―――鏖殺武者、血濡れの戦神『隼須佐』と。




