第44話 渡り世のストレンジャー
1章エピローグです。
「昨日、4人揃って挨拶に来られたのでもう会えないとばかり……最後にまたお会い出来て嬉しいです。……ですが、もう行ってしまわれるんですね」
か細い声で伏し目がちにそう言ったのは、ギルド職員のイトリスだった。
ここは冒険者ギルドの建物内。
その出入口付近にて、ヴォルスとイトリスは最後の会話をしていた。
「ああ。伝えてた通り、今日中に発つつもりだ」
「そう、ですか……」
そこには寂し気な様子がありありとしており、知り合って間もないとは思えないほどの強い感情があった。
決して引き留めたりはしないものの、名残惜しいというのがよく伝わってくる。本心では留まって欲しいと思っているのだと、容易に察することができた。
何か声をかけるべきだろうか。
短い付き合いとはいえ、ギルドでは毎度色々と世話になった。それにこれほど慕ってくれている相手を無碍にはできない。
せめて何か一言、とヴォルスが口を開こうとした時、それよりも先にイトリスが口を開いていた。
「―――いえ! 皆さんには皆さんの事情がありますから。むしろ、この度は本当に、本当にありがとうございました!!」
もう何度目か分からない感謝と礼だ。
そこに纏っていた寂しさは無く、いつものよく見かける明るいイトリスの姿があった。
ヴォルスはおや、とも思ったが、イトリスの性格を考えればこちらに気を遣わせないようにしたのだとすぐに理解できた。
彼女が抱く感情は側から見ても分かりやすい。
誰にでも真摯に向き合う彼女が、あらゆる人から好かれているのも納得がいく。
そしてそれは、ヴォルスとて例外ではなかった。
「いや、礼を言うのは此方の方だ。何処の誰かも分からん余所者に、最初からずっと良くしてくれた。ギルド内のことだけじゃなく、ギルド外のことだって色々親切に教えてくれただろう?」
「そんなそんなっ……! 私は特別な事は何もしてません。当たり前のことをしただけです!」
「だったらお互い様だ。俺達だって当然のことをしただけだ」
「当然って……皆さんの功績は私なんかじゃ比べも出来ないですよ!?」
随分と畏まった様相で、頭と手をブンブンと振って全身で否定してくる。
自分など本当に何もしていないと思っているらしい。
そのことを疑わず、当然のことだと言いたげな振る舞いだった。
だが、それこそ全力で否定したい。
彼女を含めたギルドからの支援が無ければ、被害はもっと大きくなっていた。それこそ大局を見て軍略を立てたのは職員達だ。最悪の場合、都市にまで被害が及んでいてもおかしくはない。
しかしそうはならなかった。
誰が上で誰が下などではなく、各々が出来る限り死力を尽くしただけなのだ。
「そんなことはない。それぞれ戦った戦場が違うだけで、クランタを護ったという功績は全員で手にしたものだ。俺達4人だけじゃ襲来は解決しない。―――君は、君が為した事をもっと誇っていいんだよ」
「――――――」
ヴォルスにとって、今回の事は別に特別な何かがあったわけではない。
ただ単に目の前で起きた事が放っておけなく、たまたまそれが助力出来る事柄、というだけだった。
少し、ほうけた様にイトリスの動きが止まる。
視線は逸らさず、それでいて上の空の様な。
この時彼女が何を思ったのかは分からない。
だがしかし、次に見せてくれた表情―――ふんわりとした花の様なその笑顔は、とても満足げに咲き誇っていた。
◇ ◇ ◇
ざわざわと活気づいた市場を1人歩く。
何処を見ても行き交う人が絶える事はなく、あちこちから交流する声が飛び交っていた。
右を見れば、香ばしい匂いにつられて屋台で串焼きを買う男が。
左を見れば、子どもを間に挟み笑顔で手を繋ぐ家族の姿が。
ヴォルスはそんな市場が続く道を、意味もなくフラフラと歩いていた。
特に目的もなく、ただそこを進みながら、溢れかえった活気を肌で感じていた。
「……」
無駄な行為と言われれば、そうかもしれない。
多くの人からすれば暇つぶしの時間に見えるだろう。
しかし、ヴォルスは内心とても和やかだった。
高台から一望したクランタの景色。
あちこちから感謝を贈られた冒険者ギルド。
そして今、もう日常の一部になった活気あるクランタ最大の市場。
朝から順に巡り歩いて此処まで来たが、ヴォルスにとってはその全てが素晴らしきものだった。
そこに笑顔で暮らす人々の営み。
全ては難しくとも、根底には誰しもが幸福のある街並み。
今ここには、間違いなくそれがあった。
ヴォルスの旅はそれが好きだからこそのもの。
―――次に向かう地はどんなところだろうか?
新たな旅路にも想いを馳せながら、じっくりと歩みを進める。
ここも最後の景色だ。
次はいつになるか分からない。
だからこそ、心ゆくまでこの熱を胸に刻み込んでいた。
「……良い所、だったな」
だがそれもそろそろ終わりらしい。
視線を先に向けると、もう少しで市場を抜けるのが見える。そうなれば後は門まで真っ直ぐだ。
旅路前はいつも、少しばかり物寂しさが伴う。
だがそれを覆って余りあるほどに十分堪能もした。惜しむことはない。
ヴォルスはただ満足げな足取りで、通り抜ける市場を踏みしめていた。
ちょうどそんな時だ。
足取りの軽いヴォルスに声を掛ける者が現れた。
「やっぱり会えた! 来た甲斐があったよー」
「―――ん? リンシーじゃないか」
声のした方に振り向くとそこには、人懐っこい笑みを浮かべたリンシーが手を振っていた。
リンシーはそのまま駆け寄ると、ヴォルスに並び立って歩き出した。
どうやら合流したかったらしい。
このまま着いて来る様だった。
「ヴォルスならここには来ると思ってさ。会えるか分かんないけど、ちょっと待ってたんだ」
「そうだったのか。ならそっちの用事は済んだのか?」
「うん。これから旅でしょ? 途中の暇つぶしが欲しくてさ、魔道具店で色々漁って来た。あと顔見知り程度にはなったし、最後の挨拶も兼ねてねー」
そう言うと、購入した魔道具の数々を嬉しそうに見せびらかして来る。一つ一つ手に取りながら、あれはこれはと、随分と楽しそうに話してくれる。
その様子はリンシーの幼い見た目も相まって、欲しい物を買って貰えた子供の様で微笑ましい。
側から見れば2人を親子と勘違いしそうなくらいだった。
ヴォルスはその様子に相槌を打ちながら耳を傾ける。
この手の事に関してリンシーはいつもこんな感じだ。今回も良い買い物が出来たらしく、ほくほく顔でとても満足気に語っていた。
そうして2人でのんびりと歩き進める中、一通り語り終えたリンシー。自分の用事も終え、もうヴォルスに着いて行くだけのつもりだった。
だが先程から進んでいた道筋の先が頭をよぎり、ふと疑問が湧いた。
「あれ? そういや、ヴォルスの方は用事終わったの? このまま行けば待ち合わせ場所まで着くけど」
今のところ待ち合わせの時間まではまだ猶予がある。この調子で進めば集合時間より早く到着し、暫く待つことになるだろう。
しかし普段のヴォルスと言えば、旅立ち前の待ち合わせはギリギリが多い。集合した時にはいつも他の3人は既に揃っているのが恒例になっていた。
それを思えば今日は早い。
リンシーが疑問に思うのも当然のことだった。
「それかこっちに用事? んー……この先何かあったっけ?」
「いや、用事は終わったよ。今日は早くに宿を出たからな」
「あっ、だから朝から居なかったんだ! ―――って事はつまり、もう集合場所に行くの? あのヴォルスが!?」
「フッ、いつもギリギリだからな。そう思われても仕方ない」
まるで「本物か?」とでも言いたげな驚き具合を見せるリンシーだが、実際ヴォルスもこれを否定出来ない。
珍しい事をしている自覚はあった。
「いやなに、今朝は日の出を見に行ってたんだ。それで明け方から色々と巡り歩いてあちこち行って。そういうわけで思ったより早く終ったんだ。だからまあ……たまには、な?」
「いつもそうならセツに説教もされないんだけどなあ」
「ハハハ。違いない」
揶揄い混じりにリンシーが突っ込みを入れて来る。
ヴォルスを見るその横顔も、愉快そうにニヤけていた。
こういう時のリンシーはいつだって生き生きと楽しそうだ。
ヴォルス本人もまた、その事実がどこか可笑しく、思わず笑いが溢れてしまっていた。
「―――こっちからすれば笑い事じゃないんですけど?」
そこへ突如、聞き覚えのある冷静な声が飛び込んで来た。
声がしたのは後方。
2人揃って振り向くとそこには、片手を腰に当て、ジト目でこちらを射抜くセツが立っていた。
更にその隣には、行動を共にしていたのかアスロンもいる。
どうやら丁度、横道から出て来たところでこちらを見つけたらしかった。
「わお、セツじゃん。ナイスタイミングだね〜」
「ナイスタイミングって、一体何話してたのよ……!」
「2人共。道の真ん中で騒ぐものではありませんよ」
圧のある視線を向けられてなお、リンシーはおちゃらけた調子を崩さない。むしろこの状況を楽しんでいる様な言動をしていた。
そしてそれに詰め寄って問い質すセツと、いつも通りにこやかな表情のまま諭すアスロン。
ヴォルスの前にはそんな光景が広がっていた。
何だか、急に賑やかになった気がする。
別に今日一日が静かだったわけではない。それこそヴォルスが先程までいた市場など、特に活気ある人々で溢れていた。
無論、そこ以外に立ち寄った場所だってそうだ。
しかし、やはりこれだとヴォルスは思う。
この聞き慣れた賑やかさこそが、ヴォルスの望む帰るべき場所だった。
◇
「それで? わたしの説教がなんだって?」
一悶着ありはしたものの、偶然にも合流した4人は一緒になって動いていた。
急ぐわけでもなく、のんびりとその歩みを進めてる最中だった。
「ぅん? ああ、ホントに大した事じゃないよ。今日はヴォルスの集合が早くて怒られないねー、って話してただけ」
「―――え?」
別に、蜂合わせた時に聞こえた"ナイスタイミング"に思うところは無かった。明らかに揶揄って来たリンシーに対し、いつもの様に反応しただけだ。
だから今もセツは何気なく聞いてみただけだった。
だが帰って来た予想外の答えに、セツは自分の耳を疑う。
思わず足も止まってしまっていた。
「あれ、どしたの?」
「……本当に? 本当にもう向かってるの? 何ならわたし今監視のつもりでいたのに……これまさか、本当に門を目指してるわけ?」
目をぱちくりさせながら聞き返す。
セツの信じられないようなもの見る目が、何度もヴォルスに向いていた。
「信用ないねぇ、ヴォルス」
あんまりにもな反応に、リンシーですら微妙な顔になる。しかし否定しきれないのも事実が故に強く言えず、これ以上はただ口を噤むしかない。
これまでを思い出せば、リンシーもセツと同じように感じる時だってあった。
特段セツのこの反応が大袈裟なんて事はないのだ。
だがヴォルス本人ですら同意して苦笑しているこの珍しさを、アスロンだけは大きく否定した。
有無を言わせぬ圧でセツに詰め寄ったかと思えば、矢継ぎ早に畳み掛けていた。
「何をおっしゃいます。過去、今日と同じ事例はあったでしょう?あなたが覚えておらずとも私は覚えております。驚くことでも無ければその程度で驚くこと自体が無礼ですそもそも何時になろうとも―――」
「わー!わー! 分かったから落ち着いて!」
息つく暇もなく、口の回る事回る事。
リンシーが何とか宥めようと間に入ったは良いが、いつも通りのニコニコとした表情はそのままなのが余計に恐怖を駆り立てる。
セツもリンシーも、その勢いには後ずさりしてしまうほどに圧倒されていた。
(ほらセツ、早く謝っててば! 適当で良いから!)
(分かってるって! ……ああもう、この全肯定首振り人形め……!)
冷や汗をにじませながら、アスロンには聞こえない声量でコソコソと話す2人。何はともあれ、まずはアスロンを大人しくさせないとまずい、というのだけは共通の認識だった。
仕方ない―――とセツがパッと思い付いた、それっぽい言葉を並べようと口を開きかけた、その時だ。
「そうは言っても事実だからな、アスロン。俺が反省しなきゃいけないところだ。何も間違っちゃいない」
暴走気味に迫るアスロンを、当の本人であるヴォルスが止めに入っていた。
流石に本人からの言葉は効くらしい。
ヴォルスの制止が聞こえるや否や、放っていた圧を一瞬で消すと適切な距離に戻っていた。
「これはこれは出過ぎた真似を。申し訳ございません、ほんの戯れにございます」
((―――いや今のでよく戯れなんて言えたなあ!?))
急な変わり身にセツとリンシーはそう叫びたくなるのをグッと我慢して内心に留める。
口に出して余計ややこしくなるのは勘弁願いたかった。
これさえなければ、と今まで何度思った事か。
こういったアスロンの行動は半分冗談だが、逆に言えばもう半分は冗談じゃない。そこだけは何とも言えないところだった。
だがこれ幸いにと、リンシーは再び歩き出したタイミングで話題を変えた。
「……そ、そう言えば2人は何してたの? 一緒に居たみたいだけど」
「!」
露骨な逸らし方ではあったが、セツは心の中で密かに「ナイス!!」と叫ぶと、それに食いつく様に便乗した。
「それならアスロンの方から誘われたの。わたしはこいつのメンテ用にあれこれ欲しかっただけで時間余ってたし、それで途中合流したわけ」
セツは少し早口になりつつも、腰に下げた刀をポンポンと撫でる様に叩いてそう説明した。
確かに、愛用しているだけあって刀の手入れは欠かさない。
その姿は普段からよく見かけるものだった。
だが今はそこではなく、誘われた、という部分にリンシーは引っ掛かりを覚えていた。
「え? そうなんだ。なんかちょっと珍しいかもね」
「無いわけじゃないが……どちらかと言うと、そうだな」
(いやだってアスロンだし? ヴォルス一番のやつなんだからそりゃあそう思うよね)
そこはヴォルスも同じように思っていた。
正直なところ、珍しい組み合わせであるのは否定出来ない。
口にこそ出さなかったが、それは当人であるセツも同様だった。
それだけ珍しいが故に理由も気になるところだが、そこは誘いを出したアスロンが説明してくれた。
「孤児院へ同行の誘いです。私はこの都市に滞在してから何度か赴いていたのですが、以前その話をセツにしたところ興味がおありの様でしたので」
「へぇー。アスロンは教会のお仕事の関係でだっけ? セツは…………ああ、そういうこと?」
「まあね」
リンシーが察するのも当然の事。
それはセツの境遇に関係があったからだった。
「今いる子たちは襲来っていう、理不尽で孤児になった子が多いらしいから……。わたしの場合は運良く拾って貰えて助けられた。だから、ちょっとでも出来ることを、ね」
「ふーん」
セツは少し真面目に、それでいて何でもない事の様にそう語った。
真剣な空気でも流れそうな雰囲気だが、セツがもう気にしていないのは皆知っている。
気まずくなったり、気を使ったりなどは無い。これもありがちな話題の一つに過ぎない。
誰も何を思うわけでもなく、当たり前の様に会話は続いていった。
そこからはもう、横に並んだ4人のいつもの日常と変わらないやり取り。
最後の道のりが、ただ緩やかに過ぎ去っていく。
「そういや、その孤児院だけど。ネリアが居たんだよね」
「ネリアと言うと『緋刃舞踏』のメンバーのか?」
「はい。なんでも出身がそこなんだとか。少し話し込んでいました」
「ほえ〜。偶然だねえ」
クランタでの交友、思い出。
別々で行動していた時もあるため、皆それぞれ少しずつ違う。
そんな、クランタでの暮らしを彩った数々を、互いに共有していく。
こんな人が、こんな出来事が。
あの店が、あの景色が。
話せば話すほどに思い出が蘇り、話題は尽きない。
だからこそ、その時間はあっという間に過ぎ去っていった。
―――気付いた時にはもう、そこは城門だった。
この都市に来た時と同じく検査を受け、何事もなく抜ける。
顔を知られていた門衛には出立を惜しまれた、なんてひと悶着もありはしたが、スムーズに外に出た4人はそのまま歩みを進めていた。
既にクランタは後方に見える。
見上げる様な巨大な都市も、今や視界に収まりきる程に遠い。
「また来るさ。じゃあな」
ヴォルスは一人立ち止まり、クランタへ向けてそっと呟く。
異世界への旅路とは流石に最初は驚いた。
だがこの地が新たに決意を固めるきっかけとなり、今日までの日々でそれがより強固なものになった。
「おーい! 何してるの、おいてっちゃうよー!」
「……ああ! 今行く」
埋まり切った1ページ目に微笑んだヴォルスは―――次の真っ白な何色にも染まっていない、新たなページに手を伸ばした。
これにて第1章終わりです。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
次の2章は新天地になります。
クランタはまだ不穏な感じですが、一旦ここまで。いずれ戻って来ます。
2章ではちょいちょい匂わせていたセツの過去を中心に書いていく予定です。
のんびり更新ではありますが、次も宜しければ読んで頂ければと思います。
それでは。




