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第5話 本物か偽物か

「しかし、なぜそんなに親切に教えてくれるんだ? 商人なら情報も大事な商売道具だろう?」


 純粋に疑問に思ったヴォルスはウェーラーに尋ねた。


「確かにそうなのですが、今回はこちらにも利がありますからね。渡り世人の方と直接かかわることが出来る機会はまず無いことですので」


 ウェーラーが言っていた通り、渡り世というのは現在ではとても珍しいものになっている。元々頻繁に起こっていたわけでもないので、渡り世の記録も殆どない。そんな中で別世界の事を直接その口から聞け、さらに渡り物まで所持しているとなると、商人としてはメリットしかない。このような貴重な機会を逃すまいとしてもなんら不思議ではないのだ。


「そういう事ならちょうどいい。この硬貨を買い取って欲しいんだが出来るか?」

「はい、勿論でございます。是非お願いします」


 相変わらず良い笑顔でウェーラーは返事をする。そんなウェーラーにヴォルスは硬貨を買い取って貰うために、金貨を1枚だけ渡した。手元にあった銅貨と銀貨は渡すつもりは無かったようで、元々入れていた小袋にしまった。ウェーラーは硬貨をその場に置き、立ち上がった。


「では、買取に必要な荷物を取りに行きますのでしばらくお待ちください」


 そう言い残し席を離れ、そのまま部屋から出て行った。

 話が終わったのを確認したところで、ずっと黙って聞いていたギルドの男が話しかけてきた。


「金貨1枚で良かったのか?あんたらにとってはただの金でも、こっちでは高いもんだぞ?」

「必要になったらでいいさ。そうじゃなきゃ、自分達で稼ぐだけだ。今までもそうやって暮らして来たしな」

「ほう……。なら稼ぐためにも、明日は頑張ってもらわないとだな」

「ああ、楽しみにしとくよ」


 冗談交じりに言った男に、ヴォルスも同じく冗談交じりに返した。そこに後ろで待機していたセツが前に出て来た。 


「ねえ、ちょっと聞いておきたいんだけど、どこか空いてる宿がないか分かる?」

「ん? ああ、それなら空いてそうな宿何か所か教えとくよ」

「ありがとう、助かるわ。こんな時間だし、もしかしたら空いてる所無いかもって思ってたの」

「このままだと宿無しだったからねぇ~」


 ずっと黙っていたリンシーも会話に加わる。

 そんなこんなで会話をしているとウェーラーが戻って来た。その手には目的の荷物を持っており、買取に必要な物が入ってる。


「お待たせしました。早速、買取に取り掛かりますね」


 座っていた席に戻り、ウェーラーは金貨の買取を始めた。物が物だけに多少の時間は取りつつも金貨の買取は無事に進み、ヴォルス達はそれなりのお金を手に入れることが出来た。

 希少価値が高いだけあって、普通に過ごすにはしばらく困らないだろう量だ。


 取引が終わるとウェーラーは挨拶をして出て行った。これから商工ギルド帰って今日の取引分の集計をするそうで、そろそろ帰ろうかなというタイミングでヴォルス達が来たとのことだった。


 もしかしたらまたお世話になるかもしれない、そう思いながらヴォルスはウェーラーを見送った。


 ウェーラーが出て行った後、ヴォルス達はギルドの男から、先程は聞けなかった空いていそうな宿を尋ねた。一先ず数日泊まれる場所があれば良い事を伝えると、多少値は張るがと高めの宿や冒険者御用達の宿など、色々と教えて貰った。

 これだけ聞ければどこかしらは空いているだろう。しかし、だからと言ってここからさらに時間が経てば、泊まれる宿がどんどん減っていくのは間違いない。そうでなくても、ヴォルス達は今日起きた事を整理し、これからをどうするか話し合うためにも速めに宿に行きたかった。


 教えて貰った宿に向かうべくヴォルスは席を立つが、その前に男に声をかける。


「色々と世話になったな。本当に助かった」

「いいって事よ、礼なら働いて返してくれればいいさ」

「フッ、勿論だ。……そういえばまだ自己紹介してなかったな。改めて、ヴォルスだ」

「オレはグレイだ、よろしく頼む」


 ヴォルスが手を差し出し握手を求める。男はそれに答え、手を握り握手をする。一歩後ろに控えたままだが握手する2人に続き、他の3人も自己紹介をした。


「じゃ、わたし達も。セツよ」

「リンシーだよ!」

「アスロンと申します」


 セツは自然体で、リンシーは元気よく、アスロンは軽くお辞儀をして自己紹介をした。グレイは3人とはほとんど話さなかったが、それで大まかにどういった人柄かは分かったようだ。


「おう、3人もよろしくだ」

「……じゃあこの辺で俺達は行くよ」

「オーケー、明日待ってるぜ」


 挨拶を済ませ、扉を開けて部屋を出ていく4人をグレイは軽く手を振って見送った。





 ◇



 ヴォルス達が出ていった後もグレイはしばらく部屋に残っていた。汚れた訳ではないが、軽く掃除をし椅子の位置を整えているみたいだ。

 ギルドでは、会議や今回のような時などに使われており、使用後は使った職員が綺麗にしてから出ていく事になっている。

 しかし綺麗にした部屋の椅子を引き、グレイはまた腰を掛けた。

 グレイがしばらく休憩していると、突然扉が開く。



「来たか、待ってたぜ」


 扉が開いたのに気付き、顔を向けたグレイの視線の先には、帰ったはずのウェーラーが居た。


「すみません、お待たせしましたね」


 ウェーラーは部屋に入って来ると、そのままグレイが座っている席の正面に座る。

 座ったの確認したグレイは、身を乗り出し少し食い気味に聞く。


「で、どう思うよ」

「私としては本物だと思いますよ」

「理由は……?」

「……渡り世の存在はあまり知られていません。しかし、認知度が低いだけで偽物が渡り世人を騙っている可能性も否定は出来ません」


 内容はヴォルス達の事だった。

 2人はヴォルスとの話し合いで言っていた事が嘘か、本当か、互いに確かめていた。

 グレイはその為に部屋に残り、ウェーラーを待っていた様だ。




「それに―――」


 言葉を溜めてヴォルスとの会話を思い出すようにウェーラーは目を閉じた。しかしその目が閉じられたのは僅かの間で、開いたと同時に言葉を吐き出す。




 


「元の世界への帰り方を聞かれませんでした」

「……! 言われてみれば、確かにそれは……気になるな」

 

 グレイはハッとし、言われてみればと、疑問を言葉と一緒に飲み込むようにゆっくりと話す。ウェーラーに言われるまで気付かず、グレイにとって盲点だったようだ。

 ヴォルス達は渡り世についてウェーラーが話した時、元の世界への『執着』といったものを一切見せなかった。それどころか、今日の宿の方の心配をしていた。別世界に飛ばされたにもかかわらず、理由が分かったからもういいや、そんな雰囲気をヴォルスだけでなく、他の3人も漂わせていた。

 商人であるウェーラーは若い頃から、1つの土地に留まらず、商売の勉強の為あちこちに行っていた。1つの土地でずっと育って来たわけではないが、それでも今いるこの世界を離れるとなると辛いものがある。それが強制なら尚更だ。

 だからこそ、ヴォルス達の執着心の無さが理解出来なかった故の疑問だった。


「しかし、なんでそれで本物だって思うんだよ。逆じゃねぇのか」

「なぜ本物だと思うのか――1つは彼らと直に会話して感じ取った、商人としての経験と勘からです。彼らの態度や言葉の端々を聞いて騙そうといったものは感じ取れませんでした。」

「そりゃぁまあ、あんたがそう感じたのなら信用は出来るな」

「一流の詐欺師だった……なんて言われてしまえばそれまでなのですがね」


 ウェーラーはそう冗談交じりに笑い、それにつられグレイも笑っていた。ヴォルス達との会話とは違い、真剣ながらも軽い雰囲気がある。それは2人がそれなりに長い付き合いで信頼関係があるからだ。

  

「それで、もう一つの理由なのですが、やはり買取が金貨1枚だった事ですね。お金が目的なら持っていた小袋ごと渡して来るでしょう」

「それは俺も不思議だったな。普通に聞いちまったし」

「敢えてそうした……、なんて可能性もありますがそんな事言い出すとキリがありません。それに金貨が本物かどうかは、これから詳しく調べれば分かりますから」


 ヴォルスから買い取った金貨を丁寧に持ち、角度を変えながら光に当てて見ている。その顔は楽しげであり、それは商人として希少な物を扱えるという所から来る嬉しさだった。

  実はウェーラーは以前、渡り物を扱った事がありそのツテで鑑定などのお願いが出来た。

 金貨の買取と詳しい鑑定でお金は掛かるが、ヴォルス達が本物だった時のメリットは大きい。しかし偽物だったとして、また硬貨を持って来るだろうし、その時に代償を払ってもらえば良い。最悪、自分の懐が痛むだけで、高い勉強代としよう。

自分の勘だけでなく、そんな打算的な考えもありその場での買取にしたのだった。


「そもそもあの場で、小袋の中を全て買い取るつもりなんてありませんでしたよ。理由を付けて、1枚だけ買い取る気でした」

「へぇ〜、やっぱ色々考えてんだなぁ」


 グレイは足を組み、軽く頬杖を付きながら、ウェーラーが触っている金貨を、興味深そうに目で追っていた。

 金貨を触っていたウェーラーの手がピタッと止まり、金貨を仕舞った後、机に手を置き男に視線を向ける。


「そういうあなたはどうなんですか、グレイ?」

「オレか?……まあ同じだよ、本物だと思ってる。つっても、オレも色んな奴を見て来た職員としての、それから元冒険者としての勘だけどな」

「元高ランク冒険者にして、現ギルドの重鎮……。あなたがそう感じたのなら信用出来ますね?」

「おいおい、からかうなよ」

「フフフ。申し訳ありません、つい」

「ったく……。――あいつら相当やるよ。纏ってる雰囲気が一流のソレだ。」

「……なるほど。騙さずとも自分達で何とでもなると……」

「だから変な心配はいらねぇよ」

「ええ、そうですね」

 

 その後もしばらく部屋の灯りが消えることは無く、中からは楽し気な笑い声と話し声が続いた。


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